宇宙の騎士の物語

荻原早稀

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第一章 ガレント遭遇戦

2. 遭遇戦に至る事情

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 惑星ゴルトベルク表面の比率としてはそう大きくない居住可能地域は、一〇〇〇年以上前にテラフォーミングが開始され、五〇〇年ほど前から国家が乱立するようになり、戦国時代のような様相を呈して久しい。
 それがついに統一の機運が高まるところまで至ったのはここ十数年のことで、今まさに天下分け目の戦いが行われている。
 星外の勢力や商業資本との複雑な関係が絡み合い、一筋縄ではいかない政治状況ではあったが、どちらかが倒れれば惑星内は統一された政体によって統治されるのではないか、というところまで来ている。
 そうなってしまえば、戦時条約など無視して大気圏外からの攻撃や大量破壊兵器の使用が起きてもおかしくないが、星外の勢力にとって、あるいは商業資本にとってそれは望ましくない。
 ただでさえ荒廃している惑星がこれ以上ダメージを負っても利益にならないし、それを使用した陣営に肩入れすれば国際的な批判は避けられない。勝てば官軍、と強弁するには、どちらの陣営にも星外勢力が関わりすぎていた。
 そのため、乾坤一擲の一戦が始まろうとしているこの時点でも、戦時条約の最低ラインは堅守されている。だからこそ双方の各種妨害行為や情報戦が過熱し、「大量破壊兵器なんか使わなくても惑星が破壊されるんじゃないの?」とメグ辺りが皮肉気に嘲笑うような状況になっている。
 フェイレイ・ルース騎士団を雇ったのは、通称「連合」。もとは国家の連合体であったためにそのように呼ばれるが、その中の一国が突出して力を付けたため、実態はその国家による支配体制が確立しつつある。
 従い、カノンたちが自軍を呼ぶときは「連合軍」と呼ぶし、国際的なニュースネットワークが報じる際も同様である。今さら呼び名を変えるのも面倒で、わかりにくくなる。
 対立陣営は「共同体」と呼ばれる。連合と同じように多数の国家が集まってできたのだが、こちらは特にどこかの国が肥大化することなく、むしろ同格の国々が緩やかな統一体制を作り出しつつある。
「連合」対「共同体」の戦争は様々な局面を経て煮詰まり、ついに天下分け目の決戦を迎えることになった。
 人間が馬を駆っていた時代ならともかく、この時代の戦争が一つの戦いに命運をかけるなど、そうあるものではない。
 辺境の惑星における小国同士の争い、といってしまえばその通りで、人口一千億を満たす国家がいくつもあるこの時代、惑星の人口すべてで二億に満たないゴルトベルクの天下分け目など、人類全体の歴史にとってさほど大きな戦ではない。
 が、非常に分かりやすく「この戦いに勝った方が勝ち」という戦争などめったに見られるものではなく、宇宙中がその行方に注目してしまうのもやむを得ない所があった。
 フェイレイ・ルース騎士団が「連合」に雇われたのは五か月ほど前。
 正式に契約が結ばれ、騎士団が本拠地から出陣した時点では、戦争は各地で膠着状態に入っており、「連合」は戦時国債の大量発行の目途が立ったことで事態の打開を図り、傭兵戦力を雇えるだけ雇う戦略に出ていた。
 長距離転移を繰り返した騎士団が一ヵ月ほどかけて惑星ゴルトベルクに上陸したとき、「連合」側では既に五つの傭兵団が布陣を果たしており、その後も七つほどの傭兵団が合流した。数でいえば三〇万人規模。
「連合」軍の総兵力が四五〇万、「共同体」軍の総兵力が五二〇万といわれているから、戦況を大転換させるほどの数ではないように見えるが、そうでもない。
 惑星ゴルトベルクは決して宇宙文明の中心にある恒星系ではなく、長年続く戦争も決して最新装備で行われてはいない。敵を出し抜くためには新しい技術が必要なはずなのだが、惑星内で完結する戦いを繰り広げるどちらかの陣営に手を差し伸べてまで権益を広げようとする列強が現れなかったこともあり、新技術が他の星系から流れ込んでこなかった。
 そこに、最新兵装に身を固めた他星系の傭兵団が出現した。
 それほど隔絶しているわけではないが、やはり装備の新しさは強さにつながる。膠着した戦線を活性化させるだけのインパクトがあった。
 多くの傭兵団が、最新の兵器を持つだけなく、歴戦の兵士ぞろいであることも大きい。
 最新兵器も持っているだけでは持ち腐れで、使えてこその兵器である。その経験が、傭兵たちは豊富だった。
 特に、カノンたちフェイレイ・ルース騎士団もその運用を得意とする「ギア」の存在が大きい。
 歩兵用の作業用パワードスーツから始まり、次第に大型化して兵装も強化され、凄まじい出力の動力炉と砲と防御フィールド発生装置を搭載するようになり、ギアは現代の地上戦において、古代世界の騎兵のような役割を負うようになった。
 フェイレイ・ルースが騎士団を名乗るのは、ギアが普及する随分前からのことだから関係はないのだが、ギアを主体にした戦力を「騎兵」、その集団を「騎兵隊」「騎士団」と呼ぶようになって久しい。
 傭兵団を雇い入れることで騎兵戦力を充実させた「連合」軍は、膠着していた各戦線のうちの一つにその兵力を集中させ、ごく一部分ながら敵拠点を占拠するなどの戦果を得た。
 戦線のバランスが崩れ、膠着状態が一気に流動化した。
「共同体」の一部戦力は戦線の維持が出来なくなり、撤退を開始。それに乗じて「連合」側が侵攻するも、進出した戦力を縦深陣に引き込んだ「共同体」軍が覆滅し撃退するなど、双方が大きな損害を被りながら日々状況を変化させていった。
 やがて、双方の軍が、一つの地点を見定めるようになった。
 両陣営の長々と続く武力衝突線の一部、乾燥した大平原地帯。
 ほとんど有人地区もなく、惑星最大の資源である重金属鉱床もそれほど多く埋蔵しているわけではない、政治的にはほぼ価値のない土地。
 だが、双方の巨大な軍事力が集結しても行動の自由が確保できる大空間であり、ここを抜ければそれぞれの陣営の主要国家の首都などに容易に進出できる土地。
 平原は長い戦乱の中で塹壕だらけになっていて、自由に戦力を配置できるような地形ではなくなっていたのだが、ギアであれば関係がない。人型の大型機械であるギアは、動力炉の大出力に任せて複数の浮遊機構を備えているから、地上に多少穴や溝があったところで行動に何の支障もない。
 騎兵戦力を中心に戦力をまとめた「連合」軍は、この大平原を奪取しようとした。
 対する「共同体」軍は、ここを取られれば戦線の維持が不可能になると判断し、各戦線から兵力を大胆に抜いて配置転換してでも、この大平原を守り抜こうとした。
 双方の陣営が次々に兵力を結集した結果、いつの間にか戦争のターニングポイントとしてこの大平原が注目されるようになり、対陣はギリギリの神経戦に発展していた。
 カノンたちフェイレイ・ルース騎士団も、「連合」軍が雇った傭兵団の一つとしてその指揮下にあり、大平原の端っこから前進しつつ、迫っているとされる「共同体」軍との決戦に向けた準備を進めていた。
 防諜や攪乱の手段が発達した結果として、互いが敵の戦力を正確につかむのが難しい状態が続いていて、空からの観測ができた時代ならごく簡単に確認できていた敵の布陣も、現状ほぼ推測で戦術対応している有様だ。
 そして、「共同体」軍も「連合」軍の傭兵による戦力増強に対する答えを用意していた。このままではやられるという危機感の中、戦線の苦境をひっくり返す一撃。
 この時点で、その答えが明らかになろうとしている。
 以上のような状況の中、カノンたちが惨憺たる苦労を強いられる「ガレント遭遇戦」「大平原の会戦」などと呼ばれる戦いが始まろうとしていた。
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