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5. 気まずさと、至らなさと
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熱中症で倒れた恵里佳は、冷房が利いている部屋に寝かされ、新田君が買ってきたスポーツドリンクを飲み、首や脇の下に氷嚢を当てて暫く横になっていたら、1時間程で体のダルさも汗も収まった。本当に、介抱してくれた新田君とお店の人には感謝しかない。
身支度を整えてから使った布団を畳み、自分の荷物や氷嚢、汗を拭く為に置いてくれたタオルなどを持って階段を下りていくと、お店に通ずる扉が開いてお店の人が顔を出した。
「あ、具合良くなったのね。こっちにいらっしゃい」
女性の店長さんから手招きするように言われたので、お言葉に甘えてお店の方に行く。お店は営業しておらず、カウンターには新田君の姿があった。
「あらあら、わざわざ持ってきてくれたんけ? 気の毒な~」
この“気の毒”というのは、本来の意味である“可哀想に”“辛かったね”ということではなく、“(そこまでしてくれて)申し訳ないね”“ありがとうね”という感謝の意味で用いられる金沢弁だ。同じように“りくつな”というのも“理屈っぽい(こじつけだ)”という悪い意味ではなく、“便利な”という独自の意味を持って使われている。
使っていた物を渡す時も、申し訳なさが勝って「すみません、ありがとうございます……」とペコペコ頭を下げる。
「あの……本当にご迷惑をおかけしてすみません。本当にごめんなさい……」
口を衝いて出るのは謝罪の言葉ばかり。そんな恵里佳に、女性の店長さんはキョトンとした顔で言った。
「そんな、迷惑なんてかかってないわよ。具合が悪い人を助けるのは、人として当然の事やし。それに、“困った時はお互い様”って言うじゃない?」
さも当然という風に言い切られて、グッと詰まる恵里佳。さらに、店長さんは続ける。
「今日はフェーン現象の影響で予報の気温よりグッと上がったし、百万石行列の参加者の中にも熱中症の疑いがある人が出ているってニュースで言ってたわ。あなただけが悪いんじゃない」
金沢は雪国のイメージが強いが、夏もしっかり暑い。特に、南からのフェーン現象で気温が急上昇する事も年に数回あり、その時は季節外れの暑さとなる。恵里佳の生まれ育った珠洲市は石川県の中でも比較的涼しい地域だったので、金沢の暑さに体が慣れていなかったのも熱中症になった原因の一つかも知れない。
他の人も恵里佳と同じく熱中症になっていると指摘しているように、“あなたのせいじゃない”と言ってくれた。それでも、卑屈と言われるかも知れないが、恵里佳は店長さんの言葉を素直に受け取る気になれなかった。
「……でも、体調管理が出来なかった私が悪いんです」
久し振りに遠出するのだから、お昼ご飯は外で食べようと前々から決めていた。そして、なるべく出費は抑えたかったから朝ご飯は抜いていた。しかし、見る場所が無くてガッカリしたままひがし茶屋街に来たので、お昼ご飯を食べ損なってしまった。空腹に加えて、トイレに行く事を考えて水分摂取も控えていたのも裏目に出た。休憩をしっかり取るか、水分をしっかり摂取していれば、防げた筈だと思わずにいられなかった。
自分で言っていて情けない気持ちになった恵里佳に、それまで黙っていた新田君が言葉を掛けてきた。
「そんなに自分を責めなくてもいいと思うけどな、俺は。楽しみにしていたんだから、多少の失敗があっても仕方ないよ」
思いがけない言葉に、思わずドキッとした。あれ、私、新田君に今日の百万石行列を楽しみにしていたって話したっけ……?
アタフタする恵里佳に、新田君はさらに言葉を続ける。
「メガネはいつもかけているのと一緒だけど、髪型や服装はいつもと違うから印象が全然違って最初見た時新垣さんとは思わなかったよ。楽しみにしているイベントがあったら外出しようと思うし、いつもよりオシャレしてお気に入りの服にしようというのも自然だし」
「へ……変、かな?」
「全然。むしろ、似合ってると思うよ」
サラリと「似合っている」と言われ、どう返事をすればいいか分からず「ありがとう……」とモゴモゴと喋るのが精一杯だった。
そんな二人のやりとりを見ていた店長さんは、微笑ましそうにカウンターに肘をついて見守っていたが、解決したと判断すると声を掛けてきた。
「ご飯食べてないんでしょ? 折角だから食べていきまっし」
「い、いえ! そこまで甘える訳には……」
慌てて固辞しようとする恵里佳に、店長さんはダメ押しのように付け加えた。
「まだ外は暑いし、お腹に何か入れていかないとまた倒れる事になるかも知れんよ? 熱中症から回復したばっかりだから重たい物は食べさせられないけれど、ちょうどいい物があるのよ」
そう言うと、店長さんは「ここに座って」とグラスに水を注いで恵里佳に座るよう促した。ここまでお膳立てされては断る訳にもいかず、席に座る事にした。
身支度を整えてから使った布団を畳み、自分の荷物や氷嚢、汗を拭く為に置いてくれたタオルなどを持って階段を下りていくと、お店に通ずる扉が開いてお店の人が顔を出した。
「あ、具合良くなったのね。こっちにいらっしゃい」
女性の店長さんから手招きするように言われたので、お言葉に甘えてお店の方に行く。お店は営業しておらず、カウンターには新田君の姿があった。
「あらあら、わざわざ持ってきてくれたんけ? 気の毒な~」
この“気の毒”というのは、本来の意味である“可哀想に”“辛かったね”ということではなく、“(そこまでしてくれて)申し訳ないね”“ありがとうね”という感謝の意味で用いられる金沢弁だ。同じように“りくつな”というのも“理屈っぽい(こじつけだ)”という悪い意味ではなく、“便利な”という独自の意味を持って使われている。
使っていた物を渡す時も、申し訳なさが勝って「すみません、ありがとうございます……」とペコペコ頭を下げる。
「あの……本当にご迷惑をおかけしてすみません。本当にごめんなさい……」
口を衝いて出るのは謝罪の言葉ばかり。そんな恵里佳に、女性の店長さんはキョトンとした顔で言った。
「そんな、迷惑なんてかかってないわよ。具合が悪い人を助けるのは、人として当然の事やし。それに、“困った時はお互い様”って言うじゃない?」
さも当然という風に言い切られて、グッと詰まる恵里佳。さらに、店長さんは続ける。
「今日はフェーン現象の影響で予報の気温よりグッと上がったし、百万石行列の参加者の中にも熱中症の疑いがある人が出ているってニュースで言ってたわ。あなただけが悪いんじゃない」
金沢は雪国のイメージが強いが、夏もしっかり暑い。特に、南からのフェーン現象で気温が急上昇する事も年に数回あり、その時は季節外れの暑さとなる。恵里佳の生まれ育った珠洲市は石川県の中でも比較的涼しい地域だったので、金沢の暑さに体が慣れていなかったのも熱中症になった原因の一つかも知れない。
他の人も恵里佳と同じく熱中症になっていると指摘しているように、“あなたのせいじゃない”と言ってくれた。それでも、卑屈と言われるかも知れないが、恵里佳は店長さんの言葉を素直に受け取る気になれなかった。
「……でも、体調管理が出来なかった私が悪いんです」
久し振りに遠出するのだから、お昼ご飯は外で食べようと前々から決めていた。そして、なるべく出費は抑えたかったから朝ご飯は抜いていた。しかし、見る場所が無くてガッカリしたままひがし茶屋街に来たので、お昼ご飯を食べ損なってしまった。空腹に加えて、トイレに行く事を考えて水分摂取も控えていたのも裏目に出た。休憩をしっかり取るか、水分をしっかり摂取していれば、防げた筈だと思わずにいられなかった。
自分で言っていて情けない気持ちになった恵里佳に、それまで黙っていた新田君が言葉を掛けてきた。
「そんなに自分を責めなくてもいいと思うけどな、俺は。楽しみにしていたんだから、多少の失敗があっても仕方ないよ」
思いがけない言葉に、思わずドキッとした。あれ、私、新田君に今日の百万石行列を楽しみにしていたって話したっけ……?
アタフタする恵里佳に、新田君はさらに言葉を続ける。
「メガネはいつもかけているのと一緒だけど、髪型や服装はいつもと違うから印象が全然違って最初見た時新垣さんとは思わなかったよ。楽しみにしているイベントがあったら外出しようと思うし、いつもよりオシャレしてお気に入りの服にしようというのも自然だし」
「へ……変、かな?」
「全然。むしろ、似合ってると思うよ」
サラリと「似合っている」と言われ、どう返事をすればいいか分からず「ありがとう……」とモゴモゴと喋るのが精一杯だった。
そんな二人のやりとりを見ていた店長さんは、微笑ましそうにカウンターに肘をついて見守っていたが、解決したと判断すると声を掛けてきた。
「ご飯食べてないんでしょ? 折角だから食べていきまっし」
「い、いえ! そこまで甘える訳には……」
慌てて固辞しようとする恵里佳に、店長さんはダメ押しのように付け加えた。
「まだ外は暑いし、お腹に何か入れていかないとまた倒れる事になるかも知れんよ? 熱中症から回復したばっかりだから重たい物は食べさせられないけれど、ちょうどいい物があるのよ」
そう言うと、店長さんは「ここに座って」とグラスに水を注いで恵里佳に座るよう促した。ここまでお膳立てされては断る訳にもいかず、席に座る事にした。
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