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四 : 思いと思い(7)-雪辱を期す
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「クソっ!! 信長め!!」
下間頼廉は忌々しく矢盾で組んだ机を叩いた。
ここは天王寺から数里の距離にある場所。織田方の奇襲と砦に籠もる明智・佐久間両勢の反撃で一時撤退したが、時が経つに従い冷静さを取り戻しつつあった。本願寺方が本陣を構えると方々に散っていた兵達も徐々に戻り始めていた。
門徒勢の幹部が顔を揃える中、雑賀衆を率いる孫一の姿もあった。
あの後無事に自陣に戻った孫一だったが、恐怖に取り憑かれた門徒勢が押し寄せた自陣は収拾がつかない状況だった。この状態では織田勢と相対するのは難しいと判断した孫一は一時離脱を決めた。途中、裏切りと勘違いした門徒勢と止む無く対処したり織田方と抗戦したりした為、雑賀衆も少なからず犠牲を出してしまった。
「……よろしいではありませんか」
場の空気に反して信長が来た事を肯定する発言をした孫一に、居並ぶ面々の視線が一斉に集まる。頼廉は殺気立った目で睨みつけてきたが、孫一は気にせず続ける。
「当初考えられた形とは多少違いますが、結果的には顕如上人の思惑の通りに信長を戦場へ引き摺り出す事が出来ました。緒戦こそ敗れはしましたが、戦はまだまだこれから」
「……確かに。なれど、信長がいつまでも戦場に留まるとは限らないぞ」
落ち着きを取り戻してきた頼廉の言葉に、「それは無いでしょう」と孫一は断言する。
「天王寺砦に入った信長ですが、明智・佐久間の両勢を合わせても人数では我等が上回っております。恐らく、砦に籠もってさらなる増援を待つ……と考えるのが自然でしょう。ならば、我等が執るべき策は――」
「――先手を、打つ」
頼廉の言葉に、孫一は大きく頷く。
「我等にはまだ本願寺に兵が控えています。織田方の数が揃う前に、本願寺からの加勢と合わせて一気呵成に攻め懸かれば……今度こそ信長奴を討ち果たせましょう」
孫一が力強く言い切ると、居並ぶ面々からどよめきが起きる。
上座に座る頼廉は孫一の発言を聞いて暫く腕組みをして考え込んでいたが、やがて腕組みを解くと孫一の方を見て訊ねた。
「……此度は雑賀衆も合力して頂けますかな?」
「当然」
孫一は胸を張って即答した。
方向性の違いから天王寺砦攻めに参加しなかった孫一だが、信長が来たとなれば話が変わる。門徒勢と力を合わせて共通の敵・織田信長打倒に全力を尽くす所存だ。
それに……。
(今日はオレが不甲斐ないばかりにしくじってしまった。信長、次こそは必ず仕留めてやるから待ってろよ)
孫一の脳裏には千載一遇の絶好機で外した時の映像が、何度も何度も繰り返し蘇ってくる。それを思い出して、爪が掌に痕が残るくらいに拳を強く握る。
狙撃対象から睨まれただけで激しく動揺するとは、なんと情けないことか。一生の不覚だ。この借りは絶対に返してやる。雪辱を果たさんとする孫一は秘かに心を燃やしていた。
「兵達は今日の戦で疲れ切っています。それに、矢弾の補充もせねばなりません。ここは本願寺からの応援を待つ間、数日程休息を与えてはいかがですか? 天王寺砦には押さえの兵を幾重にも囲えば、袋の鼠で出て来ないでしょう」
「うむ、そうだな。兵達には来るべき決戦に向けて英気を養ってもらおう!」
幹部の一人から出た提案に、頼廉は二つ返事で了承した。早速、兵達に配る酒と食事について居並ぶ面々と相談を始める頼廉。末端の兵の士気を上げるのに一番手っ取り早いのが、酒と美味い飯を振る舞う事だ。普段の生活では滅多に口に出来ない澄んだ酒と肴、それに白米が出れば、喜ばない者は居ない。
末端の兵にまで気を配れる辺り、頼廉は優れた将だと孫一は思う。ちと盲目的なのが玉に瑕だが。
「孫一様。雑賀の者達にも酒樽と肴をお届けしたいのですが……」
「ありがとうございます。では後程、人を送りますので――」
頼廉からの申し出に謝辞を述べる孫一。その後、細かいやりとりを幾つか交える。
蟠りを捨て、信長を討つという目的の為に一つにまとまろうとするのを、孫一は肌で感じ取っていた。
下間頼廉は忌々しく矢盾で組んだ机を叩いた。
ここは天王寺から数里の距離にある場所。織田方の奇襲と砦に籠もる明智・佐久間両勢の反撃で一時撤退したが、時が経つに従い冷静さを取り戻しつつあった。本願寺方が本陣を構えると方々に散っていた兵達も徐々に戻り始めていた。
門徒勢の幹部が顔を揃える中、雑賀衆を率いる孫一の姿もあった。
あの後無事に自陣に戻った孫一だったが、恐怖に取り憑かれた門徒勢が押し寄せた自陣は収拾がつかない状況だった。この状態では織田勢と相対するのは難しいと判断した孫一は一時離脱を決めた。途中、裏切りと勘違いした門徒勢と止む無く対処したり織田方と抗戦したりした為、雑賀衆も少なからず犠牲を出してしまった。
「……よろしいではありませんか」
場の空気に反して信長が来た事を肯定する発言をした孫一に、居並ぶ面々の視線が一斉に集まる。頼廉は殺気立った目で睨みつけてきたが、孫一は気にせず続ける。
「当初考えられた形とは多少違いますが、結果的には顕如上人の思惑の通りに信長を戦場へ引き摺り出す事が出来ました。緒戦こそ敗れはしましたが、戦はまだまだこれから」
「……確かに。なれど、信長がいつまでも戦場に留まるとは限らないぞ」
落ち着きを取り戻してきた頼廉の言葉に、「それは無いでしょう」と孫一は断言する。
「天王寺砦に入った信長ですが、明智・佐久間の両勢を合わせても人数では我等が上回っております。恐らく、砦に籠もってさらなる増援を待つ……と考えるのが自然でしょう。ならば、我等が執るべき策は――」
「――先手を、打つ」
頼廉の言葉に、孫一は大きく頷く。
「我等にはまだ本願寺に兵が控えています。織田方の数が揃う前に、本願寺からの加勢と合わせて一気呵成に攻め懸かれば……今度こそ信長奴を討ち果たせましょう」
孫一が力強く言い切ると、居並ぶ面々からどよめきが起きる。
上座に座る頼廉は孫一の発言を聞いて暫く腕組みをして考え込んでいたが、やがて腕組みを解くと孫一の方を見て訊ねた。
「……此度は雑賀衆も合力して頂けますかな?」
「当然」
孫一は胸を張って即答した。
方向性の違いから天王寺砦攻めに参加しなかった孫一だが、信長が来たとなれば話が変わる。門徒勢と力を合わせて共通の敵・織田信長打倒に全力を尽くす所存だ。
それに……。
(今日はオレが不甲斐ないばかりにしくじってしまった。信長、次こそは必ず仕留めてやるから待ってろよ)
孫一の脳裏には千載一遇の絶好機で外した時の映像が、何度も何度も繰り返し蘇ってくる。それを思い出して、爪が掌に痕が残るくらいに拳を強く握る。
狙撃対象から睨まれただけで激しく動揺するとは、なんと情けないことか。一生の不覚だ。この借りは絶対に返してやる。雪辱を果たさんとする孫一は秘かに心を燃やしていた。
「兵達は今日の戦で疲れ切っています。それに、矢弾の補充もせねばなりません。ここは本願寺からの応援を待つ間、数日程休息を与えてはいかがですか? 天王寺砦には押さえの兵を幾重にも囲えば、袋の鼠で出て来ないでしょう」
「うむ、そうだな。兵達には来るべき決戦に向けて英気を養ってもらおう!」
幹部の一人から出た提案に、頼廉は二つ返事で了承した。早速、兵達に配る酒と食事について居並ぶ面々と相談を始める頼廉。末端の兵の士気を上げるのに一番手っ取り早いのが、酒と美味い飯を振る舞う事だ。普段の生活では滅多に口に出来ない澄んだ酒と肴、それに白米が出れば、喜ばない者は居ない。
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「孫一様。雑賀の者達にも酒樽と肴をお届けしたいのですが……」
「ありがとうございます。では後程、人を送りますので――」
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