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二 : 木津砦の攻防(3)-想定外
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百雷が一挙に落ちたような轟音に、直政も思わず首を竦めた。その後も間断なく立て続けに破裂音が辺りに響き渡る。
「注進―!!」
轟音にかき消されながらも大声を発しながら直政の元に伝令が転がり込んでくる。
「砦より発砲あり!! 寄せ手に死傷者多数!!」
砦の方を見れば、塀の狭間から鉄砲と思しき筒が出たり入ったりしている様子が確認出来る。織田方が殺到した南門に面する壁一面に鉄砲が並んでおり、その数は数百、いや千はあるか。
こちらは敵方の内通を前提に動いていたので、攻防戦を想定した装備を用意していなかった。弾避けの竹束は持って来ておらず、これでは格好の的だ。
手筈と違う展開に織田方が大いに狼狽する中、ずっと閉ざされていた南門が鈍い音を立てて開かれた。塀際に居た者が蜂の巣になっていく状況で唯一安全地帯となっていた門の前に控えていた兵達は、ようやく待ちに待った時が訪れたと安堵した。
だが――開かれた門の先に待っていた光景を目の当たりにして、表情が一瞬で青ざめる。
門の内側に居たのは、二列に並んで鏃をこちらに向け番える弓衆。
異変を察知した兵が踵を返そうとするが、後ろには鉄砲の嵐から難を逃れようと殺到する兵が前へ前へ詰めてきている。人々が密集して進退窮まる状況だった。
「放て!!」
組頭の声で一斉に矢が放たれる。身動きの取れない織田方に容赦なく無数の矢が襲い掛かる。
矢を放ち終えた弓衆がサッと引くと、その後ろには竹槍を構える門徒兵が隙間なく整列していた。
「――帰命無量寿如来」
何処とも無く聞こえて来た、声。『正信偈』冒頭の一句である。
「南無不可思議光 法蔵菩薩因位時……」
続けて、槍を持つ門徒兵達が一斉に異口同音に『正信偈』を唱和しながら前進を開始する。織田方の兵も勇気ある数人が刀を振り翳して斬り込んでいくが、多勢に無勢で門徒兵の槍の前に倒れていく。門徒達は同朋が倒れても動じることなく、口々に『正信偈』を唱えながら一歩また一歩と進んでいく様は、異様で戦慄を覚える。
南門周辺が阿鼻叫喚の渦となる状況で、直政の元にさらなる悪い報せが届いた。
「申し上げます! 後方より門徒勢がこちらに向かい進軍中!」
「報告! 東より門徒勢がこちらに向かって来ています!」
前方の木津砦だけでなく、南や東からも門徒勢が来ていると伝令が入った。西は海、残りの三方は敵。直政率いる織田勢は退路を断たれ、逃げ場を失った格好だ。
内通が内部で露見したか、それとも内通の話自体が罠だったか。どちらにしても、当初の目論見は大きく外れ、危機的状況にある事に間違いなかった。
「誑かしたな弾正!!」
怒りに震える直政が采配を地面に叩きつけた。直政の声は、断末魔の叫びと鳴り止まぬ銃声と粛々と唱和される『正信偈』の声に紛れ、跡形も無く消えてしまった。
「注進―!!」
轟音にかき消されながらも大声を発しながら直政の元に伝令が転がり込んでくる。
「砦より発砲あり!! 寄せ手に死傷者多数!!」
砦の方を見れば、塀の狭間から鉄砲と思しき筒が出たり入ったりしている様子が確認出来る。織田方が殺到した南門に面する壁一面に鉄砲が並んでおり、その数は数百、いや千はあるか。
こちらは敵方の内通を前提に動いていたので、攻防戦を想定した装備を用意していなかった。弾避けの竹束は持って来ておらず、これでは格好の的だ。
手筈と違う展開に織田方が大いに狼狽する中、ずっと閉ざされていた南門が鈍い音を立てて開かれた。塀際に居た者が蜂の巣になっていく状況で唯一安全地帯となっていた門の前に控えていた兵達は、ようやく待ちに待った時が訪れたと安堵した。
だが――開かれた門の先に待っていた光景を目の当たりにして、表情が一瞬で青ざめる。
門の内側に居たのは、二列に並んで鏃をこちらに向け番える弓衆。
異変を察知した兵が踵を返そうとするが、後ろには鉄砲の嵐から難を逃れようと殺到する兵が前へ前へ詰めてきている。人々が密集して進退窮まる状況だった。
「放て!!」
組頭の声で一斉に矢が放たれる。身動きの取れない織田方に容赦なく無数の矢が襲い掛かる。
矢を放ち終えた弓衆がサッと引くと、その後ろには竹槍を構える門徒兵が隙間なく整列していた。
「――帰命無量寿如来」
何処とも無く聞こえて来た、声。『正信偈』冒頭の一句である。
「南無不可思議光 法蔵菩薩因位時……」
続けて、槍を持つ門徒兵達が一斉に異口同音に『正信偈』を唱和しながら前進を開始する。織田方の兵も勇気ある数人が刀を振り翳して斬り込んでいくが、多勢に無勢で門徒兵の槍の前に倒れていく。門徒達は同朋が倒れても動じることなく、口々に『正信偈』を唱えながら一歩また一歩と進んでいく様は、異様で戦慄を覚える。
南門周辺が阿鼻叫喚の渦となる状況で、直政の元にさらなる悪い報せが届いた。
「申し上げます! 後方より門徒勢がこちらに向かい進軍中!」
「報告! 東より門徒勢がこちらに向かって来ています!」
前方の木津砦だけでなく、南や東からも門徒勢が来ていると伝令が入った。西は海、残りの三方は敵。直政率いる織田勢は退路を断たれ、逃げ場を失った格好だ。
内通が内部で露見したか、それとも内通の話自体が罠だったか。どちらにしても、当初の目論見は大きく外れ、危機的状況にある事に間違いなかった。
「誑かしたな弾正!!」
怒りに震える直政が采配を地面に叩きつけた。直政の声は、断末魔の叫びと鳴り止まぬ銃声と粛々と唱和される『正信偈』の声に紛れ、跡形も無く消えてしまった。
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