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六 : 大志 - (10) 安土での歓待
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十四日は岐阜城に宿泊した家康一行は、翌十五日に信長が待つ安土に到着した。
「よう参られた、三河殿」
安土城の正門に立っていた父が、両手を広げて家康を出迎える。先日の饗応の返礼に、盟友に最大限持て成す姿勢を示した形だ。
「上総介様御自らの出迎えとは、恐れ入ります」
「何を申すか、三河殿。織田と徳川の間柄を思えば当然のこと」
恐縮する家康に対し、その肩を叩きながら鷹揚に応える父。その二人の姿に引率してきた信忠は不思議に映った。
家康の方は大きな開きがついた織田家に臣従することで生き残りを図ろうとするが、父の方は純粋に“大切な友を歓待する”気持ちしか見えなかった。一歩引く家康と、遠慮は無用の父。両者の思惑がここまで嚙み合わないのに和やかな雰囲気を醸し出しているのも、なかなか珍しいことだ。
「日向」
「はっ」
父に呼ばれ、前に進み出る光秀。安土までの接待は信忠が担ったが、ここから先は光秀が饗応役を務める。
「支度は整っておるな」
「はい。いつお越しになられてもいいよう、用意してあります」
問われてハキハキと答える光秀。満足そうに一つ頷いた父は、にこやかな笑みを浮かべて家康の方を向いた。
「では、まずは膳で持て成しましょう。ささ、どうぞ中へ」
そう言い、肩を並べて城内へ入っていく父と家康。それを見届けた信忠は自らの役目を終えたので岐阜へ帰ろうとしたが……光秀が近付いてきた。
「日向、如何した?」
「上様より言伝を預かっております。『織田家当主として、三河殿の饗応に同席せよ』とのことです」
光秀から父の意向を伝えられ、信忠は一瞬キョトンとした。だが、織田家が総力を挙げて家康を持て成すのに当主が不在というのもおかしな話だと考え、納得する。
「……分かりました」
「さ、参りましょう」
少々予想外の展開ではあったが、饗応役は光秀が担当するので気が楽ではあった。信忠は光秀と共に城内へ入っていった。
父から“織田家の威信に懸けて持て成せ”と命じられていたのもあり、光秀の饗応はかなり力が込められていた。腕利きの料理人を呼び寄せ、京の銘酒や堺の珍品などを取り寄せ、魚や野菜なども最高級の物を揃えた。料理だけでなく能の名手を招くなど、かなりの気合の入れ様だった。
饗応は一日で終わらなかった。三日目となる五月十七日の昼食はは家康のみならず徳川家家臣達も一堂に会して接待した。
信長は徳利を手に徳川家家臣の一人一人に酒を注いでいく。
「左衛門尉、お主が居るからこそ徳川家の屋台骨は盤石なのだ。これからも三河殿を支えていってくれ」
「与七郎、折衝いつも大儀である。今後も三河殿の為に働いてくれ」
「平八郎か! 一言坂での武勇は聞いておるぞ! 花も実も兼ね備えた武将とはお主のことだ。真に、平八郎程の武辺者を持っている三河殿は羨ましい!」
かなりご機嫌な様子で声を掛けていく父。怒った時以外は感情を露わにしない父には珍しいと思いつつ、信忠も接待に追われる。
すると、お気に入りの小姓である蘭丸が父の元に近付くと、何かを囁いた。それを聞いた父の顔つきが一瞬険しくなる。
それから、父は一段高い所に座っている家康の元に歩み寄り、申し訳なさそうに伝える。
「三河殿。誠に申し訳ない。ちと外せない用事が出来ましたので席を外します。その間は中将がお相手致します」
「分かりました。お気になさらず」
非礼を詫びる父に、家康は気にしないと応じる。足早に退室していく父に代わり、信忠は家康の元に向かう。
急な事で驚いた信忠だが、家康が退屈しないよう務めを果たそうと心掛ける。和やかな雰囲気で雑談を交わしながら四半刻が過ぎた頃、再び姿を現した蘭丸が信忠の元に駆け寄ってきた。
「……中将様。上様がお呼びです」
緊張した面持ちで耳打ちする蘭丸に、信忠も何かあったと察しがついた。家康の歓待よりも優先すべき事が出来たのだ。
その様子を見ていた家康は、信忠の方を向いてニコリと笑った。
「私のことはお気になさらず。ささ、父君が待たれておられますぞ」
「……ありがとうございます」
家康の厚意に頭を下げる信忠。蘭丸に促され、信忠は中座した。
「よう参られた、三河殿」
安土城の正門に立っていた父が、両手を広げて家康を出迎える。先日の饗応の返礼に、盟友に最大限持て成す姿勢を示した形だ。
「上総介様御自らの出迎えとは、恐れ入ります」
「何を申すか、三河殿。織田と徳川の間柄を思えば当然のこと」
恐縮する家康に対し、その肩を叩きながら鷹揚に応える父。その二人の姿に引率してきた信忠は不思議に映った。
家康の方は大きな開きがついた織田家に臣従することで生き残りを図ろうとするが、父の方は純粋に“大切な友を歓待する”気持ちしか見えなかった。一歩引く家康と、遠慮は無用の父。両者の思惑がここまで嚙み合わないのに和やかな雰囲気を醸し出しているのも、なかなか珍しいことだ。
「日向」
「はっ」
父に呼ばれ、前に進み出る光秀。安土までの接待は信忠が担ったが、ここから先は光秀が饗応役を務める。
「支度は整っておるな」
「はい。いつお越しになられてもいいよう、用意してあります」
問われてハキハキと答える光秀。満足そうに一つ頷いた父は、にこやかな笑みを浮かべて家康の方を向いた。
「では、まずは膳で持て成しましょう。ささ、どうぞ中へ」
そう言い、肩を並べて城内へ入っていく父と家康。それを見届けた信忠は自らの役目を終えたので岐阜へ帰ろうとしたが……光秀が近付いてきた。
「日向、如何した?」
「上様より言伝を預かっております。『織田家当主として、三河殿の饗応に同席せよ』とのことです」
光秀から父の意向を伝えられ、信忠は一瞬キョトンとした。だが、織田家が総力を挙げて家康を持て成すのに当主が不在というのもおかしな話だと考え、納得する。
「……分かりました」
「さ、参りましょう」
少々予想外の展開ではあったが、饗応役は光秀が担当するので気が楽ではあった。信忠は光秀と共に城内へ入っていった。
父から“織田家の威信に懸けて持て成せ”と命じられていたのもあり、光秀の饗応はかなり力が込められていた。腕利きの料理人を呼び寄せ、京の銘酒や堺の珍品などを取り寄せ、魚や野菜なども最高級の物を揃えた。料理だけでなく能の名手を招くなど、かなりの気合の入れ様だった。
饗応は一日で終わらなかった。三日目となる五月十七日の昼食はは家康のみならず徳川家家臣達も一堂に会して接待した。
信長は徳利を手に徳川家家臣の一人一人に酒を注いでいく。
「左衛門尉、お主が居るからこそ徳川家の屋台骨は盤石なのだ。これからも三河殿を支えていってくれ」
「与七郎、折衝いつも大儀である。今後も三河殿の為に働いてくれ」
「平八郎か! 一言坂での武勇は聞いておるぞ! 花も実も兼ね備えた武将とはお主のことだ。真に、平八郎程の武辺者を持っている三河殿は羨ましい!」
かなりご機嫌な様子で声を掛けていく父。怒った時以外は感情を露わにしない父には珍しいと思いつつ、信忠も接待に追われる。
すると、お気に入りの小姓である蘭丸が父の元に近付くと、何かを囁いた。それを聞いた父の顔つきが一瞬険しくなる。
それから、父は一段高い所に座っている家康の元に歩み寄り、申し訳なさそうに伝える。
「三河殿。誠に申し訳ない。ちと外せない用事が出来ましたので席を外します。その間は中将がお相手致します」
「分かりました。お気になさらず」
非礼を詫びる父に、家康は気にしないと応じる。足早に退室していく父に代わり、信忠は家康の元に向かう。
急な事で驚いた信忠だが、家康が退屈しないよう務めを果たそうと心掛ける。和やかな雰囲気で雑談を交わしながら四半刻が過ぎた頃、再び姿を現した蘭丸が信忠の元に駆け寄ってきた。
「……中将様。上様がお呼びです」
緊張した面持ちで耳打ちする蘭丸に、信忠も何かあったと察しがついた。家康の歓待よりも優先すべき事が出来たのだ。
その様子を見ていた家康は、信忠の方を向いてニコリと笑った。
「私のことはお気になさらず。ささ、父君が待たれておられますぞ」
「……ありがとうございます」
家康の厚意に頭を下げる信忠。蘭丸に促され、信忠は中座した。
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