上 下
116 / 127

六 : 大志 - (10) 安土での歓待

しおりを挟む
 十四日は岐阜城に宿泊した家康一行は、翌十五日に信長が待つ安土に到着した。
「よう参られた、三河殿」
 安土城の正門に立っていた父が、両手を広げて家康を出迎える。先日の饗応の返礼に、盟友に最大限持て成す姿勢を示した形だ。
「上総介様御自おんみずからの出迎えとは、恐れ入ります」
「何を申すか、三河殿。織田と徳川の間柄を思えば当然のこと」
 恐縮する家康に対し、その肩を叩きながら鷹揚に応える父。その二人の姿に引率してきた信忠は不思議に映った。
 家康の方は大きな開きがついた織田家に臣従することで生き残りを図ろうとするが、父の方は純粋に“大切な友を歓待する”気持ちしか見えなかった。一歩引く家康と、遠慮は無用の父。両者の思惑がここまで嚙み合わないのに和やかな雰囲気を醸し出しているのも、なかなか珍しいことだ。
「日向」
「はっ」
 父に呼ばれ、前に進み出る光秀。安土までの接待は信忠が担ったが、ここから先は光秀が饗応役を務める。
「支度は整っておるな」
「はい。いつお越しになられてもいいよう、用意してあります」
 問われてハキハキと答える光秀。満足そうに一つ頷いた父は、にこやかな笑みを浮かべて家康の方を向いた。
「では、まずは膳で持て成しましょう。ささ、どうぞ中へ」
 そう言い、肩を並べて城内へ入っていく父と家康。それを見届けた信忠は自らの役目を終えたので岐阜へ帰ろうとしたが……光秀が近付いてきた。
「日向、如何いかがした?」
「上様より言伝を預かっております。『織田家当主として、三河殿の饗応に同席せよ』とのことです」
 光秀から父の意向を伝えられ、信忠は一瞬キョトンとした。だが、織田家が総力を挙げて家康を持て成すのに当主が不在というのもおかしな話だと考え、納得する。
「……分かりました」
「さ、参りましょう」
 少々予想外の展開ではあったが、饗応役は光秀が担当するので気が楽ではあった。信忠は光秀と共に城内へ入っていった。

 父から“織田家の威信に懸けて持て成せ”と命じられていたのもあり、光秀の饗応はかなり力が込められていた。腕利きの料理人を呼び寄せ、京の銘酒や堺の珍品などを取り寄せ、魚や野菜なども最高級の物を揃えた。料理だけでなく能の名手を招くなど、かなりの気合の入れようだった。
 饗応は一日で終わらなかった。三日目となる五月十七日の昼食はは家康のみならず徳川家家臣達も一堂に会して接待した。
 信長は徳利を手に徳川家家臣の一人一人に酒を注いでいく。
「左衛門尉、お主が居るからこそ徳川家の屋台骨は盤石なのだ。これからも三河殿を支えていってくれ」
「与七郎、折衝いつも大儀である。今後も三河殿の為に働いてくれ」
「平八郎か! 一言坂での武勇は聞いておるぞ! 花も実も兼ね備えた武将とはお主のことだ。真に、平八郎程の武辺者を持っている三河殿は羨ましい!」
 かなりご機嫌な様子で声を掛けていく父。怒った時以外は感情を露わにしない父には珍しいと思いつつ、信忠も接待に追われる。
 すると、お気に入りの小姓である蘭丸が父の元に近付くと、何かを囁いた。それを聞いた父の顔つきが一瞬険しくなる。
 それから、父は一段高い所に座っている家康の元に歩み寄り、申し訳なさそうに伝える。
「三河殿。誠に申し訳ない。ちと外せない用事が出来ましたので席を外します。その間は中将がお相手致します」
「分かりました。お気になさらず」
 非礼を詫びる父に、家康は気にしないと応じる。足早に退室していく父に代わり、信忠は家康の元に向かう。
 急な事で驚いた信忠だが、家康が退屈しないよう務めを果たそうと心掛ける。和やかな雰囲気で雑談を交わしながら四半刻が過ぎた頃、再び姿を現した蘭丸が信忠の元に駆け寄ってきた。
「……中将様。上様がお呼びです」
 緊張した面持ちで耳打ちする蘭丸に、信忠も何かあったと察しがついた。家康の歓待よりも優先すべき事が出来たのだ。
 その様子を見ていた家康は、信忠の方を向いてニコリと笑った。
「私のことはお気になさらず。ささ、父君が待たれておられますぞ」
「……ありがとうございます」
 家康の厚意に頭を下げる信忠。蘭丸に促され、信忠は中座ちゅうざした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

蒼雷の艦隊

和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。 よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。 一九四二年、三月二日。 スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。 雷艦長、その名は「工藤俊作」。 身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。 これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。 これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。

処理中です...