効率的国家救済法

皆川 純

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事前準備のススメ

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初代国王、つまり建国の王である先祖は偉大であった。

永遠の王国などは存在しない。
その例に漏れずかつて大陸に覇を唱えた帝国も中興を過ぎると悪政や汚職に塗れ、民は絶望し心ある為政者は疲弊する。
当たり前のように各地、各階層から不満が噴出し、帝国は未曾有の危機に陥った。
人類が歴史から学ばないのは愚かだからなのか、それともそういった宿命を種として背負わされているのかは知らないが、帝国が彼らの国を興した国家転覆の動き、まさにそれを自らの足元で返されることとなる。

支配層から興されれば改革、市民階級が成せば革命となる政変は実行され成し遂げられた。
帝国で遂行されたのは改革であり、それはそのまま内乱と群雄割拠の時代へと繋がる。
勃興する国々も各国の中で帝国の歴史を圧縮した流れを辿ることもあれば、善政が続いて隆盛を極めることもあり、また運を味方につけることで辛うじて国体を維持する国もある。

王国は三番目の例と言って良いだろう。
初代は改革の主導者たちの一人であり、宰領していた領地や人民といった基盤を元に確固たる楚を築いた。
誰がどこで何をしているのか、中央も地方も動向がまるで見えない闇の中でしっかりと乱世を泳ぎ切って領地に安寧を齎した手腕は、その後の安定期で引き継いだ後継者たちと比べても並大抵ではない才と努力を必要としただろう。
その意味で、誠に偉大な王であったと言える。

だが、初代が優秀であっただけに次代以降は国の舵取りを行うには無難に過ぎた。
いや、他の多くの国のように没落させなかっただけマシなのかも知れないが、彼らに出来たことは現状の維持だけだ。
この国は栄えもせず衰えもせず、だがそんな風にまごまごしているうちに周辺国家では優秀な為政者たちが大陸の地図を確定させて行った。

七代目となる彼の時代には、大陸の国際情勢に影響を与えられるようなものではなく、東の武威に、西の財力に、北の政治力に脅かされながらなんとかかんとか恫喝を躱し隙をつき、四方八方に頭を下げながらうなぎのようにぬめぬめと泳ぐしかない国となっていた。
父である六代目国王や、祖父である五代目が無能だったとは思わない。
だが、優秀でなかったことも確かだし、他国にその時々で必要な人材が生まれ登用され、またそれを行うだけの度量を持った王が存在していたことが不運であった。

とは言え嘆いていても始まらない。
七代百五十年に渡って続いたこの国を守るべき立場になったからには、あらゆる手を打つ必要がある。
ここで、「国を富ませ栄えるため」ではなく、「守るため」という思考が出てくるあたり、七代目国王もこの国の血筋なのだということがはっきりわかるのだが。

ともかく、この小国を支え保つために彼が志向したのは、

「何があっても良いように、あらゆる備えをしておく」

ことだったのだ。
体制、農業、人心、教育、交通、工業に軍事、天災、商業、娯楽に健康と考えられるすべてでネガティブな思考を以て予測し、予算と労力が許す限り対策を事前に行ってきた。
玉座についた当初は、「そんな何百年に一回あるかないかのことにまで予算をかけて対策する必要があるのか」という声も上がっていたが、何度かの国難を乗り越えるのに役立った結果、官僚こぞって国王の思考に染まるようになった。



故に、史上類を見ない不運に見舞われた現在でも、彼らは悲嘆に暮れることなく冷静に対処を話し合っている。



「とは言え、いくらなんでもこれは想定できるようなものではなかったですな」
会議室の中央テーブルに積み上げられた書類を見ながら、宰相が呟く。

「ですが、他に対策していたことを役立てられるのは幸いでした。陛下のご慧眼によるものです」
ずり落ちそうなメガネをくい、と上げながら答えるのは年若い気象大臣。
「まったくですね、気象台の予測からエベレ川の水位予測もほぼ正確なものになります。人為的に泥濘地帯を作り出す計算も容易になってありがたいばかりですよ」
と続けたのは堤防大臣で、
「その場合の進軍ルートは提出されたものがありましたので、生活道路への影響も試算してあります」
行軍大臣から渡された資料を手に国道大臣が言うと、
「荷馬車の走行には影響があることがわかっていますので、各部の交換が必要になりますね」
輸送具大臣が答え、
「作業人員の確保とスケジュールはこちらです」
工員大臣が準備した紙を差し出す。
「材料となる木材の調達については、予算を準備してありましたのでこちらを」
「同じく、金具は書かれた通りになります」
木工調達大臣と金型成形大臣が準備よく資料をテーブルの上に置き、
「どの炉をどう使うかすべて想定済みですが、原料についての要望は毎年五月に提出を……」
「はい、頂いた資料を元にこちらにまとめておきました」
溶鉱炉運用大臣の視線を受け、鉄鋼材大臣が応じる。
「不足分が出ますので、確か先月には予測値を」
「ええ、回ってきてますよ。先月末には調達予定と予算を出しておきました」
資料を確認した鉱山大臣の後を引き継いだのは、鉱石輸入大臣だった。

「皆の連携、素晴らしい。大変ありがたく思う。お前たちのおかげで我が国が高効率かつ安定運営できていることに感謝しかない」
様子を眺めていた国王が一座を見渡して大声で賛辞を送ると、その場にいた五百人の大臣が一様に頭を下げた。

そう、備えあれば憂いなし、を国是に定めたこの国では細分化された省によって常時様々な有事を想定し、日々対策を更新しているのだ。
大臣だけで五百人、そんな彼らの下に官僚がいると考えれば相当数の役人となり国庫の負担は尋常ではなくなる。
もちろんそのことを想定していた若き頃の国王は、貴族制を含む身分制度を王族を除いて全廃、大臣や官僚を一般公募の俸給労働体制とし完全な役所機能を整えたのだ。
貴族だから役職の俸給がなくとも王から与えられた領地でまかなえる、それはそれで一面の事実であるし現に他国はほぼ例外なくその通り運用しているが、侵略による領土拡大を目指す気のない王国では功ある者に与える領地は増えない。
功績を上げても俸禄が増えなければやる気が下がる。
また、「貴族としての誇り」といった形のないものを信用するには担保が必要だが、完全に信用できるような基準を設定することは困難だ。
無論、そうなるまでに紆余曲折もあったが、持ち前の「備えあれば」理論で入念な準備と人脈構築、周到な戦略で人員配置と予算、評価制度を構築しわずか二十年でここまでの体制を築き上げた。

攻めではなく守りに徹するため、という前向きなのか後ろ向きなのかわからない国王の性質と方針により、王国はその国土に似合わぬ規模の官僚機構を持つ特異な国となったのだ。

そして、そんな王国が直面している喫緊の問題とは、

「しかし、まさか『魔王』などが我が国近くに現れるとはな」
「はい、南の樹海に魔王が現れることは、さすがに想定しておりませんでした。森林の拡大や洪水、土壌の変化などは日々計測と予測を怠っておりませんでしたが」
昔は「謁見の間」と呼ばれた大会議室で忙しく報告と作業を行う閣僚を前に、国王と宰相はひっそりとため息をついた。











名前に「神」とか「斗」とかの漢字が入っていたり、苗字辞典で一件もヒットしない苗字だったりすることに気づいたら恥ずかしさに悶絶しそうな、なぜか高校生だったりブラック企業の下っ端だったりする彼は、どうして数十億もいる人間の生死を管理できるんだと突っ込みたくなる気持ちを抑え、女神によって転生した。
なぜ転生したのかは、「例によって例のごとく」という便利な表現があるので本人もそこは気にしていない。

「え、なんだよここ、俺はど」
「あ、長くなりそうだし終わってから存分に考えてください」
「え?」

光に包まれて気がついたら草原に
「いやどうしてとかどこでとか、正直どうでも良いんで」

目の前にいる妖精のような
「妖精でも精霊でも獣人でも何でも良いじゃないですか。関係ないですし。はい、行きますよ」

少女は烏の濡羽色をした髪を
「あなた本当にその色わかってます?」

思ったことを全て考える前に片っ端から突っ込まれてしまい、思考を一旦放棄した彼は美少女に連れられて街に辿り着く。
この間、びっくりするほど何もなかった。
オークに襲われるということもなく、馬車を助けるということもなく、野営の焚き火を囲んで美少女と昔語りをすることもなく、だからもちろん遠い目をして憂いたり伏線っぽい何かを思い出したりすることなんてない。
いや話が早くて良いんだけど、効率重視過ぎない?という心中の思いも浮かべた端から突っ込まれ、途中からできるだけ何も考えないようにして足を動かした。

すごく味気ない異世界転生のスタートだった。

そうしてほんの数時間で草原を抜け街に到着する。
壁に囲まれたその威容はまるで中世ヨーロ
「5世紀から12世紀の文化習俗なんて知らないでしょ。ガチで暗黒時代なのに、雰囲気だけで適当なことを言わない方が良いですよ」



とにかく勇者は、やけにさくさくと話を進める案内人(?)に連れられて王城へとやってきた。
石造りで頑丈そうだが、いかにも地震のない地方であることがわかる外観と素材だったが、扉を抜けて唖然とすることになる。

「ご案内しますか?」
ロビーと表現するしかない空間で生前、主に役所でよく見たなと言った雰囲気の受付嬢が声をかけた。
正面に受付ブース、入り口から見て右手の脇には目的別案内、左手の脇には組織別の行き先案内が掲示されている。
書かれている部署は現代日本の官公庁でも見ないくらいに多く、だからこそ迷わないように目的別に探せる案内が掲げられたのだろう。右手の方が新しく見える。
それでも対応しきれないことから窓口担当が置かれたのだと思われるが、案内人は、
「大丈夫です、いつものことですから」
そう言ってきょとんとする受付を後に、勇者を促して先を急ぐ。
建築素材や内装はやはり見慣れないもので、勇者はきょろきょろと物珍しそうに視線をうろつかせつつ後に着いて行き、何層か階段を上がったところで大きな扉の前で立ち止まった。

「こちらです。後は中で説明してくれると思いますので宜しく」
あれ、最初に出会った美少女って何かのフラグじゃないの、と心中で思った落胆の色が見えたようで、
「無駄に巨乳にさせられたりハーレム要員にされたくないので遠慮します。いやマジで」
明らかな蔑みの色を目に浮かべ、少女は去っていく。
別に俺は巨乳好きではないんだけどなー、ていうかそもそも男の大半は乳の大きさなんて気にしないんじゃね、と一瞬考えそうになったが氷柱のような突っ込みで心を折られたくない勇者は慌てて自重した。
残された勇者は扉の前で立ち尽くし、ストロベリーブロンドの巻き毛を靡かせて去って
「あのー!いなくはないけど天然ではほぼ見かけない色ですからねー!もうちょっと表現力磨いた方が良いですよ!あと、さっきは烏の濡羽色とか言ってませんでしたー?!かっこわら」
要らんことをわざわざ立ち止まって大声で言うと、今度こそ少女は廊下の角を曲がって姿を消した。
「……あの子、何で俺の思ったことがわかるんだろう」




「よく来てくれました、勇者様」
てっきり謁見の間か何かで会うのかと思っていた勇者は、どこからどう見ても繁忙期のオフィスにしか思えない部屋に目を見開いた。
あれ、間違えた、と思って上半身を部屋の外に出し扉の上に掲げられたプレート見ると、
『大会議室(兼謁見室)』
と書かれている。
ええー、謁見の間って兼用になるものなの、て言うか謁見室の方が副なの?と思いながらも他に行くところがわかる訳でもなし、対応してくれた初老の紳士の発言からもここで合っているのだろうと判断して室内に足を踏み入れた。
「国王がお待ちですので、こちらへどうぞ」
案内されるがままに、戦争状態の室内でぶつからないよう気をつけて歩く。
目の前の紳士は慣れているようで、すいすいと足取りも軽い。
やっぱり王様だから別の部屋にいるのかな、と思っていると奥まった場所の衝立前を手で示された。
「こちらでお待ちです」
「え……」
「なにか」
「いやあの、これってただのパーテーションですよね」
「パーテ……?申し訳ありません、異国語はよくわかりませんが、この向こうで陛下がお待ちです」
「あ、はあ。そうですか」
さすがに現代のオフィスで見るような無機質なものではなく、植物の彫られたそれなりに雰囲気のあるものだが、所詮は衝立だ。
国王なのだから別室があるのかも知れないが、何だか雑に扱われている感が半端ない。

仕方なく衝立を回り込むと、
「あ、ここが国王の部屋だこれ」
思わず言葉が出る。
応接セット程度のものかと思いきや、狭い空間に普通に執務机や書棚が置かれ、40代くらいの王冠を被った人物が一心不乱に書類に書きつけをしていた。
その言葉に顔を上げた国王は、今までの渋面から満面の笑みに変え、
「おお、そなたが勇者か。よくぞ参った。さあ、そこに掛けてくれ」
示されたのは執務机前の椅子。
どうやら応接セットやらソファやらを置くスペースはないらしい。
「あ、どうも」

散らばっている書類などを踏まないよう、そそっと足を出しながら辿り着き腰を下ろす。
「えーと、俺、いや私は伊奘諾神斗と言います」
「おお、イザナギと言うのか。余はエスターライヒ国王、エーリッヒ・フォン・ヴィンネブルクである」
国家と家名が違うということは、国は長く続いているけど王朝が異なるということなのだろうか。ふとそんな考えがよぎったがそもそも大して歴史に詳しくないし、どの道異世界に地球の常識は通用しないだろうと勇者はすぐに脳裏から追いやった。
「事情はまあわかるだろう、お主には魔王を討伐して貰いたいのだ」
「はあ、まあわかると言えばわかりますが」
「うむ。大変結構。それでだ、我が国ではお金と防具だけ渡して放り出すということはせぬ」
「助かります」
「だが、残念ながら余には娘がおらん。申し訳ないが嫁は諦めてくれ。それと我が国では一夫一妻制だ」
「え、それ何故今言ったんですか」
「なんだ、ハーレムに興味はないか」
「いやあ、女子は苦手ですし私はフツメンなので」
どこかで「ちっ、どいつもこいつも判で押したように同じこと言いやがって。何が女子が苦手だ、思春期の猿のくせに」と美少女の声が聞こえたような気もするが無視する。

「魔王討伐についてはしっかり念入りに事前準備を整えておる。安心して旅立って欲しい」
「わかりました。まず何をしたら良いですかね」
「うむ」
勇者の問いに国王が頷くと、待っていたかのように家臣だろうか、どことなくサラリーマンっぽい雰囲気を持つ男性が資料を抱えて入ってくる。
国王が執務机にスペースを空けると、そこにどさりと置かれた資料で顔の下半分が見えなくなり、話しづらい。
が、国王は一切気にせず、
「まず、魔王を討伐するには聖剣、聖凱、聖魔法が必要だ」
なるほど、最後のはきっと「ホーリーなんとか」「セントなんとか」という魔法だろう。
はじめの二つはお約束だから聞かなくてもわかる。
「まず聖剣だが……」
ちらり、と運んできた男性を見やると投げられた男はこほん、と咳払いをして後を引き継いだ。

「聖剣はここから西へ三つ国を跨いだ聖王国、その大聖堂にあります。ただ、それを手にするためには教皇の許可が必要です」
「それはそうでしょうね」
どこの誰とも知らない人間が「聖剣くれ」と言ったところで渡してくれるはずもない。国王の書状があろうと同じだろう。書状などいくらでも捏造できるのだから。

勇者が納得していると、
「教皇には病に伏せている孫がおり、助けてくれた者を勇者と認定し聖剣を授けるであろうと言われています。裏付けもとってありますから、ほぼ間違いないと言って良いでしょう」
「……と、言うことはその病って不治の病か何かなんですか」
「治療薬を製薬するために危険な魔物を倒して素材を得る必要があるのです。それだけの力があるなら勇者認定しても問題ないということですね」
なるほど、勇者は頷く。
「その魔物の棲家を知るには、聖王国の反対、我が国より東に四つ越えた連合王国でペットの子犬を失った少年の頼みを聞く必要があります」
「は?」
意味不明なイベントがぶち込まれてきたことに勇者は困惑する。
が、男性は一切かまわず話を進めた。

「少年の願いは子犬の墓に捧げる『妖精森の夜露』と呼ばれる花を採ってくること。これは初夏のある夜にだけ咲く花で、少年に渡すことで彼の祖母から協商国に住む冒険者への紹介状を貰えます。協商国は連合王国の二つ北にありますが、海峡を渡らなければなりません。潮流の激しい難所ですので漁師たちは船を出すのを拒むでしょう」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください、協商国?は通商してないんですか?商がつくのに」
流れるように怒涛の説明が続くのを慌てて止める。
「通常は東回りの大海を通って通商しているのですが、生憎と勇者様が到着する頃は夏の盛り、海が穏やかなので商船は出払っています」
「何ですかそれ、そんな予定されてるみたいな……」
「事前の入念な調査によるほぼ確実な予測です」
ぴしゃりと言い放つ男性に勇者は言葉を失う。
それを良いことに、怒涛の説明は続けられた。
「なので漁師の頼みを聞く必要がありますが、彼らは最近出没する海賊に困っております。海賊退治が依頼内容ですが、出没する海域は公海、まずは町長の許可を得て出漁許可と同時に航行のための証明書をもらってください。町長はがめついことで有名ですので賄賂が有効ですが、そもそもまず面会許可が降りません。そのため最初に裏の顔役であるドン・ブリ氏と面識を持つことが重要ですが……」
もはや勇者は理解することを諦めた。
どうせあの資料に全部書いてあるのだろうし、そもそも彼一人を旅に出すということもないだろう。
付き添いの人に確認しながらやれば良いことだ。



「次に聖凱ですが、在処は南西の大公国、大公家の家宝ですのでまず北北東の国、山麓の村を訪れて門番の青年から……」



「最後に聖魔法は……」





ぐったりする勇者をよそに、男性の説明は続く。
国王は最早聞く気もないのか自分の臣下の能力を信用しきっているのか、だいぶ前に仕事に戻って聞いてもいない。
いい加減腹減ったなあ、と思ったところでようやく説明が終わった。

「以上が魔王討伐プロジェクトにおける必須武具獲得のスケジュールとなりますが、何かご質問は」
「……ありません」
「では、ガントチャートを用意いたしましたので、資料と共にお持ちください」
「え、ちょっと待って!誰か同行してくれる人はいないんですか?ほら、勇者パーティとか言うじゃないですか」
さっさと立ち去ろうとする男性に待ったをかけてすがるが、
「パーティ、ですか?舞踏会と勇者様に何の関係があるかわかりかねますが……同行者につてはもちろん用意してございます。その説明は別の担当が行いますので呼んで参ります」

次に入って来たのは、見た目は異なるが雰囲気が先ほどの彼と全く同一であった。
勇者はぐったりと背もたれに体を預けたまま、容易に想像できるこの後の展開にがっくりと肩を落とした。




「……という村で薬草を採取している冒険者がおりますので、彼を手伝ってください。薬草を組合に納め、報酬の取り分を全て彼に渡せばお礼にと仲間になる『予定の』研究者の場所まで納品ついでに案内してくれます。その研究者から頼まれる……」



「拳闘士は連合王国から東の海を渡った対岸、帝国の最南端の商都にある闘技場で……」


「……と進めば、市場で踊り子に会えるはずです。彼女の父親が実は盗賊の首領をやっていますので団員である……」





ようやく終わったパーティ集めの説明に、もう最初から何も聞いていなかった勇者は力を振り絞って尋ねる。
「あの……そこまでわかっているなら、事前に用意してくれていてもよかったんじゃあ」
「用意しておるぞ」
「は?」
いつのまに仕事を終えたのか、こちらを見ながら飄々と答える国王に思わず不敬な声を出してしまう。
「いやいやいや、え?用意済み?マジで?」
「無論だ。我が国の用意周到さを甘く見てもらっては困るぞ、勇者よ」
目配せを受けた男性が下がり衝立の向こうでぼそぼそやったかと思うと、ぞろぞろと4人の男女が入ってくる。

「紹介しよう、勇者の仲間となる賢者、拳闘士、盗賊、神官だ。すでに訓練も終えているから安心して任せると良い」
「そこまで準備できてるのかよ?!」
「当然だ。効率的な国家運営のためには事前準備と想定および対策が有効であるからな」
大声で突っ込む勇者を誰が咎められようか。
一体、さきほどまでの疲れる説明は何だったのか。

確かに最初に案内してくれた美少女も効率的だったけどさあ……事前準備しておけば即座に対応できるかも知れないけどさあ……。

旅立ち前からこんなに疲れる魔王退治する勇者って、俺以外には絶対いないよなと思いながらも、どうしようもないので9割諦めの気分で国王に声をかける。

「はあ……もういいです、とにかく仲間の準備ができてるのはありがたいです。じゃあ、聖剣と聖凱と聖魔法を手に入れれば良いんですね」
「いや、もうあるぞ」
「あんのかよ?!」
「我が国は準備と対策こそが国是だからな」
「だったら先に出せよ!」
「どれだけ準備が整っているか、しっかり因果関係や背景まで理解しないと安心できんだろうに」
「いいよもう、安心だよ、安全第一だよ、だからさっさと出してくれよ!」

もはや自分で何を言っているのかわからないくらいに投げやりになった勇者渾身の突っ込み。
ふむ、と国王の頷きに応じて別の臣下がそれぞれを捧げて入ってくる。

「左から聖剣、聖凱、聖魔法のための玉だ」
「いやほんとにあるし?!」
「無論だ、我が国は用意周到だからな」
「はい、もちろんでございますね、陛下」
満足げな国王と臣下にジト目を向けながら、勇者はため息をつく。
もはや何でもいい。
さっさと終わらせて帰ろう。
ここまで用意周到なら、もしかしたら魔王も既に弱体化してくれて一瞬で終わるかも知れないし。

「じゃあもう行って来ますよ。ところで」
この国のことだ、準備できていることはもうわかりきっていたが念のため聞いておくことにする。

「魔王を倒したら元の世界に戻してくれるんですよね?」
「あ、その準備はできてなかったわ」
「そこは準備しておけよ!」










翌日、魔王城に勇者の声がぽつりと落ちる。
「俺、聖剣抜いてすらいないんだけど」

「聖剣抜く前に終わらせる、これぞ我が国の効率重視の結果です」
「戦う前から戦いは始まってるからねー」
「そうですね、むしろ戦う前に結果は決まっています」
「備えあれば憂いなし、神の教えですな」

「じゃあ聖剣も聖凱も聖魔法もいらないじゃん」
何もしてないのに疲れ切った勇者は、がっくりと肩を落とした。

俺、この国とは合わないわ。

王国が勇者を失った瞬間であった。
が、高度な官僚機構を備えた王国が動揺することもなく、帝国に渡った勇者の末裔に滅ぼされるまでの二百年、現状を維持した。
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