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6. 勇気を分けるカボチャの冷製スープ
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「……お待たせしました。“打木赤皮甘栗カボチャの冷製スープ”になります」
白いスープ皿に注がれた、カナリア色のスープ。中心にはパセリが振りかけられ、付け合わせには橙色の皮をしたカボチャが添えられている。
恵里佳がスプーンでスープを掬って、一口。……カボチャの甘味と、牛乳のまろやかさ、それに僅かな塩気がアクセントとして利いている。美味しい。これなら病み上がりの私でも食べれるかも。
「打木赤皮甘栗カボチャは金沢近郊で栽培されている“加賀野菜”の一つで、6月から収穫が始まったばかりで今からが旬なの。栽培している農家さんの縁で、ウチでは早くからお店に出しているのよ」
「……美味しいです。甘すぎないから、これなら沢山食べれそうです」
添えられたカボチャを一口含む。ホクホクとした食感とカボチャ本来の甘味が口の中に広がる。
「茹でたカボチャを丁寧に裏漉ししてから、ブイヨンと牛乳を入れてじっくりと味を調えて出来たのが、このスープ。出来立ての温かいものも美味しいけれど、今日みたいに暑い日には冷たいものも欲しくなるからウチでは冷製スープとして提供しているの」
「へぇ~、そうなんですね」
地元ではこんなオシャレで本格的なスープを飲んだ事が無いから、恵里佳も興味津々で店長さんの話を聞く。実家でスープとなったら粉末のコーンポタージュくらいだ。
さぞかしお値段もお高いんだろうな……と思っていたが、これはランチメニューの汁物として出されたものと言われてさらに驚いた。これだけで十分メニューになるのに、日替わりランチの汁物って。しかも、お値段は税込みでたったの800円。オシャレな店内だから高級レストランだと勝手に思っていただけに、リーズナブルなお値段でさらにビックリだ。この値段なら、学生の恵里佳でも十分に手が届く。
「このスープのポイントは使っている塩ね。ウチで使っている塩は珠洲で伝統的に作られてきた揚げ浜式の物を使っているの。ちょっと値段は高いけれど素材本来の味を引き立ててくれるから、ウチの料理には欠かす事が出来ない逸品ね」
能登半島の先端に位置する珠洲市は、沖合で寒流と暖流が混じり合う事でプランクトンが豊富で、尚且つ潮の流れが速いので水が滞留せず綺麗な状態を保つ環境にあった。その海水を塩田に撒き、海水を吸った砂を乾燥させてから再び砂を集め、砂についた塩の結晶を海水で洗い落とし、純度の高い水をさらに釜で焚いて、ようやく完成に至る……かなり手間と労力は掛かるが、出来上がった塩は塩くどくなく、旨味と甘味が凝縮された珠玉の塩と言っても過言ではなかった。
滔々と語る店長さんの話に対して、恵里佳は感慨深げにスープを見つめる。
18年暮らした故郷と、こんな形で再会を果たすなんて、夢にも思っていなかった。慣れない土地での初めての一人暮らし、心細くなかったと言えば嘘になる。寂しくて実家に電話した事も一度や二度ではない。バイト先で失敗して凹んで家に帰ってきた事もある。大学でも友達がなかなか出来ず、悩んでもいた。
でも……色々大変な事や辛い事はあったけれど、私は前を向いて生活している。今日だって、勇気を出して人混みが多いと分かっている場所に出てきたのだ。気持ちが折れそうになっていた私に、このスープはちょっとだけ勇気を分けてくれた気がした。
「……ありがとうございます」
作ってくれた事と、巡り合わせてくれた事に、恵里佳は感謝の思いを口にした。その言葉を聞いて、店長さんは「やっと感謝の言葉が聞けたわ」と嬉しそうに呟いた。
月曜日。1限目は必須科目の講義があるので1年生は皆出席する。
恵里佳が予め指定された席に向かうと、既に新田君は席に座っていた。
「――おはよう」
新田君はスマホの画面を見ていたので「もしかしたら迷惑かな?」とも一瞬思ったが、先日の件もあったので思い切って挨拶してみた。
「……おはよう。早いんだね」
スマホからこちらに顔を向けた新田君は、挨拶を返してくれた。反応を見る限り、迷惑そうには見えなかった。それだけで何となくホッとする。
これまでは、自分から話し掛ける事は一切無かった。相手には相手の都合があるのだから、自分が話し掛ける事でそれを中断させるのでは? と躊躇する部分があった。明らかに何かしている時や全く知らない人なら別だが、これからは知っている人には積極的に声を掛けてもいいかな、とは思えてきた。
「この前はありがとうね。……そういえば、あの白い三毛猫って、店長さんが飼っているの?」
「いや、あれは地域でお世話をしている猫なんだって。実は、あのお店に出会ったのは、アンジェのお蔭なんだ」
「え! そうなの!?」
思いがけない共通点に、声が大きくなる。その声にみんなの視線が恵里佳に集まり、慌てて首を竦める。
それからは、新田君があの店にどうやって出会ったのか、アンジェは可愛いけれど基本的につれない態度でちょっと凹んでいる、などなど色々な話をした。
ちょっとの勇気があれば、世界は少しだけ変わるかも知れない。あのスープから、それを学んだ。……ちょっと大袈裟かも知れないけれど、私は本当にそう思っている。
白いスープ皿に注がれた、カナリア色のスープ。中心にはパセリが振りかけられ、付け合わせには橙色の皮をしたカボチャが添えられている。
恵里佳がスプーンでスープを掬って、一口。……カボチャの甘味と、牛乳のまろやかさ、それに僅かな塩気がアクセントとして利いている。美味しい。これなら病み上がりの私でも食べれるかも。
「打木赤皮甘栗カボチャは金沢近郊で栽培されている“加賀野菜”の一つで、6月から収穫が始まったばかりで今からが旬なの。栽培している農家さんの縁で、ウチでは早くからお店に出しているのよ」
「……美味しいです。甘すぎないから、これなら沢山食べれそうです」
添えられたカボチャを一口含む。ホクホクとした食感とカボチャ本来の甘味が口の中に広がる。
「茹でたカボチャを丁寧に裏漉ししてから、ブイヨンと牛乳を入れてじっくりと味を調えて出来たのが、このスープ。出来立ての温かいものも美味しいけれど、今日みたいに暑い日には冷たいものも欲しくなるからウチでは冷製スープとして提供しているの」
「へぇ~、そうなんですね」
地元ではこんなオシャレで本格的なスープを飲んだ事が無いから、恵里佳も興味津々で店長さんの話を聞く。実家でスープとなったら粉末のコーンポタージュくらいだ。
さぞかしお値段もお高いんだろうな……と思っていたが、これはランチメニューの汁物として出されたものと言われてさらに驚いた。これだけで十分メニューになるのに、日替わりランチの汁物って。しかも、お値段は税込みでたったの800円。オシャレな店内だから高級レストランだと勝手に思っていただけに、リーズナブルなお値段でさらにビックリだ。この値段なら、学生の恵里佳でも十分に手が届く。
「このスープのポイントは使っている塩ね。ウチで使っている塩は珠洲で伝統的に作られてきた揚げ浜式の物を使っているの。ちょっと値段は高いけれど素材本来の味を引き立ててくれるから、ウチの料理には欠かす事が出来ない逸品ね」
能登半島の先端に位置する珠洲市は、沖合で寒流と暖流が混じり合う事でプランクトンが豊富で、尚且つ潮の流れが速いので水が滞留せず綺麗な状態を保つ環境にあった。その海水を塩田に撒き、海水を吸った砂を乾燥させてから再び砂を集め、砂についた塩の結晶を海水で洗い落とし、純度の高い水をさらに釜で焚いて、ようやく完成に至る……かなり手間と労力は掛かるが、出来上がった塩は塩くどくなく、旨味と甘味が凝縮された珠玉の塩と言っても過言ではなかった。
滔々と語る店長さんの話に対して、恵里佳は感慨深げにスープを見つめる。
18年暮らした故郷と、こんな形で再会を果たすなんて、夢にも思っていなかった。慣れない土地での初めての一人暮らし、心細くなかったと言えば嘘になる。寂しくて実家に電話した事も一度や二度ではない。バイト先で失敗して凹んで家に帰ってきた事もある。大学でも友達がなかなか出来ず、悩んでもいた。
でも……色々大変な事や辛い事はあったけれど、私は前を向いて生活している。今日だって、勇気を出して人混みが多いと分かっている場所に出てきたのだ。気持ちが折れそうになっていた私に、このスープはちょっとだけ勇気を分けてくれた気がした。
「……ありがとうございます」
作ってくれた事と、巡り合わせてくれた事に、恵里佳は感謝の思いを口にした。その言葉を聞いて、店長さんは「やっと感謝の言葉が聞けたわ」と嬉しそうに呟いた。
月曜日。1限目は必須科目の講義があるので1年生は皆出席する。
恵里佳が予め指定された席に向かうと、既に新田君は席に座っていた。
「――おはよう」
新田君はスマホの画面を見ていたので「もしかしたら迷惑かな?」とも一瞬思ったが、先日の件もあったので思い切って挨拶してみた。
「……おはよう。早いんだね」
スマホからこちらに顔を向けた新田君は、挨拶を返してくれた。反応を見る限り、迷惑そうには見えなかった。それだけで何となくホッとする。
これまでは、自分から話し掛ける事は一切無かった。相手には相手の都合があるのだから、自分が話し掛ける事でそれを中断させるのでは? と躊躇する部分があった。明らかに何かしている時や全く知らない人なら別だが、これからは知っている人には積極的に声を掛けてもいいかな、とは思えてきた。
「この前はありがとうね。……そういえば、あの白い三毛猫って、店長さんが飼っているの?」
「いや、あれは地域でお世話をしている猫なんだって。実は、あのお店に出会ったのは、アンジェのお蔭なんだ」
「え! そうなの!?」
思いがけない共通点に、声が大きくなる。その声にみんなの視線が恵里佳に集まり、慌てて首を竦める。
それからは、新田君があの店にどうやって出会ったのか、アンジェは可愛いけれど基本的につれない態度でちょっと凹んでいる、などなど色々な話をした。
ちょっとの勇気があれば、世界は少しだけ変わるかも知れない。あのスープから、それを学んだ。……ちょっと大袈裟かも知れないけれど、私は本当にそう思っている。
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