王妃が死んだ日

神喰 夜

文字の大きさ
上 下
49 / 66
外伝 殺された皇子と名もなき王女

第拾漆話 反撃の狼煙

しおりを挟む
ジュディスの手配してくれた人員と路銀により、無事皓月は海路で沙耀サヨウ州に辿り着いた。沙耀州の港で漕ぎ手と別れたが、見慣れない船と人に、港はすぐさま沸き立った。

「てめえ何者だ? まさか逆賊の手下か?」
「いや。私は皓月コウゲツという。志順シジュン帝第二皇子、姓名は華諒カリョウだ。身分を証する佩玉はいぎょくは失してしまったが、次姉の夫であった沙耀サヨウ王にお目通りしたく罷り越した」
「.......はあああああああ!?」

本物にせよ偽物にせよ、一旦は州王府に届けよう、ということで、皓月は郷城の馬車に乗せられ、港から州城へ向かった。

「......なぁ」
「なんだろうか」
「王妃さまは、嫁がれる前、どんな方だった?」
「......変わらぬと思うが。元気よく弟を追い回し、街に出てお菓子を買い食いし、悪戯をしかけては父帝に叱られていた」
「ふはは! 違いねえや」

馭者ぎょしゃの男は港近くの役人寮に住んでいるのだという。聞くと、姉はよく、州都や港に降りてきていたらしい。

「王妃さまがご懐妊ってえんで、州王さまはすごく喜んでらっしゃったんだ。だから、襲撃を聞いた時は大変だった。州王さまは今すぐ出陣するって言って、止められてた......あんたが生きてるって知ってからは、少し、穏やかになられた」
「――私が?」
「あぁ。直接王妃様の血を引いてなくても、王妃様と仲がよろしかった皇子殿下に位をお渡しすることを使命とするって、領に公布までしてたんだぜ?」
「そう、だったのか」

沙耀王は義兄であるが、会ったことは少なく、親しいとは言い難いと思っていた。支援してくれるかも不安だったが、手配人に協力することを広布までするなんて、正気ではない。

「だから俺は、あんたが本物だったらいいなと思ってる。沙耀を中心に西の王が集まってるのに、とうの旗頭が不在じゃ、恰好つかないだろう?」
「.....あぁ。そうだな」

皓月は俯いた。何の力もない己が、その血筋のためであっても望まれていることが――不謹慎ではあるけれど、嬉しかったのだ。
生きていていいと、二度目の太鼓判を押されたようで。



州城に着いたのは、港に降り立ってから5日が経過してからだ。郷城からの手紙はすぐさま州王の元へ届けられたらしく、守衛に名乗りを上げてから半刻も経たずに中へ通された。

「沙耀王、成勇セイユウである」
「――お久しぶりです、沙耀サヨウ王殿。志順シジュン帝第二皇子、華諒カリョウがお目にかかります」
銀蓮ギンレンが木登りをして滑り、兄を下敷きにしたのはいつだ」
「姉上が6歳の時です。結果的に兄上は脳震盪を起こしました」
「銀蓮が街で一番好きな甘味処は」
セン甘味処です。そこの鳳梨酥フォンリースゥが好きで、よく使い走りされました」
「銀蓮の街での名は」
金蓮キンレンです」

それから幾つかの問答を経て、沙耀王は頷く。

「よろしい、皓月殿下、あなたを旗頭として認めましょう」
「ありがとう存じます」

まあ、貞淑とされるべき公主が木登りをして落ちたり、落とし穴を掘って弟を驚かせようとして姉を落としたり、花火を作ろうとして部屋を吹っ飛ばしたなんて話は、内縁のものしか知らないだろう。

「この半年近く、逃げ回っていたものとお見受けする。情報に乖離があろう。こちらへ」

続きの部屋で、皓月は現状についての説明を受ける。
香晋王に初めから与していたのは六州。その後五州が寝返るか落とされ、香晋キョウシン王の手中にある。これらの州の殆どは東か南に位置しており、都を境に敵対している状態だ。州の数も領土や兵力はこちらが上だが、冬の今、北の州王は自身の手勢を動かすことが難しい。同等とみるべきだろう。

「交渉は?」
「毎度言いくるめられて帰ってくるので二度でやめました」
「なるほど」

叔父は口達者なので、交渉の席につくと、自分の調子に持っていくのが非常にうまい。だからこそ、皇家直系を弑して尚――いや、それゆえに人が集まるのだ。

「新年の宴で、正式に奴は皇帝として即位する旨を全土に公布するようです。陛下のありもしない非道を並べ立て......消火にも手をかけておりますが、とても間に合いません」
「消火する必要はありません。放置で結構です」
「は? ですが」
「叔父は――香晋王は口達者ですが、実務能力に欠けています。彼が並べ立てた父の非道を自らが行っていることに、彼は気づかないでしょう」
「! 潜り込ませた間諜に指示を?」
「いいえ、不要です。非道どころか、いささか清廉潔白に過ぎた父帝にそむいた領主は、何かしら後ろ暗いところがある者たちでしょう。香晋王を思い通りに動かしたくてたまらないはずです。複数の対立した要望を、香晋王は対処しきれないでしょう。自滅するのは時間の問題です。それよりも、王たちの背後を調べてください。噂を流しましょう」

新年の広布に先駆けて、第二皇子が沙耀王に保護された、と噂を流す。新帝により拷問され、命からがら逃げのびた、と幾らか尾鰭がついていたがそれは良しとしよう。

「食いつくだろうか」
「必ず」

皓月の予想は当たった。新年が始まって間もなくして、叔父は皓月の引き渡しを求めてきた。勿論沙耀王はこれを拒否し、新帝により虐げられた第二皇子の哀れな姿と共に、新帝に脅迫されたと群衆に噂を広める。間諜が東でも南でも活躍した。いつの間にか皓月は鼻を削がれていたり足の爪をすべて剥がされたことになっていたが、まあいいだろう。

「更に追い詰めましょう」

噂を噂で固め、新帝の悪評ばかりを流していた頃だ。
沙耀州の東方より、武力攻撃を受けたとの報が入った。
武力戦の始まりだった。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...