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第11話

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王の紫がこの時代に二人もいたのは、幸福なのか不幸なのか、フェデリカには分からない。この瞳が持つ意味を誰も教えてくれなくて、初めて知ったのは、初めて奇跡を起こした時だった。
奇跡を救いだと、そう思ったことはない。紫の瞳を持ち、庇護される翼を持たなかった時点で悲劇は確定する。それは恐らくもうひとりの紫の持ち手も同様で、だからこそ、今この瞬間に浮かべているであろう表情も容易に想像がついた。

「――私が、王に?」

嘲笑と共に吐き出した答えで、目の前の貴族たちは竦む。
フェデリカが奇跡の使い手だと知っている。だがその奇跡の内容を、彼らは知らない。知識として持っているのは、人を救う奇跡があったのと同様に、人を壊す奇跡もあったということだけであろう。
だからこそ竦む。破壊的な奇跡が己に向けられる可能性に。
そんなことに竦むなら、初めから声などかけなければいいのに。

「冗談もほどほどになさいませ」

片方の血が汚れていると、声なき声で蔑んだ。今更持ち上げ尻尾を振るような無能だと思われていることが腹立たしく、この程度の人間からの評価で心を乱されている自分が苛立たしかった。
逃げるように帰っていく、老人たちの後ろ姿を見送る。柱に凭れ掛かり深々と息を吐いた。
社交界に滅多に出てこない理由を、以前はデアンジェリス家の財政に、現在はアンヌンツィアータ家の内政不干渉の立場に依存していたけれど、大きなところはこの瞳、というのが内実だ。いちいち怖がられては堪ったものではない。
あぁ、今すぐラヴィニアかペネロペに会いたい――そんな風に上の空になっていたのがいけないのだろうか。けれどフェデリカは予想もしていなかったのだ。

「この......卑怯者!」

王位継承者候補の選定の場で、頭からにワインをぶちまけられるなんて、そんな非常識なことが起ころうとは。

青いドレスにシミを作っていくワインを呆然と眺めたのは数秒。我に返ったときにはフェデリカにワインを浴びせた令嬢は出口に向かって走り去っていくのだが、その後ろ姿に見覚えがあった。
衛兵を、と涼やかな声がした。見ると、立食会に参加していた王弟殿下である。

「アンヌンツィアータ嬢。その姿では目立つから、一度控室で着替えを」
「殿下。保護を。何があっても、彼女の身には傷をつけずに」

王弟殿下は目を細めたので、フェデリカは安心して控室に戻った。





えぐっ、えぐっ、と令嬢は顔を涙と鼻水まみれにしている。唯一の取柄が台無しだ。なんでも、走って逃げようとしている途中でメイドとぶつかって階段から転げ落ちたらしい。幸いにも通りかかった武官が助けて事なきを得たが、武官の助けがなければ大怪我だっただろうと言われている。
控室で着替え、立食会を終えた後。帰ると見せかけて王宮に残ったフェデリカは、先程フェデリカにワインを浴びせてきた令嬢と対面していた。王弟殿下も同席している。

「何よ。あんたなんて、あんたなんて、落ちぶれて、残飯でも漁っていればいいのよ!」

半年とはいえ姉妹として過ごした人間にあんまりないいようではないだろうか。
後ろ手を縄で縛られ、椅子に括りつけられたまま、フェデリカの元妹は騒ぎ立てた。

「レーピド伯爵夫人。まずは、どのようにして侵入したのかの説明を」
「あんたに話すことなんてないわ!」

王弟を捕まえてあんたと呼ばわる非礼に、近衛兵がいきり立つ。王弟殿下はそれを片手を翳して鎮めると、飽くまで冷静に問いを続けた。

「レーピド伯爵夫人。君は、王位継承候補者と、議会の議員しか入ることのできない場に、王宮追放令を受けていながら立ち入った。これは重罪だよ。お家取り潰しにされてもおかしくないほどのね」
「と、取り潰し!? あたしは、レーピド伯爵の、国王陛下の唯一の御子の妻よ!」
「君は自分のしでかしたことの重さを理解していないようだね。国王陛下唯一の御子が伯爵と言う地位を与えられた理由が自分にあるということは理解していたと思っていたのだが」
「それは......でも! あんたたちの策略だったんでしょ!?」
「は?」
「あんたが王になるために、二人でブルーノ様をたばかったんだわ! これこそ重罪じゃあないの!」

ブルーノというのは元王太子の名である。

「私は王にはならない。だからこそこうして選考会が開かれているのだ」
「違う! あんたじゃない! フェデリカ、あんたよ!」

自分の名前が思わぬところに登場して、フェデリカは目を瞬いた。

「あんたが全部仕組んだんでしょ!? 王になりたいからって! ブルーノ様を蹴落として、こうして選考を開かせることで王になろうとしたんだわ!」
「......レーピド伯爵夫人。あなた、それを誰から聞いたの?」

莫迦な元妹が、謀るだの蹴落とすだの、そんなことを考えつくとは思わない。
案の定、元妹はぎくりと体をこわばらせる。

「......あ、あたしが考えたのよ」
「嘘ね。あなた、そんなことを考えられるほどの頭もないでしょう?」

くつ、と王弟殿下は喉を鳴らして笑い、元妹は顔を真っ赤にした。

「何よ、あたしがバカだって言いたいの!?」
「あら。自覚していたなら何よりよ。けれどね、お馬鹿さん。あなたの論に根拠はないの。けれどあなたは明確に法を犯した。確実に処罰は下るわ。あなたにも、あなたが愛する夫にも」
「ブルーノ様は関係ないわ!」
「あなたがレーピドを名乗る以上は関係あるのよ」

さぁっと元妹は青ざめる。あれほどの騒動を起こした二人だけれど、王位継承権を剥奪されようとも、貴族籍から抹消されようとも、結婚まで意思を貫いた真実の愛とやらだけは、ある意味目を瞠るものがあると思う。呆れの意味でが大半だけれど。

「情報を吐きなさい。それが国益になるならば、罪も軽減される可能性もあるわ」
「ほんとう!?」
「間違えないで。あなたが国の利益となる情報を供したときに限るわ」
「......とにかく、言ったらいいことがあるかもしれないのね?」
「わかりやすく言うと、そうね」

元妹は俯いて、話し始めた。

「――辻占い師。王都で、ブルーノ様とお忍びデートをしたときに、占われたの。あなたにはぼうりゃく?の運命が見えるって。紫の瞳を持つ者が、あなたを突き落としたって。で、その傍らには白金色の髪の男がいるって。紫の瞳はあんただと思ったけど、あんたはもともと何にも興味がないから、嘘だろうって思ってたの。でも、王位継承候補者になったって聞いて、本当なんだって思った.....だから、来たの」
「どうやって。王宮の検閲で弾かれなかったの?」
「また、辻占い師のところに行ったの。そしたら、今日の20時に馬車が来るから乗って行けって」
「同乗者は?」
「いなかった」
「馬車の文様は?」
「暗くてよく見えなかった」

とことん使えないやつである。

「御者は?」
「普通のおじさん。あ、でもね、降りるとき、変なこと言われた」
「変なこと?」
「うん。しかもラヴィトラーレの言葉じゃないの」

嫌な予感がした。

「......アルカンタル?」
「そう。『安らかな眠りを』って」

王弟殿下は目を細め、何か近衛兵に耳打ちした。恐らくは、道中で元妹にぶつかったというメイドの尋問についてだろう。

「そなた、アルカンタルの言葉が話せたのだな」
「あたしにとってはどっちも母語だから」

元妹の成績は貴族科の中でも底辺の中の底辺だ。しかし、デアンジェリス子爵家に引き取られるまでに住んでいたところが、アルカンタルからの移民が多い西部だったので、アルカンタルの言葉だけは流暢だ。貴族科の第二外国語では、別の言語を選択して、ひどい成績をとっていたけれど。

「.....誰にここまで案内された?」
「見たことある顔のひとの騎士」
「見覚えのある貴族がいて、その人付きの騎士に案内されたということ?」
「そう。馬車降りた時にいたの。フードかぶってたんだけど、風で一瞬取れて」

貴族名鑑を持ってこさせる。ぺらぺら頁を捲っていた元妹は、あるところで指を止めた。

「このひと」

血の気が引いていくのが分かった。青ざめたフェデリカを見て、元妹は眉を寄せる。

「大丈夫? なんでそんな顔すんの? 知り合い?」

その貴族と知り合いというわけでは、ない。ただ、その娘が、フェデリカの数少ない友人なだけ。

「デル・ヴェッキオ侯爵......」

ペネロペの父親だった。
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