春を照らすカクテル光線

佐倉伸哉

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04. 第一試合・第二試合 ~ 試合直前

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 三月二十七日、大会四日目。泉野高ナインは決戦の日を迎えた。
 空には一面青空が広がり、一日通して晴れの予報が出ている。気温も二十度前後と過ごしやすい予想となっている。野球をやるには絶好のコンディションと言えそうだ。
 しかし……泉野高ナインは思いも寄らぬ展開に巻き込まれることとなる。
 第一試合。宮城県の仙台才英と熊本県の熊本実業の試合。一回表に仙台才英が三点先制するも、その裏熊本実業はすぐさま同点に追いつく。その後もお互いに点を取り合う乱打戦の様相を呈した。八回裏を終えて七対五と熊本実業が二点リードして九回表に入る。
 後がない仙台才英はノーアウトから連打で一二塁のチャンスを作り、続くバッターが左中間を破る痛烈な打球を放ち、同点に追いついた。さらにノーアウト三塁と一打出れば勝ち越しの状況で、レフトへの犠牲フライ。仙台才英がこの回一気に逆転に成功する。
 試合を引っくり返されて迎えた九回裏、熊本実業の攻撃。二者連続三振で二アウトと追い込まれるが、次の打者が起死回生の同点ホームラン。値千金の一発で試合は再び振り出しに戻った。
 十回表、一アウト三塁の場面で意表を突くスクイズ。これが決まって仙台才英が勝ち越しに成功する。それでも十回裏に熊本実業は二本の長打で同点に追いつき、がっぷり四つの状態が続く。
 十一回は両軍無得点に終わり、十二回の攻防に移る。
 今大会からはタイブレーク制が導入され、延長十二回で決着がつかなかった場合には十三回からノーアウト一二塁の状況から攻撃が始まることになる。このまま史上初のタイブレークへ持ち込まれるのか……!! 大観衆が息を呑んで見守る中、またしても試合が動いた。
 十三回表。仙台才英の先頭打者が四球で出塁すると、続くバッターが失投を見逃さずフルスイングした打球はライトスタンドへ。ツーランホームランで二点勝ち越した。
 今日何度目かのリードを許す展開ながら、熊本実業も諦めていない。その裏、四球とヒットで一三塁とし、続くバッターがライト線を抜けるタイムリーツーベースで一点を返す。ノーアウト二三塁と絶体絶命の大ピンチとなった仙台才英だが、三振とショートフライで二アウトまでこぎつける。一打出れば熊本実業の逆転サヨナラ、抑えれば仙台才英の勝利。熊本実業はここでベンチ入りメンバー最後の野手を代打に送り、勝負に出る。
 一ボールからの二球目。内角のストレートを弾き返した打球は、ショート正面のゴロ。大多数の観衆はこれで勝負は決まった―――と思った。
 だが、落ち着いて捌いたショートが送球したボールは、ファーストの手前でイレギュラーに跳ねた。慌ててファーストがボールを収めようとミットを差し出すも、無情にも白球はファーストの頭を大きく越えていった。その間に二塁ランナーが生還。その瞬間、熊本実業の逆転サヨナラ勝利が確定した。
 試合時間四時間を超える死闘は、劇的な幕切れで決着した。試合終了直後、打球を処理したショートがあまりのショックに泣き崩れ、チームメイトが両脇を支えるように退場していく姿は、多くの人の心を揺さぶる名シーンとなった。
 予定開始時刻より一時間以上遅れて始まった、岐阜県の美濃商と佐賀の佐賀大付の第二試合。両チーム共に立ち上がりを三者凡退に抑え、第一試合と違い静かな幕開けで始まった。
 その後も互いに得点圏までランナーを進めるもののあと一本が出ない状態が続き、スコアボードに次々とゼロが並んでいく。
 一方、第三試合の泉野高ナインは、目前に迫っている試合に備えて甲子園球場の室内練習場で準備運動を始めていた。先発を託された岡野も体を動かして、試合開始の時を待つ。
 大一番を前にしても、岡野は緊張していなかった。公式戦初登板だった県予選一回戦の時も、北信越予選出場が懸かる県予選準決勝の時も、自分にとって未知の領域だった北信越予選一回戦の時も、緊張したことは無かった。ただ、今までと比べて重圧は遥かに掛かる状況なので、自分でも多少はワクワクやドキドキがあると思っていた。でも、いざ本番が差し迫った状況に置かれても、拍子抜けするくらいにフラットな精神状態だった。
 室内練習場に据えられたモニターには、テレビの中継映像が流れている。試合は五回裏まで進み、両者無得点のままだ。
 六回表、美濃商の攻撃。一アウトから四球と盗塁でランナー二塁、さらにセカンドゴロの間にランナーが三塁に進む。次の打者がピッチャー強襲のセンター前ヒットを放ち、美濃商が先制点を挙げた。六回裏、七回裏と佐賀大付は三者凡退に抑えられ、このままの展開だと美濃商が逃げ切る……と予想する人も多かっただろう。実際、室内練習場で出番を控えている泉野高ナインも、試合に向けて最終調整の段階に入っていた。
 しかし……八回裏、二アウトながらランナーを二塁に置いた場面。バッターの打ち上げた打球は、フラフラとセカンドの後方へ飛んでいく。完全に打ち取った当たりだったが……セカンドとライトの間にポトリと落ちた。スタートを切っていた二塁ランナーは三塁を蹴り、一気に生還した。これで試合は振り出しに戻った。
 登板に向けて肩を作っていた岡野は、同点に追いついたのと同時に急遽ペースを落とした。体を冷まさないよう配慮しながら、モニターに映し出される試合の行方を注視する。
 九回の攻防でも決着はつかず、本日二度目の延長戦にもつれ込んだ。
 美濃商も佐賀大付も再三チャンスを作るものの、得点に至らない。試合は膠着したまま十二回を終え、遂に史上初のタイブレークへ突入する。
 十三回表、ノーアウト一二塁で美濃商の先頭打者が打ち返した打球は、右中間を切り裂くタイムリースリーベース。さらに犠牲フライで追加点を挙げ、点差を三点に広げて攻撃を終えた。
 その裏の佐賀大付の攻撃。先頭打者が放った痛烈な打球はピッチャーの脇を過り、センターへ抜ける……と思われた。直後、美濃商のショートが飛び込み、打球はショートのグラブに収まった。それをセカンドへトス、さらに一塁へ転送してダブルプレーが成立。ノーアウト一三塁と絶好のチャンスだったが、ワンプレーで二アウトと逆に追い込まれた。
 それでも続く打者がライト前ヒットで一点を返して意地を見せるも、反撃はここまで。最後はセンターフライに打ち取り、試合終了。三時間半に及ぶ熱戦に終止符が打たれた。
 第二試合の終了を見届けた岡野は、待ちに待った出番を前にして別のことに考えを巡らせていた。
(……これは、ナイターになるかな)
 時刻は十六時五十五分。試合開始は十七時を過ぎるのは間違いない。そうなれば日没までに試合が終わる可能性は限りなくゼロに等しい。当初第三試合は十四時半開始予定の見込みだったが、前の二試合がいずれも大幅に延びたことが影響して、センバツでは異例のナイターに突入するのはほぼ確実な状勢だ。
 予定から大幅にずれ込んだ為にコンディションはどうか、人生初のナイターでどうなるか、と不安は多々あるが、それでも岡野は試合前からワクワクしていた。
(甲子園で、ナイター。まるでプロ野球みたい)
 極めて異例な状況下にありながら、そんなことを考えていた。能天気かも知れないが、あれこれ心配して萎縮するよりはマシだと割り切っていた。
 思っていたよりかなり遅れてしまったが、遂に幕が上がる。その時に向けて、着々と準備を進めていった。

 第二試合で戦った両校が退場するのと入れ替わりに、第三試合で対戦する泉野高と大阪東雲の両校がグラウンドに入場する。グラウンドキーパーが試合開始に向けて懸命に整備する中、先攻の大阪東雲は素振りで、後攻の泉野高はキャッチボールで、それぞれのベンチ前で体を動かしてその時を待つ。
 登板を控えている岡野も、最終調整のためチームメイトを相手に軽めのキャッチボールで仕上げに入る。いつ試合が終わるか見当がつかず、コンディションを整えるのは難しかったが、肩はまずまずの仕上がりでホッとする。
 グラウンド整備がいよいよ佳境に迫ろうとする中、キャプテンの新藤がナインを集めて円陣を組む。真ん中に立つ新藤が、おもむろに話し始めた。
「みんな知っていると思うが、テレビも新聞もネットも東雲の勝つと予想している」
 プロの解説者から高校野球ファンに至るまで、王者大阪東雲の勝利はまず間違いないとする見方が大勢を占めている。一方の泉野高は悲観的な意見ばかりで、中には一切触れられていない記事もあった。その事実は泉野高ナイン全員が知っていた。
「誰も俺達が勝つと思っていないのなら、俺達に期待していない奴等を見返してやろうぜ!」
 新藤の檄に全員が「オウ!」と応じる。そうだ、俺達は負けに来た訳じゃない、勝ちに来たのだ。例え圧倒的な戦力差があろうと、誰も勝ちを望んでいなくても、勝ちたいんだ。
「やるぞ!」
「オー!!」
 キャプテンの一声で、チーム全体の士気が鼓舞された。やってやろうじゃないか、史上最大の大番狂わせを。体育会系の熱っぽさに欠ける岡野も、この日ばかりは周りの熱に感化されたか、闘志を滾らせていた。
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