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「これから女性の社会進出が今以上に進むだろう、我々もその流れに乗っていかないと戦後復興の妨げになりかねない、ザダ王国で残っているのは女性の爵位継承くらいか?」
驚いたことに、ザダ王国で爵位継承権を持つのは男子のみとされている、戦後に多くの法律が改正されたが、何故か変わらなかったのだ。
「国王陛下はかなり前向きみたいだな、根回しもほとんど終わったようだから近々発表があるかもしれない」
戦後国王不在のザダ王国に鳴り物入りでその座についたのはヤルシュ王国の第四王子、彼はザダ王国に多くの知識人や技術者を引き連れてやって来た。
戦場となった農地の土壌を豊かにし、痛みきった石畳を舗装し、疲れきった国民には見たこともないようなカラフルなお菓子を…。
百年以上はかかるだろうと言われていた戦後復興を短期間で成していく手腕は国内外でも評価されている。
はじめは懐疑的だった国民も、そして残った貴族もその手腕は認めるしかなかった。
たとえザダ王国の血を引いていなくとも、今では平民貴族問わずに多くの指示を集めている。
「難しい問題だからまずは文官の登用を平民に許可し、それが当たり前になってから女性の登用をすすめていった、時間はかかったがその分混乱も少なかった」
ナキスは続ける。
「貴族では未だに男尊女卑が根強いが、これだけ女性の社会進出が進んだんだ、早い内にその風潮もなくなるだろう」
そうなればフランシーヌの行く末も明るくなる、婚約破棄がフランシーヌのせいではなくとも今のままでは後ろ指を差され続けるだろうから。
「ようやく、だな。嫌な慣習などなくなってしまえばいいんだ」
これまでにない物言いは、ナキスがどれだけ忌々しく考えていたか見て取れる。
「ナキス兄さんはいつから男尊女卑がおかしいと考えてたの?」
ザダ王国にいればおかしいとも考えない価値観、何がナキスをそうさせたのだろうか?
「王太子殿下の遊学に付き添って色々な国に行って思い知らされたよ、自分の価値観がどれほどずれてるかを…、能力の差は男女関係ないとね」
若い時分に周辺諸国の遊学に付き添っていたナキスとって、どれほどの衝撃だったかは想像に容易い。
「他の人はどうだったの?」
付き添っていたのはナキスだけではない、確か宰相や騎士団長の息子など王太子の側近も一緒だったはずだ。
「…そうだな、俺と同じように考えて変わった奴もいるだろうし、変わらなかった奴もいるだろう」
「そう、だよね…」
知識として頭に入っていても、それを実際目にするのとでは違うのだろう。
「王太子殿下も変わってくれればよかったのかもな…」
ポツリと呟かれた言葉、王太子は変わらなかった。それまでの価値観を否定されるのを受け入れられなかったのか。
そこからナキスは先の戦争を思い出したように話し出す。
「自国の危機を武力で打破しようとするとは、愚者のすることだ。どうしてそれに気づかなかったのか…」
それが分かっていればどうなったのか?もし当時の国王が現在の国王くらい賢明だったら。
変わることのない過去を憂いても仕方のないことだが、愚かな判断は何も生まなかった、むしろ全て破壊した。
「考えれば勝ち目のない戦争だと気づきそうなものなのに、勝利に浮かれて裏にあるものを見誤った」
大陸一の大国と呼ばれるヤルシュ王国に勝てる可能性はほぼなかった、きちんと国際情勢を把握していれば分かったこと。トルトメスタン王国がいかに軍事力に優れていたとはいえ、だ。
「ナキス兄さんはいつ頃から戦争は負けると考えてたの?」
「うーん…、宣戦布告した時から希望はないと考えていたかな」
「…どうして?トルトメスタン王国と同盟を結んだのに」
「当時のヤルシュ王国の王女がスバニー王国の王子と恋仲だったんだ。現に戦争後に婚姻を結んでいるだろう?あれだけの大国同士が水面下で同盟を結んでいたようなものだった。ヤルシュ王国が本当にピンチになっていたら間違いなく軍事介入しただろう。分かるか?ヤルシュ王国とスバニー王国、いくらトルトメスタン王国が軍事力に勝れていたとしても、勝てるはずがなかったんだ」
ヤルシュ王国とは海を挟んだ反対側に位置するスバニー王国、あちらの大陸では相当な軍事力を保持する大国だ。
ヤルシュ王国とスバニー王国が水面下で繋がっていた?
「ナキス兄さんはどこでそれを?」
当然の疑問だろう。
「ヤルシュ王国の王立学院にスバニー王国の王子が同時期に遊学していたからな、他国の、特に王族の動向なんて注視するに決まっている」
カイルは頭を抱えたくなった、始まる前から終わっている戦いに挑み、その命を散らした数多の犠牲は何だったのだろうかと。
「どうして…、どうしてそれを早く言わなかったの?」
ついつい恨みがましい口調になってしまうのも仕方のないことだろう。
「言ったよ、でも聞く耳を持ってくれなかった。トルトメスタン王国がいるのだから負けることはない、それ以上言うのなら不敬で一族を処罰する、とね。しかも国王自らがだ」
苛立たしげにナキスは眼の前にあるテーブルを叩く。
「そ、んな」
カイルは初耳だった。
「他の奴らも同じように言われたそうだ。だからまずは自分達の家門に火の粉が飛ばないよう動いたんだ」
それきり黙ってしまったナキスは冷めたお茶を口に含む。
一方のカイルはその言葉に妙な引っ掛かりを覚えていた。
動いた?どう動くというのだ?
戦争中は連戦連勝で勝利を疑っていなかった。そんな中違う方向を向いていたというのか?そんな怪しい動きをしたら目立っていたはずだ。
ピンと何かが繋がった。
逡巡すれば全て辻褄が合う、しかしカイルは合ってほしくなかった。
どうする?口に出してしまえば知りたくもなかった最後の現実を突きつけられることになる。
カイルはテーブルの下で手をギュッと握り、
「ナキス兄さんがスパイだったの?」
とうとう覚悟を決めた。
驚いたことに、ザダ王国で爵位継承権を持つのは男子のみとされている、戦後に多くの法律が改正されたが、何故か変わらなかったのだ。
「国王陛下はかなり前向きみたいだな、根回しもほとんど終わったようだから近々発表があるかもしれない」
戦後国王不在のザダ王国に鳴り物入りでその座についたのはヤルシュ王国の第四王子、彼はザダ王国に多くの知識人や技術者を引き連れてやって来た。
戦場となった農地の土壌を豊かにし、痛みきった石畳を舗装し、疲れきった国民には見たこともないようなカラフルなお菓子を…。
百年以上はかかるだろうと言われていた戦後復興を短期間で成していく手腕は国内外でも評価されている。
はじめは懐疑的だった国民も、そして残った貴族もその手腕は認めるしかなかった。
たとえザダ王国の血を引いていなくとも、今では平民貴族問わずに多くの指示を集めている。
「難しい問題だからまずは文官の登用を平民に許可し、それが当たり前になってから女性の登用をすすめていった、時間はかかったがその分混乱も少なかった」
ナキスは続ける。
「貴族では未だに男尊女卑が根強いが、これだけ女性の社会進出が進んだんだ、早い内にその風潮もなくなるだろう」
そうなればフランシーヌの行く末も明るくなる、婚約破棄がフランシーヌのせいではなくとも今のままでは後ろ指を差され続けるだろうから。
「ようやく、だな。嫌な慣習などなくなってしまえばいいんだ」
これまでにない物言いは、ナキスがどれだけ忌々しく考えていたか見て取れる。
「ナキス兄さんはいつから男尊女卑がおかしいと考えてたの?」
ザダ王国にいればおかしいとも考えない価値観、何がナキスをそうさせたのだろうか?
「王太子殿下の遊学に付き添って色々な国に行って思い知らされたよ、自分の価値観がどれほどずれてるかを…、能力の差は男女関係ないとね」
若い時分に周辺諸国の遊学に付き添っていたナキスとって、どれほどの衝撃だったかは想像に容易い。
「他の人はどうだったの?」
付き添っていたのはナキスだけではない、確か宰相や騎士団長の息子など王太子の側近も一緒だったはずだ。
「…そうだな、俺と同じように考えて変わった奴もいるだろうし、変わらなかった奴もいるだろう」
「そう、だよね…」
知識として頭に入っていても、それを実際目にするのとでは違うのだろう。
「王太子殿下も変わってくれればよかったのかもな…」
ポツリと呟かれた言葉、王太子は変わらなかった。それまでの価値観を否定されるのを受け入れられなかったのか。
そこからナキスは先の戦争を思い出したように話し出す。
「自国の危機を武力で打破しようとするとは、愚者のすることだ。どうしてそれに気づかなかったのか…」
それが分かっていればどうなったのか?もし当時の国王が現在の国王くらい賢明だったら。
変わることのない過去を憂いても仕方のないことだが、愚かな判断は何も生まなかった、むしろ全て破壊した。
「考えれば勝ち目のない戦争だと気づきそうなものなのに、勝利に浮かれて裏にあるものを見誤った」
大陸一の大国と呼ばれるヤルシュ王国に勝てる可能性はほぼなかった、きちんと国際情勢を把握していれば分かったこと。トルトメスタン王国がいかに軍事力に優れていたとはいえ、だ。
「ナキス兄さんはいつ頃から戦争は負けると考えてたの?」
「うーん…、宣戦布告した時から希望はないと考えていたかな」
「…どうして?トルトメスタン王国と同盟を結んだのに」
「当時のヤルシュ王国の王女がスバニー王国の王子と恋仲だったんだ。現に戦争後に婚姻を結んでいるだろう?あれだけの大国同士が水面下で同盟を結んでいたようなものだった。ヤルシュ王国が本当にピンチになっていたら間違いなく軍事介入しただろう。分かるか?ヤルシュ王国とスバニー王国、いくらトルトメスタン王国が軍事力に勝れていたとしても、勝てるはずがなかったんだ」
ヤルシュ王国とは海を挟んだ反対側に位置するスバニー王国、あちらの大陸では相当な軍事力を保持する大国だ。
ヤルシュ王国とスバニー王国が水面下で繋がっていた?
「ナキス兄さんはどこでそれを?」
当然の疑問だろう。
「ヤルシュ王国の王立学院にスバニー王国の王子が同時期に遊学していたからな、他国の、特に王族の動向なんて注視するに決まっている」
カイルは頭を抱えたくなった、始まる前から終わっている戦いに挑み、その命を散らした数多の犠牲は何だったのだろうかと。
「どうして…、どうしてそれを早く言わなかったの?」
ついつい恨みがましい口調になってしまうのも仕方のないことだろう。
「言ったよ、でも聞く耳を持ってくれなかった。トルトメスタン王国がいるのだから負けることはない、それ以上言うのなら不敬で一族を処罰する、とね。しかも国王自らがだ」
苛立たしげにナキスは眼の前にあるテーブルを叩く。
「そ、んな」
カイルは初耳だった。
「他の奴らも同じように言われたそうだ。だからまずは自分達の家門に火の粉が飛ばないよう動いたんだ」
それきり黙ってしまったナキスは冷めたお茶を口に含む。
一方のカイルはその言葉に妙な引っ掛かりを覚えていた。
動いた?どう動くというのだ?
戦争中は連戦連勝で勝利を疑っていなかった。そんな中違う方向を向いていたというのか?そんな怪しい動きをしたら目立っていたはずだ。
ピンと何かが繋がった。
逡巡すれば全て辻褄が合う、しかしカイルは合ってほしくなかった。
どうする?口に出してしまえば知りたくもなかった最後の現実を突きつけられることになる。
カイルはテーブルの下で手をギュッと握り、
「ナキス兄さんがスパイだったの?」
とうとう覚悟を決めた。
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