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第二章
⑦
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よほど疲れたのか、悠利はアパートの駐車場に着いても眠っていた。
起こして部屋へ戻るのはやめて、快もエンジンをかけっぱなしの車内で少し仮眠をした。
するとつい寝入ってしまい、気づいたときには深夜二時を回っていて、慌ててルミエールへと車を走らせた。
いつもより少し遅れて着いた快が悠利とともにルミエールのドアを開けると、カウンター席に座っていた亮次が振り返ってくる。
「おう、お疲れさん」
「あれ、亮次さん。ストーカーのお客さんの対処に行ったんじゃ」
「さっき外にいるの見つけたから追っ払っといた。当分様子見て、エスカレートするようなら警察だな」
「そっか。なら急がなくてもよかったな」
「なんだお前ら。今帰ってきたばっかりか」
「や、そうでもないんだけど車の中で寝ちゃって」
「悠利もか? そりゃめずらしい。お前は車の中でなんか寝れねえと思ってたんだがな」
悠利が車の中で寝たのはそれだけ疲れていたからだ。
何があったのか、亮次に伝えるべきだろうか。だが一応は悠利に確認しないと、快だけの判断で話すことはできない。
どちらにしてもルミエールの中では話せないので、快と悠利はレイナたちを送っていったあと事務所に寄った。
悠利が言うには、亮次はもしかしたら自分よりも初音家の事情に詳しいかもしれない、ということだった。榎本事務所は、亮次の前の代から初音家の依頼を引き受けたりと関わりがあったから、と。
亮次からはそんな話は一度も聞いたことはなかったが、悠利のことを知り合いの子だと言っていた理由はわかった。
事務所と初音家の関係について詳しいことはあとで聞くとして、快は今日の出来事を一通り話した。
「ユキムラ? さあ、聞いたことねえな」
「俺たちと同じくらいの歳だったと思うんだけど」
「ならなおさらわかんねえよ。そんな若いやつの知り合いなんかいねえし……それより悠利みたいな力を持ってたって?」
亮次が一番引っかかっていたのは、やはりそのことだった。
「目の前で空間移動をしていたので間違いないと思います」
悠利が答えると、亮次は口元に手を当てて考え込む。
「お前も知らねえやつだったんだよな」
「見覚えはないです」
「そうか」
亮次が考え込むように口元に手を当てる。
初音家の人が結婚するときに家を出て名字が変われば、その人や子供は初音という名字ではないが力を持っていることになる。
ユキムラもその一人なのか、それとも。
「お前らと同じくらいの歳か。なら、もし初音の血縁なら家系図に載ってるはずだな」
榎本事務所は初音家と関わりがあったというだけあって、亮次はよく知っている。
「家系図なんてあるのか」
快が悠利にたずねた。
「ああ。誰が力を持っているのかを管理するためだと聞いている。〝箱〟と一緒に初音の本家が守っていたものだ」
「〝箱〟と一緒、ってことはその家系図も」
「行方不明だ」
ではその家系図を見つけなければ、ユキムラが初音家の血縁者かどうかを確認することはできない。
それにしても、快は思わず心の中で呟いた。
(管理、か)
人とは違う力、とだけ亮次に聞いて詳しい事情を知らなかったときには、便利そうだなとか、でもあんまり人にばれないほうがいいのか、くらいにしか思っていなかった。
手に入れたいと狙われている力。だがそれは使う者の寿命を縮めるかもしれないものでもあり、初音家の人たちを縛り続けているもので――……
(……まるで呪いの力だ)
などとつい思ってしまったことは、当然悠利には言えない。
「なあ、亮次さんは初音家の人たちが守ってた〝箱〟のこと、知ってるのか?」
「そういうのがあるってことくらいはな」
「中には力を手に入れる方法が入ってるって」
「らしいな」
亮次もそのことは知っているらしい。
「で、ユキムラってやつがもし血縁じゃなけりゃ、その方法を見たんじゃねえかって?」
「俺も最初はそう思ったんだけど、それなら〝箱〟のありかを聞いてきたりなんかしねえよなって」
「つまり〝箱〟の中を見て力を手に入れたわけじゃねえってことだな」
「他に方法があるのか?」
「さあな。俺に聞いたってわかるわけねえだろ。悠利に聞け、悠利に」
「俺も知りませんよ」
ここにいる三人とも、誰も答えはわからない。
知っているのはユキムラ本人だけだ。
「そういえばそのユキムラという男、快のことも知っているようでした」
「快のことも?」
亮次が顔をしかめた。
「ああ、そういや俺の名前知ってたな」
「そりゃ……よく調べてやがるな。今悠利がここに住んでることも知られてる可能性あるぞ」
「うわ、まじかよ」
空間移動ができる人間に居場所を知られてしまっては、玄関の鍵など意味がなくなってしまう。
「しょうがねえ、俺もちょっと調べてみるか」
「え、亮次さんが?」
思わず声を上げた快に、亮次が怪訝な顔をする。
「お前な。俺はこれでも探偵事務所の所長だぞ?」
「まあ一応そうだけど」
その探偵事務所はいまやほぼ廃業状態だ。
「とにかくお前らは別行動禁止な。無茶なことは絶対すんじゃねえぞ」
亮次に釘を刺されて、快はちらりと隣に座る悠利を見た。相変わらず表情を変えない彼が何を思っているのかはわからない。
だがこのまま〝箱〟を狙ってくる者たちから逃げているだけというわけにもいかない。
それは快も感じていた。
起こして部屋へ戻るのはやめて、快もエンジンをかけっぱなしの車内で少し仮眠をした。
するとつい寝入ってしまい、気づいたときには深夜二時を回っていて、慌ててルミエールへと車を走らせた。
いつもより少し遅れて着いた快が悠利とともにルミエールのドアを開けると、カウンター席に座っていた亮次が振り返ってくる。
「おう、お疲れさん」
「あれ、亮次さん。ストーカーのお客さんの対処に行ったんじゃ」
「さっき外にいるの見つけたから追っ払っといた。当分様子見て、エスカレートするようなら警察だな」
「そっか。なら急がなくてもよかったな」
「なんだお前ら。今帰ってきたばっかりか」
「や、そうでもないんだけど車の中で寝ちゃって」
「悠利もか? そりゃめずらしい。お前は車の中でなんか寝れねえと思ってたんだがな」
悠利が車の中で寝たのはそれだけ疲れていたからだ。
何があったのか、亮次に伝えるべきだろうか。だが一応は悠利に確認しないと、快だけの判断で話すことはできない。
どちらにしてもルミエールの中では話せないので、快と悠利はレイナたちを送っていったあと事務所に寄った。
悠利が言うには、亮次はもしかしたら自分よりも初音家の事情に詳しいかもしれない、ということだった。榎本事務所は、亮次の前の代から初音家の依頼を引き受けたりと関わりがあったから、と。
亮次からはそんな話は一度も聞いたことはなかったが、悠利のことを知り合いの子だと言っていた理由はわかった。
事務所と初音家の関係について詳しいことはあとで聞くとして、快は今日の出来事を一通り話した。
「ユキムラ? さあ、聞いたことねえな」
「俺たちと同じくらいの歳だったと思うんだけど」
「ならなおさらわかんねえよ。そんな若いやつの知り合いなんかいねえし……それより悠利みたいな力を持ってたって?」
亮次が一番引っかかっていたのは、やはりそのことだった。
「目の前で空間移動をしていたので間違いないと思います」
悠利が答えると、亮次は口元に手を当てて考え込む。
「お前も知らねえやつだったんだよな」
「見覚えはないです」
「そうか」
亮次が考え込むように口元に手を当てる。
初音家の人が結婚するときに家を出て名字が変われば、その人や子供は初音という名字ではないが力を持っていることになる。
ユキムラもその一人なのか、それとも。
「お前らと同じくらいの歳か。なら、もし初音の血縁なら家系図に載ってるはずだな」
榎本事務所は初音家と関わりがあったというだけあって、亮次はよく知っている。
「家系図なんてあるのか」
快が悠利にたずねた。
「ああ。誰が力を持っているのかを管理するためだと聞いている。〝箱〟と一緒に初音の本家が守っていたものだ」
「〝箱〟と一緒、ってことはその家系図も」
「行方不明だ」
ではその家系図を見つけなければ、ユキムラが初音家の血縁者かどうかを確認することはできない。
それにしても、快は思わず心の中で呟いた。
(管理、か)
人とは違う力、とだけ亮次に聞いて詳しい事情を知らなかったときには、便利そうだなとか、でもあんまり人にばれないほうがいいのか、くらいにしか思っていなかった。
手に入れたいと狙われている力。だがそれは使う者の寿命を縮めるかもしれないものでもあり、初音家の人たちを縛り続けているもので――……
(……まるで呪いの力だ)
などとつい思ってしまったことは、当然悠利には言えない。
「なあ、亮次さんは初音家の人たちが守ってた〝箱〟のこと、知ってるのか?」
「そういうのがあるってことくらいはな」
「中には力を手に入れる方法が入ってるって」
「らしいな」
亮次もそのことは知っているらしい。
「で、ユキムラってやつがもし血縁じゃなけりゃ、その方法を見たんじゃねえかって?」
「俺も最初はそう思ったんだけど、それなら〝箱〟のありかを聞いてきたりなんかしねえよなって」
「つまり〝箱〟の中を見て力を手に入れたわけじゃねえってことだな」
「他に方法があるのか?」
「さあな。俺に聞いたってわかるわけねえだろ。悠利に聞け、悠利に」
「俺も知りませんよ」
ここにいる三人とも、誰も答えはわからない。
知っているのはユキムラ本人だけだ。
「そういえばそのユキムラという男、快のことも知っているようでした」
「快のことも?」
亮次が顔をしかめた。
「ああ、そういや俺の名前知ってたな」
「そりゃ……よく調べてやがるな。今悠利がここに住んでることも知られてる可能性あるぞ」
「うわ、まじかよ」
空間移動ができる人間に居場所を知られてしまっては、玄関の鍵など意味がなくなってしまう。
「しょうがねえ、俺もちょっと調べてみるか」
「え、亮次さんが?」
思わず声を上げた快に、亮次が怪訝な顔をする。
「お前な。俺はこれでも探偵事務所の所長だぞ?」
「まあ一応そうだけど」
その探偵事務所はいまやほぼ廃業状態だ。
「とにかくお前らは別行動禁止な。無茶なことは絶対すんじゃねえぞ」
亮次に釘を刺されて、快はちらりと隣に座る悠利を見た。相変わらず表情を変えない彼が何を思っているのかはわからない。
だがこのまま〝箱〟を狙ってくる者たちから逃げているだけというわけにもいかない。
それは快も感じていた。
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