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第一章 異世界転生がこんなに酷いとは、聞いていない

酒を呑んでも呑まれるな

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 小さな机の上に、マグカップと茶碗が一つづつある。
 並々に注がれている飲み物を、手に取る者などいなかった。
 カラン、と氷が溶けた音を出している。
 もうこの音を、嫌という程聞いた。

「ゔっ……は、はぎぞう吐きそう……ル、ルシ……だ、大丈だいじょう、ゔっ、が……?」

「ゔ~……は、はぎぞう吐きそうだワン……」

 もう会話になっていなかった。
 意識も朦朧とし、今にでも吐きそうだ。
 トイレに行きたい、だが動いた瞬間、吐く自信しかない。
 今何時だろうか?
 確実に朝日は登っているだろう。

 机に突っ伏した赤ちゃんの俺、そこら辺で横たわっている犬のルシ。
 俺達に何があったのか。
 至る所に転がっている、七百ニ十mlの梅酒と書かれた瓶が原因だ。

 そう……俺達は、本当に夜通し呑み続けた。
 アルコール度数十四%の梅酒を、しかもロックで……
 アホだ、自分でも思う……救いようが無いアホだと。

 最初の方はまともだった。
 炭酸水で割りながら、呑んでいたんだ。
 そして俺の事を話しながら。
 違う世界に来た事、元人間だった事。

 だが、そんな記憶、とうの昔の話だ。
 原因はルシだ。
 お前には危機感が無いワン、此処は元いた世界では無いワン、とかほざいていたから、喧嘩になり終いに、酒の飲み比べが始まった。

 割るのは男では無い、とお互い言い合い、ロックになった。
 僕は酒強いワン! とか言ってたのに、このザマかよ。
 まぁ俺も言えないが……

「あぁ……ダメだ……いし……きが……切れ……」

「ガァ~グルグル~ワン……」

 あの野郎寝てやがる。
 俺も意識が飛んでいく。
 こうして、深い深い眠りについた。
 最悪の目覚めになってしまうが……

 十分後……

「なんかうるさいワン……ん? 僕は何してたワン? うぅ……あ、頭が痛いワ」

「おぇぇぇぇぇぇぇ」

 最悪の目覚め……二十歳になってから、何度か体験した目覚めだ。
 重たい目を開け、真っ先に飛び込んでくる光景。
 そう、トイレの便器と、俺の胃の中に有った残骸だ。
 よく呑み過ぎて、こうなる人間も多いはず、いや、体験してようやく大人になったと、実感する人も多いはずだ。

 こんな行動が決して良いとは言っていない。
 そこは勘違いしないように……って赤ちゃんの俺が言うのもなんだがな。
 いや、実際の年齢は二十歳な訳で、好き好んでこんな姿になった訳では無い。
 そこら辺は理解してほ……

「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 この時、俺は悪魔の赤ちゃんで良かったと思う。
 普通だったら、歩けるどころか、便器の高さまで、届かなかったと思う。
 幸い、走れるし、便器まで届いた。

 今までの行動は無意識だった。
 何かしらの危機管理が発動し、眠っている最中、トイレに駆け込んだ。
 それで目を開けて、あの光景だ。
 一瞬にして、全てを理解した。
 我ながら良くやったとおも……

「おぇぇぇぇぇぇぇ」

「だ、大丈夫かワン? 良かったら、スペースを開けてくれワン」

「お、おう……」

 気持ち悪そうな顔をしたルシが、トイレへやって来た。
 目的は一つだろう……
 多分、俺の吐き声を聞いたからだ……

「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……ワン」

 こうして、俺達はお互いに最悪の一日が始まった。

 カチッ ジュボー

「ッス~フゥ~ いや~お互い大変だったな~」

「笑い事じゃないワン 本当に最悪だったワン」

「んだよ~ あんだけ美味い美味いって呑んでただろ? お互い様だ」

 吐いた後、ルシと風呂場に行き、口を洗ったのだ。
 何故か分からないが、電気、水道は通っていた。
 流石に、電波は通っていなかったが。

「夜の話に戻るけど、お前は本当に警戒心が無さ過ぎるワン」

「またその話かよ。ッス~フゥ~ もう良いだろ? 実際死んでないし」

「ここまでは良かったワン。でも今、カリアス悪魔の大陸は危ないワン」

 ルシは今までに無い程、真剣な顔をしている。
 これは何か起こっているのか?

「どうしたんだ?」

「最近、色々と話を聞いたワン。全身包帯まみれの悪魔が、暴れているワン」

「包帯まみれ? なんだそりゃ。怪我でもしてんのか?」

「それは分からないワン。でも恐ろしく強くて、何かを探してるらしいワン」

 この話は本当だろう。
 ルシの真剣さが強く伝わってくる。
 てか、平和に暮らしてたんじゃねぇのかよ。

「それだけじゃないワン。ドラゴンとワイバーンが争ってるワン」

「え? ドラゴンとかワイバーンいるのか! すげーなこの世界」

 ドラゴンとワイバーンが争ってるのは見てみたい。
 けど、やばそう……
 なんで争ってんだろ? ま、いっか。

「これが一番やばいワン。勇者が侵入しているワン」

「勇者って、昨日話してた勇者か?」

「そうだワン。アイツらは、魔族を見つけた瞬間、殺しに来るワン。僕は大丈夫かもしれないけど、お前は一発でアウトだワン」

 勇者に見つかったら、即人生終了か……
 笑えない。
 でもゲームとかの敵視点て、こんな感じに思われてたんだな。
 実際に敵側に立って、よく分かった。
 そうだ、ルシに勇者の事、聞くの忘れてた。

「怖過ぎだろ……そうだ勇者の事、教えてくれ! 昨日聞けなかったからな」

「良いワン。勇者は神を纏っているまとっている、と言われてるワン

「纏っている? 神を? どう言う事だ?」

 さっぱり分からん。
 なんだ神を纏うって?
 ん? 神? 
 神って……神様?

「ルシ、神って神様の事か?」

「そうだワン」

 待て待て……神様仕事しろって思ったけど……
 出来る訳ないじゃん。
 神様敵じゃん! 

 終わった……神を敵に回して、勝てる訳ないだろ。
 そりゃ勇者強いわ! 戦う前から分かるわ。
 普通の異世界転生なら、完全に勇者だろ?
 逆だろ普通? おいおい頼むって……
 俺の赤ちゃんライフ終わった……

「何挫折した顔してるワン。話を戻すワン」

 ああ……俺そんな顔してるんだな……
 それもそうだよな……
 勇者に見つかったら、神を相手に何とかしないといけないんだもんな……
 あのゴブリンであんな姿だったもんな。

「人間は、『禁忌の領域』、まぁ『神の領域』とも呼ぶワン。そこに足を踏み入れた者だけが、神を纏い勇者になるワン」

「禁忌? 神の領域? そこに足を踏み入れる? どうやってだ?」

「それがわからないワン。大昔に一人の人間を筆頭に、踏み入れて、勇者が出来上がるワン」

 なるほどな……
 神の領域という場所が有って、そこに行けば神の力を貰えるのか……

「なら、そこに行けば俺達も神の力貰えるはずだろ? 行こうぜ!」

 と、提案したがルシは顔を、横に振っている。
 そこまでに到達するのが不可能なのか?

「絶対無理ワン……神の領域が何処にあるか、他の種族も分かっていないワン。それに、警備も厳重で、突破するのも不可能ワン。今もなお、増え続けているからワン」

「そうか……そんなに大事な所は隠し続けるもんな……もう駆逐されるのが運命か……」

「大将さえ居てくれたら、何とかなったかもしれないワン」

 魔王サタンってやっぱり強いんだな。
 なんで必要な時に、居ないんだよ畜生が!

「ルシはこれからどうするんだ? 元の仲間探すのか?」

「仲間達には会いたいワン! 居るか分からないけどワン……取り敢えず、お前と探すワン!」

「い、や、だ! 俺はこの部屋から一歩も出ない! 外は命の危険に晒される」

 インドアの俺からしたら、絶対に行きたくない。
 ルシの仲間は変なのばかりだし、命が何個有っても足りない。
 俺は、異世界ニート生活を始める!

「何言ってるワン。この世界の事を教えてやって、お前を乗せて帰ったワン、その恩義を忘れるなワン」

「知るかよ! こんなふざけた世界の冒険なんて、する筈がない。アニメ見て、漫画読む生活するからな!」

「そうかワン……なら、僕の魔法で全て燃やすワン」

 腹たつ笑顔を俺にかましてくるが、言ってる内容は残酷すぎる。
 燃やされたら、娯楽が一切無くなってしまう。
 それだけは阻止せねば……

「わ、分かった……なら週休二日、労働時間は、九時から十七時、残業無し、でどうだ?」

「そんなのが通用するとでも思ってるのかワン? 僕が『ワン』と言えば、全てが燃えるワン」

 完全な煽りの笑顔を振り撒いている。
 最後には、口から火出してやがるし……
 はぁ……大人しく、言う事聞くか……

「分かったよ。仲間、探しにい行くか……」

「そう言ってくれると思ったワン! 今すぐ行くワン!」

「俺寝てないんだけど? 絶対途中で吐く、今日は無」

「今、す、ぐ、行くワン」

 食い気味で、俺の発言をかき消した。
 最後は脅してきやがった。
 こいつ、いつかぶん殴ってやる。

 こうして俺達二匹は、ルシの仲間探しの冒険に出かけた。
 寝ずに……
 俺の体の秘密も明かされた、冒険にもなったが……

 こいつ、絶対にボコボコにしてやる……
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