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二 : 木津砦の攻防(5)-雑賀撃ち

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 開戦から四半刻。木津砦に攻め寄せた織田方は刻一刻と戦況が悪化していた。
 何とか態勢を立て直して反撃に転じたいが、砦から間断なく浴びせられる鉄砲の弾幕が厚く、近付くこともままならない。鉄砲は発射後に筒内に残った火薬の残滓ざんしを掃除した上で次弾を装填する為、次に撃つまで通常だと一分・慣れた者でも四十秒程度掛かった。次の弾が撃たれるまでの間に距離を詰めるのが鉄砲攻略の鉄則なのだが……本願寺方の鉄砲の発射間隔は通常と比べて明らかに短かった。
 織田方も後方から持ち出した矢盾を重ねたり急ごしらえの塹壕ざんごうを掘ったり工夫を凝らして懸命に砦へ近付こうと試みるが、捗々しい成果は上がっていない。時間を追う毎に死傷者の数が増えていく一方だった。
「くそっ!! 雑賀衆の仕業か!!」
 昨年の設楽原の戦いで直政は鉄砲奉行に任じられ、鉄砲について勉強したので多少知識があった。宿敵武田家との決戦を前に、上様が雑賀から腕利きの放ち手を岐阜に招いて実演を披露した際にも立ち会った。手練れの技を目の当たりにして、率直に凄いとしか言い様がなかった。
 通常、発射から次の発射まで一人で行うが、雑賀衆は放ち手と助手の二人で行う。放ち手が引き金を引いて発射すると、助手に撃ち終わった鉄砲を渡して代わりに装填済みの鉄砲を受け取る。助手は放ち手から鉄砲を受け取ると素早く筒内を掃除して弾薬を詰める。こうして鉄砲を交換しながら次々と撃っていくのだ。作業を分担することで互いの効率が上がるだけでなく、放ち手は撃つ事に集中出来るので命中精度の向上にも繋がる。これが俗に“雑賀撃ち”と呼ばれる射撃方法だった。
 但し、この撃ち方は少なくとも二挺の鉄砲を用意する必要がある事、放ち手と助手の双方が円滑に各々の作業を行える事、放ち手と助手の呼吸を合わせる事が求められる。大勢の足軽が一朝一夕にこの撃ち方を習得するのは極めて難しいと判断して織田方で採用するのは見送られたのだが……。
 それがまさか、天下に名を轟かせる雑賀衆の凄さをこうしてまざまざと見せつけられるとは、夢にも思ってなかった。これは考えていた以上に手強い。
「申し上げます!! 三好勢、被害甚大につき撤退すると報せが!!」
「先手と第二陣を入れ替える!! 先手は態勢を整え次第、直ちに第二陣を援護せよ!! 各陣に急ぎ伝えろ!!」
 先手の主力である三好勢が兵を引いてしまえば前線は支えきれない。すかさず直政は手持ちの兵を投入する決断を下した。
 まだ、立て直せる。直政はまだ諦めていなかった。
 織田方が陣の組み替えを行い始めると、それまで続いていた銃声が俄かに止んだ。戦場に一時の静寂が訪れた。
(雑賀衆が前に移るか。厄介だな)
 砦から続々と鉄砲を抱えた集団が出てくる。敵が有効射程から遠いと見て、前線に押し上がる気か。あの猛烈な弾幕は織田方にとって脅威だ。ならば準備が整う前に叩いておきたいが、その前に大勢の門徒勢が立ちはだかる。
 この静寂は津波が押し寄せてくる前の静けさに過ぎない。数も、勢いも、地の利も、全て敵にある。何か、根底から引っ繰り返す逆転の一手はないか。
「申し上げます!! 第二陣、入れ替え完了しました!! いつでも出れます!!」
「よし。法螺を吹け!」
 相手より先に準備が整ったのは良い兆候だ。機先を制してここまでの悪い流れを少しでも挽回しておきたい。
 直政の命を受けて、法螺の音が高らかに鳴らされる。勇ましく吹き鳴らされる法螺の音を聞きながら、直政は「まだ、ここから」と自分に言い聞かせるように呟いていた。
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