Epitaph 〜碑文〜

たまつくり

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女はかつて、レオノーラ・カージリアンという名だった。

大陸一の大国と言われたヤルシュ王国の王女を母に持ち、資源豊富なザダ王国の王弟を父に持つ、完璧な血筋の完璧な貴族令嬢、それがレオノーラだった。

生まれてすぐに王命により王太子と婚約を結び、将来は王妃となることが約束されていた。

それが綻んだのは母の死から。

母の死から3ヶ月もしないうちに父は後妻を迎えた。

レオノーラは当時十三歳、自分でも聡い方だと理解していたが、まさかこんなに早く?と辟易したものだ。

しかも後妻との間には一つしか年齢の変わらない異母妹いもうとまで存在していた。

貴族とはそういうもの、と割り切れるほどレオノーラはまだ達観していなかった。

しかしレオノーラの心を慮る者は誰もいなかった。

後妻の名はハヴァナ、彼女はザダ王国の男爵家の娘で家柄に大きなコンプレックスがあったらしく、レオノーラをあからさまに蔑ろにした。

『食べるだけで精一杯の民がいるというのに、あなたはこんなにも贅沢をして!』

『まったく、使わないならよこしなさい!私が有意義に使ってあげるわ!』

そう言って生母の形見をことごとく奪っていった。

父に言っても無駄だった、むしろ父はハヴァナの味方。

どうやら父とハヴァナは昔から恋人同士だったそうで、政略結婚とはいえ母が邪魔だったのだ。

貴族なのだから政略結婚は当たり前だろう、しかし残されたレオノーラはたまったものではなかった。

母が存命のときから付いてくれていた侍女は全員解雇され、部屋は離れへと追い出された。

しかも出される食事は固いパンに塩味のみのスープ。

継子が可愛くないのは分かる、それでもあの扱いは酷かった。

さらにどこからともなく流れた『レオノーラが異母妹いもうとをいじめている』という信憑性のない噂。どう考えてもいじめられているのはレオノーラなのだが、この頃には必要最低限の社交しか行っておらず、気づくのが遅くなってしまったのだ。

姿を現せば小声で囁かれるレオノーラの話題、貴族令嬢として表情を出さないことだけで精一杯だった。

救いがあったとすれば王太子の婚約者という立場。

王太子妃教育で勉強もマナーも身につけられ、食事も出た。

だから王太子妃になればあの家から抜け出せる、それがレオノーラの希望だった。

別に王太子のことは好きでも嫌いでもなかったが、レオノーラが嫁すには当然の地位。ただそれだけの感情しかなかった。

しかしそんな希望もあえなく散るときが訪れた。

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