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等身大より大きめな鏡、それがイリアの前に置かれていた。
「先祖代々伝わっている鏡なのですが…」
持ち込んだ老人は語尾を弱める、何か後ろめたいものなのか?だとすると盗品か?目の前の老人がそんなだいそれたことをするようには見えない。
「拝見させていただきます」
イリアは口ではそう言っているが、鏡がどういう物か見ただけで理解していた。
これを見ることができるなんて…。
率直な感想はそれだった。
「何か謂れはありますか?」
先祖代々伝わっているということは、老人も何かしら聞いているだろうと。
「…その鏡に問いかけると望む答えを言ってくれると」
「そう、ですか…」
概ね当たっている、イリアの見立て通りだ。
「ですが、儂が見たものは違うのです」
「え?あなたが見たもの?」
イリアが見た限りでは老人に魔力はない。魔力持ちでなければこれはただの鏡としか用をなさない。
「実は父が魔力持ちでして…」
納得がいった、老人の親世代ならば魔力を持っていることは当たり前の世の中、だとしたらこの鏡の真の姿を見ていてもおかしくない。
しかし、だ。それでも納得がいかないことがある。
「父がこの鏡に向かって何か呟くと、突然中から綺麗な男女二人が出てきたのです」
「中から出てきた?」
思わず聞き返してしまう。あり得るのだろうかと。
「ええ、父が二人に儂を紹介してくれて、そうしたら二人は『はじめまして』とそれこそ輝くような笑顔で挨拶してくれました」
老人は懐かしそうに目を細めた。
「父は酒が飲めない性質でしてね、父は紅茶を、二人はワインを飲みながら、何やら話しておりました」
「…」
イリアは無言になることで話の続きを促した。
「儂は小さかったから話してる内容はあまり覚えていないのですが、魔力持ちがいなくなってしまうから寂しい、とか、会う機会が少なくなってしまう、とかそんなことを話しておりました。二人は儂に素敵なダンスを披露してくれましてね、今でも思い出します」
老人は紅茶で喉を潤し話を続ける。
「儂はもう一度会いたくて父にお願いしたのですが…、父はあてられると言って、それっきり二度と会わせてくれませんでした」
あてられる、おそらく魔力を持っていない人が長く魔力に触れていると悪影響を与えることが分かっている、それをそう表現したのだろう。
即死ぬとかではないが、目眩がする、悪夢にうなされる、等といった症状が確認されている。
これを知っているということはキチンと魔法について学んだ者だということが分かる。
「父が亡くなる時に、鏡の中の二人は我が家を守ってくれるから常に飾っておくようにと」
「そう、ですか…。でしたらなぜ手放そうと?」
「実は孫の肺が少し弱いのです、それで郊外に一家で引っ越すことにしまして…。この鏡は大き過ぎて持ち運びに苦労するのです」
確かに鏡は大の男がなんとか持ち運べる大きさ、現に今日も老人は二人がかりで運んで来た。
「お孫さんの具合は相当お悪いのですか?」
ついイリアは聞いてしまう。
「いえ、空気の良い所で療養すればじきに良くなると言われております」
「よかったですわ」
「街中は便利ですが、あまりにも雑多で。伝手がありまして郊外で農業をやることにしました」
「まあ、農業を?」
「ええ、息子の嫁の実家が元々農家でして。儂も老骨ながら手伝えればと」
「もうこちらには戻られないのですか?」
「戻るつもりはありません」
老人の意志はハッキリしているようだ、ならばとイリアは切り出した。
「どちらで農業をする予定ですか?」
「コルランスです」
コルランスといえば風光明媚な地方で知られている、療養にはピッタリな場所だ。
「これから生活する上で少しでもお金はあったほうがいいだろうと、これを手放すことにしました」
老人の声には幾分かの寂しさが見て取れるが、運ぶのにも不便なこの鏡は無用の長物なのだろう。
「わかりました、こちらは金貨1000枚で買い取りたいと思います、いかがですか?」
「っえ!?そんな高額で?」
「はい、こういう壊れやすいものはなかなか残っていないので、こちらとしてもこの値段を付けさせていただきました」
「その金額でお願いします!」
老人が喜ぶ姿を見て、イリアも釣られて笑ってしまう。
「大金ですのでどこかに預けますか?口座はお持ちですか?よろしければ紹介いたしますが?」
「先祖代々伝わっている鏡なのですが…」
持ち込んだ老人は語尾を弱める、何か後ろめたいものなのか?だとすると盗品か?目の前の老人がそんなだいそれたことをするようには見えない。
「拝見させていただきます」
イリアは口ではそう言っているが、鏡がどういう物か見ただけで理解していた。
これを見ることができるなんて…。
率直な感想はそれだった。
「何か謂れはありますか?」
先祖代々伝わっているということは、老人も何かしら聞いているだろうと。
「…その鏡に問いかけると望む答えを言ってくれると」
「そう、ですか…」
概ね当たっている、イリアの見立て通りだ。
「ですが、儂が見たものは違うのです」
「え?あなたが見たもの?」
イリアが見た限りでは老人に魔力はない。魔力持ちでなければこれはただの鏡としか用をなさない。
「実は父が魔力持ちでして…」
納得がいった、老人の親世代ならば魔力を持っていることは当たり前の世の中、だとしたらこの鏡の真の姿を見ていてもおかしくない。
しかし、だ。それでも納得がいかないことがある。
「父がこの鏡に向かって何か呟くと、突然中から綺麗な男女二人が出てきたのです」
「中から出てきた?」
思わず聞き返してしまう。あり得るのだろうかと。
「ええ、父が二人に儂を紹介してくれて、そうしたら二人は『はじめまして』とそれこそ輝くような笑顔で挨拶してくれました」
老人は懐かしそうに目を細めた。
「父は酒が飲めない性質でしてね、父は紅茶を、二人はワインを飲みながら、何やら話しておりました」
「…」
イリアは無言になることで話の続きを促した。
「儂は小さかったから話してる内容はあまり覚えていないのですが、魔力持ちがいなくなってしまうから寂しい、とか、会う機会が少なくなってしまう、とかそんなことを話しておりました。二人は儂に素敵なダンスを披露してくれましてね、今でも思い出します」
老人は紅茶で喉を潤し話を続ける。
「儂はもう一度会いたくて父にお願いしたのですが…、父はあてられると言って、それっきり二度と会わせてくれませんでした」
あてられる、おそらく魔力を持っていない人が長く魔力に触れていると悪影響を与えることが分かっている、それをそう表現したのだろう。
即死ぬとかではないが、目眩がする、悪夢にうなされる、等といった症状が確認されている。
これを知っているということはキチンと魔法について学んだ者だということが分かる。
「父が亡くなる時に、鏡の中の二人は我が家を守ってくれるから常に飾っておくようにと」
「そう、ですか…。でしたらなぜ手放そうと?」
「実は孫の肺が少し弱いのです、それで郊外に一家で引っ越すことにしまして…。この鏡は大き過ぎて持ち運びに苦労するのです」
確かに鏡は大の男がなんとか持ち運べる大きさ、現に今日も老人は二人がかりで運んで来た。
「お孫さんの具合は相当お悪いのですか?」
ついイリアは聞いてしまう。
「いえ、空気の良い所で療養すればじきに良くなると言われております」
「よかったですわ」
「街中は便利ですが、あまりにも雑多で。伝手がありまして郊外で農業をやることにしました」
「まあ、農業を?」
「ええ、息子の嫁の実家が元々農家でして。儂も老骨ながら手伝えればと」
「もうこちらには戻られないのですか?」
「戻るつもりはありません」
老人の意志はハッキリしているようだ、ならばとイリアは切り出した。
「どちらで農業をする予定ですか?」
「コルランスです」
コルランスといえば風光明媚な地方で知られている、療養にはピッタリな場所だ。
「これから生活する上で少しでもお金はあったほうがいいだろうと、これを手放すことにしました」
老人の声には幾分かの寂しさが見て取れるが、運ぶのにも不便なこの鏡は無用の長物なのだろう。
「わかりました、こちらは金貨1000枚で買い取りたいと思います、いかがですか?」
「っえ!?そんな高額で?」
「はい、こういう壊れやすいものはなかなか残っていないので、こちらとしてもこの値段を付けさせていただきました」
「その金額でお願いします!」
老人が喜ぶ姿を見て、イリアも釣られて笑ってしまう。
「大金ですのでどこかに預けますか?口座はお持ちですか?よろしければ紹介いたしますが?」
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