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第一章 異世界転生がこんなに酷いとは、聞いていない

今夜はお前を寝かせないぜ

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 忘れていた……
 完全に脳内から消え去っていた……
 そう……廃城から、ここまで三時間程歩いて来たことを……
 この事実を思い出したのは……歩いて一時間程経った頃だった。
 もう辺りは真っ暗になり掛けている。

「なんでこんな事を忘れていたのかワン? アホなのかワン? 絶対アホだワン」

「うるせぇよ駄犬が。てめぇが俺の脳に衝撃的な話をぶち込むからだろーが」

「衝撃的かワン? ただ仲間の説明しただけワン」

「それが俺の大切な脳に、どれだけ傷付けたか……」

「どうせ、空っぽの脳ワン」

 後、二時間も歩けなければいけないという事実を、受け止めきれない。
 タバコ何本吸っただろうか?
 火を付ける度に、言い合いをしてきた。
 足が痛過ぎて歩けない。
 けど歩かなければいけない。

「なぁルシ、お前魔法でなんとか出来ないのか?」

「無理だワン。この姿になって日常的な魔法しか使えないワン」

「チッなんだよ使えねぇな~」

「使えないとはなんだワン。タバコの火だって誰が付けているワン。もう付けないワン」

 怒って拗ねてしまった。
 顔をプイっと横に向けている。
 こんな時でも、可愛いのが腹立たしい。

「今更だけど、ルシって火の魔法を操るのか?」

「違うワン。僕は全魔法を使えたワン。後、得意なのは風だワン」

「は? 一種しか使えねぇって言ってたろ?」

「僕は魔王軍幹部だワン。そこら辺の雑魚と一緒にしないでくれワン」

「は? チートじゃん」

 今度は、誇らしげな顔をしている。
 これがまた可愛い。
 でも、魔法は使う奴によって違うんだな。
 一種しか使えないとか言ってたくせに。

 それなら、勇者も全魔法使えるって事か。
 戦いたく無いな……
 戦う以前に、俺は逆の立場の人間だったんだぜ?
 命を奪うってよりも、体を治すって立場なのに……
 ま、無理に戦う事ないか……

 それよりも……
 足が本格的にヤバくなってきた。
 てか背中に生えてる羽で飛べないとか、存在意義を疑う。
 動かそうにも、うんともすんとも動かない。
 仕方がない……最終手段だ。

「なぁルシ、お願いが有るんだがいいか?」

「なんだワン?」

「俺一日中歩いて、もう足が動かないんだよ。乗っていいか?」

「嫌ワン」

 速攻で断られた。
 まぁある程度、予想はしてたんだが……
 仕方がない。

「そうか~じゃあお言葉に甘えて」

「お、おい、何するワン! 今すぐ降りろワン!」

 俺は最後の気力を振り絞り、ルシの背中にダイブした。
 ルシは、体を左右に振っているが、落ちないようにしっかり捕まった。

「あ~フカフカだ~しかもいい匂いする~寝そう~」

 毛並みのフカフカ加減は最高で、羽毛布団みたいだった。
 しかも、シャンプーした後の、いい匂いもする。
 これは最高のベッドだ。

「辞めろワン! 重いワン!」

「やだね~もうしっかり捕まったもんね~重いなら、羽を動かしてやる~」

「お前の羽全く動かないワン! あ~もう仕方がないワン」

「ルシありがとう~俺は道案内に徹するよ~」

 気持ちよすぎて、言葉が柔らかくなる。
 ルシも諦めたのか、振り落とそうとはしてこない。

「行け~ルシ! 止まるんじゃねぇぞ!」

「後で顔面に肉球埋め込むワン」

 ルシに跨り、進行方向に指を指した。
 暗闇で何も見えないが……そんな事はどうでも良い。


 二時間後……

「ルシ着いたぞ! 俺達の城だ!」

「本当に廃城だワン」

 ルシの火の魔法をランプ代わりにして、廃城まで着くことが出来た。

「ん? 何か変な魔法がかけられているワン。しかも城全体にワン」

「よっこらせ……魔法? そんなの分かるのか?」

 不思議そうに城を見つめるルシを他所に、俺はルシから降りた。

「感じるワン……でもこんな魔法知らないワン」

「そんなの良いじゃねぇか、入ろうぜ?」

「お、おい、ちょっと待つワン」

 ルシの警告を無視し、俺はドアの取っ手に手を掛けた。

 すると……
 カチャン、と音がした。

「あ、あれワン? 魔法が消えたワン?」

「なんでも良いじゃねぇか、入ろうぜ!」

 呆然としているルシに声をかけ、入るように促した。
 中を見てみるが、暗くて何も見えなかった。

「ルシ、火」

「ワン」

「おお! 見えた見えた。うわっホコリだらけじゃねぇか」

 全く掃除されていない事がよく分かった。
 目に飛び込んできたのは、直線の広い廊下だった。

「ルシ壁際に火、頼むわ」

「はぁ、犬使いが荒いワン」

 ルシは渋々、壁側に火を向けた。
 明るみになった壁側は扉が付いていた。
 それも一つではない。

「一、二……十二個も扉があるぞ! ルシ一つの部屋借りようぜ~」

「で、でも誰も住んでいないのかワン? 用心しないとワン」

「そんな事いいじゃねぇか。早く入ろうぜ!」

 こんな会話をしながら、一番手前の扉を開けた。
 ドアを開けるのも一苦労だ。
 なんせ、ドアノブに手が届かない。
 ま、こんな身長なんだから仕方がないか。
 俺はルシの上に乗り、ギリギリの所で手が届き、そのままドアを開けた。

 中を見て、俺は驚いた。
 何故か? それは……

「こ、この部屋……俺の部屋じゃん。ど、どういう事だ?」

 そう中の部屋は、俺が転生する前に一人で住んでいた部屋だった。
 流石の俺も、始めは疑った。
 なんせ、そっくりそのままだからだ。

 教科書、テレビ、ゲーム機、漫画、その他諸々、この部屋に有るのだから。
 慌てふためく俺を見て、ルシは不思議がっていた。

「なんでそんなに驚いているワン? それにしても、この部屋には知らない物ばかりあるワン」

「お、俺の部屋だ……」

「何言ってるワン? そういや僕は、お前の事何も知らないワン。説明してくれワン」

 不思議がっているルシを他所に、俺は戸惑いと喜びの感情が溢れていた。
 なんでこの世界に俺の部屋が?
 そんな事はどうでも良い。俺は、再びこの部屋に戻ってこれた。
 そんな感情が俺を支配した。

「おい、聞いているのかワン? この部屋はなんだワン?」

「……あ、ああ。悪いな。この部屋は俺の部屋なんだ」

 ボーッとしていた俺に、ルシは足を蹴って質問してきた。
 まぁそれ程痛くはなかったが、意識を取り戻すのに充分な痛みだった。

「俺の部屋ワン? どういう事だワン。お前はこの世界の事、何も知らなかったはずワン」

 まぁ何も知らない奴からすれば、この現象を素直に飲み込める訳がなかった。

「後の説明は中に入ってからな。取り敢えず、中に入ろうぜ!」

「わ、分かったワン……」

 俺は、入ってすぐ、左の端にあるベッドにダイブした。
 このベッドがまたフカフカで気持ちい。
 ルシのモフモフの毛並み以上にだ。

「はぁ~疲れが取れるぜ~ルシ、お前も入ってこいよ!」

「で、でも大丈夫かワン? もしかして罠だったりしてワン……」

「なんだよ、ルシビビってるのか? 俺が入れたんだから大丈夫だろ」

 入り口で、いつまでも戸惑っているルシに、入って来るように促した。
 こいつ何を警戒してるんだ?
 さっきの魔法の事か?
 案外、度胸ないんだな。

 そうだ!
 こっちの世界に来てから俺の姿見てなかったな。
 どんな姿なのか見てみるか……
 確か携帯がここに……お! 有ったぞ!
 早速カメラにしてと、てか重いな。

「うわー本当に赤ちゃんだ。しかもなにこのアホ毛。切りたい……」

 初めてみる自分の顔。
 なんだか新鮮だ。
 髪色は黒なのか……にしてもこのアホ毛はないだろ。

「マジでピアスしてるし……なんでだ? なんか意味あるのか? ツノは……髪で隠れて先っぽしか見えてないな」

 赤ちゃんがピアスは流石に趣味が悪過ぎる。
 神様の趣味か? 最悪だな。
 しかし……本当に赤ちゃんなんだな。

「ルシ! 酒だ! こうなったらやけ酒だ!」

「飲めると思うかワン? 少しは考えろワン。その前にお前の事について、説明しろワン」

 なんだか腹が立ってきて、酒を飲まずにはいられない。
 赤ちゃんが酒を飲む? 
 知るか! 俺は二十歳なんだ、姿なんてどうでもいい。
 ルシはベッドでのうのうと寛いでいる。
 可愛いのと同時に、ムカついてきた。

 苛立ちながらも、冷蔵庫に向かった。
 何故か、電源が付いている。
 そういえば、ドア開けた瞬間に部屋の明かりも付いたよな……
 電源通ってるのか? 
 まぁいいか!

「大量に酒買ってて良かったぜ! さぁルシ、今日はお前を寝かさないぜ!」

「キモいワン」

 こうして、激動の一日が終わった。
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