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第21話
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フェデリカも臨時とはいえ外務省勤めとなったので、慌ただしく働いていた。目当ての人物を何度か見かけたが、話しかけることが出来ぬまま数日が過ぎた。ささやかではあるが宴を催すことになったのだ。名だたる貴族に招待状を書き、場所を整え、料理の手配をし、お昼を食べる間もなく忙しく準備をして、宴の準備が整ったのは5日後のことだ。フェデリカはアンヌンツィアータ家の名代として参加することになった。
「お疲れ様、フェデリカ」
「ペネロペ......私を労わるなんて、珍しいこともあったものね」
「あれほど忙しく立ち回る友人を揶揄ばかりと思われていたのなら心外よ」
「あら、これは失礼」
小さく笑いあい、お疲れ様、と乾杯する。
「――アルカンタルの古語を話せる女官吏なんて、あなたを指しているようなものよね」
「そうね」
「殿下、あなたのことが好きなんじゃない?」
「は?」
正気かと言おうとした言葉は、ペネロペの表情を見て喉の奥へと消えた。
「......違うと思うわ」
「なぜ?」
「あの方が私を見る目には、そういう情を感じないのよ」
「あなた、恋愛したことがあったの?」
「ないけれど、見ていたから」
「あぁ......あれを手本とはしない方がいいと思うけれど」
「あればかりではないわよ、社交界にいたら少しくらいわかるようになるでしょう?」
「そうねぇ......」
ペネロペは遠くを見た。氷の華として社交界で栄華を誇るペネロペにはわかる話だろう。
「でも、愛ではないとしても、何かしらあなたと接触する目的があるのは確かのようだわ」
「それは、否定できないわね」
フェデリカは更に声を潜めた。
「ねえ、ペネロペ。夕暮れに飛ぶ鳥は何を餌にすると思う?」
「......咄嗟には思いつかないわね。けれど......オオルリを愛していたそうだから、欲するなら、失われたオオルリに似たものかしらね」
「オオルリ、ねぇ......あら、ペネロペ、呼ばれてるわよ」
「本当だわ。じゃあまたね」
ペネロペを見送り、フェデリカは考え込む。
「考え事かい?」
「ひゃっ!?」
思わず奇声を上げて飛び上がると、驚いた様子の王弟と目が合った。
「......失礼いたしました、王弟殿下」
王弟殿下は顔を手で覆って肩を小刻みに震わせている。
メッシーナ商会の件でルアルディ次官をはさむのが面倒になったのか、鳩で書面をやり取りするようになってから、どうにも気安い。
「そんなにお笑いにならないでください......」
「い、いや、しっ、ぶふっ、失礼。き、ひ、ふ、君が驚く姿、ふ、は、初めて見たので」
「もういっそ存分に笑ってください」
一頻り声を抑えて笑うと、王弟殿下がすっきりした顔で問いかけた。
「それで、何を考えていたんだい」
「夕暮れに飛ぶ鳥の餌について考えていたんです。ペネロペは、オオルリではないかと」
王弟は目を細めた。すぐに気づいたのだろう。
アルカンタルの現在の国旗は、赤地に金獅子と剣。けれど、古語を使っていた時は、赤地に大鷲だった。白い鳥は皇子を、青い鳥は皇女を表す隠語だ。
「ふむ。いい着眼点だね。実際私も、彼女の件ではそれが気になっていたんだ。夕暮れの鳥は、シャンパンの入った杯を好まぬだろうから」
黄金の杯は、ラヴィトラーレの紋章だ。
「あれは事故ではなかったのですか?」
ふ、と王弟は笑う。
「酒飲みは愛妻家なんだよ。君が起こしたあれだって、もみ消そうとしたくらいに」
「......」
確かに、国王は元王太子を鍾愛していた。だが、その為に大公を殺したのだろうか。隣国の皇女を――現皇帝の唯一の姉を妻としていた大公を。
オスティ家。13年前、一家諸共火に撒かれた、悲劇の大公。現王の従兄にあたり、慕う者も多かった――らしい。
――かの皇帝は、死者の願いにどこまでも忠実だ。
皇帝の姉。悲劇の大公妃。彼女の望みが、皇帝の望みだとすれば、それはいったい何なのだろう。
「けれど、もはや菫は枯れました。花園には、何も残っていないでしょう」
「どうだろうね。地面に隠されていた種が、あったのかもしれないよ」
バルコニーが開いた。夜風が額を撫でていく。
「――まぁ、暫くは猫を何匹か住まわせておかねばね」
器用に片目をつぶると、王弟は離れていった。
地面に隠されていた、種。もし、そんなものがあったら。
フェデリカはそっと目を瞑った。
「お疲れ様、フェデリカ」
「ペネロペ......私を労わるなんて、珍しいこともあったものね」
「あれほど忙しく立ち回る友人を揶揄ばかりと思われていたのなら心外よ」
「あら、これは失礼」
小さく笑いあい、お疲れ様、と乾杯する。
「――アルカンタルの古語を話せる女官吏なんて、あなたを指しているようなものよね」
「そうね」
「殿下、あなたのことが好きなんじゃない?」
「は?」
正気かと言おうとした言葉は、ペネロペの表情を見て喉の奥へと消えた。
「......違うと思うわ」
「なぜ?」
「あの方が私を見る目には、そういう情を感じないのよ」
「あなた、恋愛したことがあったの?」
「ないけれど、見ていたから」
「あぁ......あれを手本とはしない方がいいと思うけれど」
「あればかりではないわよ、社交界にいたら少しくらいわかるようになるでしょう?」
「そうねぇ......」
ペネロペは遠くを見た。氷の華として社交界で栄華を誇るペネロペにはわかる話だろう。
「でも、愛ではないとしても、何かしらあなたと接触する目的があるのは確かのようだわ」
「それは、否定できないわね」
フェデリカは更に声を潜めた。
「ねえ、ペネロペ。夕暮れに飛ぶ鳥は何を餌にすると思う?」
「......咄嗟には思いつかないわね。けれど......オオルリを愛していたそうだから、欲するなら、失われたオオルリに似たものかしらね」
「オオルリ、ねぇ......あら、ペネロペ、呼ばれてるわよ」
「本当だわ。じゃあまたね」
ペネロペを見送り、フェデリカは考え込む。
「考え事かい?」
「ひゃっ!?」
思わず奇声を上げて飛び上がると、驚いた様子の王弟と目が合った。
「......失礼いたしました、王弟殿下」
王弟殿下は顔を手で覆って肩を小刻みに震わせている。
メッシーナ商会の件でルアルディ次官をはさむのが面倒になったのか、鳩で書面をやり取りするようになってから、どうにも気安い。
「そんなにお笑いにならないでください......」
「い、いや、しっ、ぶふっ、失礼。き、ひ、ふ、君が驚く姿、ふ、は、初めて見たので」
「もういっそ存分に笑ってください」
一頻り声を抑えて笑うと、王弟殿下がすっきりした顔で問いかけた。
「それで、何を考えていたんだい」
「夕暮れに飛ぶ鳥の餌について考えていたんです。ペネロペは、オオルリではないかと」
王弟は目を細めた。すぐに気づいたのだろう。
アルカンタルの現在の国旗は、赤地に金獅子と剣。けれど、古語を使っていた時は、赤地に大鷲だった。白い鳥は皇子を、青い鳥は皇女を表す隠語だ。
「ふむ。いい着眼点だね。実際私も、彼女の件ではそれが気になっていたんだ。夕暮れの鳥は、シャンパンの入った杯を好まぬだろうから」
黄金の杯は、ラヴィトラーレの紋章だ。
「あれは事故ではなかったのですか?」
ふ、と王弟は笑う。
「酒飲みは愛妻家なんだよ。君が起こしたあれだって、もみ消そうとしたくらいに」
「......」
確かに、国王は元王太子を鍾愛していた。だが、その為に大公を殺したのだろうか。隣国の皇女を――現皇帝の唯一の姉を妻としていた大公を。
オスティ家。13年前、一家諸共火に撒かれた、悲劇の大公。現王の従兄にあたり、慕う者も多かった――らしい。
――かの皇帝は、死者の願いにどこまでも忠実だ。
皇帝の姉。悲劇の大公妃。彼女の望みが、皇帝の望みだとすれば、それはいったい何なのだろう。
「けれど、もはや菫は枯れました。花園には、何も残っていないでしょう」
「どうだろうね。地面に隠されていた種が、あったのかもしれないよ」
バルコニーが開いた。夜風が額を撫でていく。
「――まぁ、暫くは猫を何匹か住まわせておかねばね」
器用に片目をつぶると、王弟は離れていった。
地面に隠されていた、種。もし、そんなものがあったら。
フェデリカはそっと目を瞑った。
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