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外伝 殺された皇子と名もなき王女
第拾漆話 反撃の狼煙
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ジュディスの手配してくれた人員と路銀により、無事皓月は海路で沙耀州に辿り着いた。沙耀州の港で漕ぎ手と別れたが、見慣れない船と人に、港はすぐさま沸き立った。
「てめえ何者だ? まさか逆賊の手下か?」
「いや。私は皓月という。志順帝第二皇子、姓名は華諒だ。身分を証する佩玉は失してしまったが、次姉の夫であった沙耀王にお目通りしたく罷り越した」
「.......はあああああああ!?」
本物にせよ偽物にせよ、一旦は州王府に届けよう、ということで、皓月は郷城の馬車に乗せられ、港から州城へ向かった。
「......なぁ」
「なんだろうか」
「王妃さまは、嫁がれる前、どんな方だった?」
「......変わらぬと思うが。元気よく弟を追い回し、街に出てお菓子を買い食いし、悪戯をしかけては父帝に叱られていた」
「ふはは! 違いねえや」
馭者の男は港近くの役人寮に住んでいるのだという。聞くと、姉はよく、州都や港に降りてきていたらしい。
「王妃さまがご懐妊ってえんで、州王さまはすごく喜んでらっしゃったんだ。だから、襲撃を聞いた時は大変だった。州王さまは今すぐ出陣するって言って、止められてた......あんたが生きてるって知ってからは、少し、穏やかになられた」
「――私が?」
「あぁ。直接王妃様の血を引いてなくても、王妃様と仲がよろしかった皇子殿下に位をお渡しすることを使命とするって、領に公布までしてたんだぜ?」
「そう、だったのか」
沙耀王は義兄であるが、会ったことは少なく、親しいとは言い難いと思っていた。支援してくれるかも不安だったが、手配人に協力することを広布までするなんて、正気ではない。
「だから俺は、あんたが本物だったらいいなと思ってる。沙耀を中心に西の王が集まってるのに、とうの旗頭が不在じゃ、恰好つかないだろう?」
「.....あぁ。そうだな」
皓月は俯いた。何の力もない己が、その血筋のためであっても望まれていることが――不謹慎ではあるけれど、嬉しかったのだ。
生きていていいと、二度目の太鼓判を押されたようで。
州城に着いたのは、港に降り立ってから5日が経過してからだ。郷城からの手紙はすぐさま州王の元へ届けられたらしく、守衛に名乗りを上げてから半刻も経たずに中へ通された。
「沙耀王、成勇である」
「――お久しぶりです、沙耀王殿。志順帝第二皇子、華諒がお目にかかります」
「銀蓮が木登りをして滑り、兄を下敷きにしたのはいつだ」
「姉上が6歳の時です。結果的に兄上は脳震盪を起こしました」
「銀蓮が街で一番好きな甘味処は」
「泉甘味処です。そこの鳳梨酥が好きで、よく使い走りされました」
「銀蓮の街での名は」
「金蓮です」
それから幾つかの問答を経て、沙耀王は頷く。
「よろしい、皓月殿下、あなたを旗頭として認めましょう」
「ありがとう存じます」
まあ、貞淑とされるべき公主が木登りをして落ちたり、落とし穴を掘って弟を驚かせようとして姉を落としたり、花火を作ろうとして部屋を吹っ飛ばしたなんて話は、内縁のものしか知らないだろう。
「この半年近く、逃げ回っていたものとお見受けする。情報に乖離があろう。こちらへ」
続きの部屋で、皓月は現状についての説明を受ける。
香晋王に初めから与していたのは六州。その後五州が寝返るか落とされ、香晋王の手中にある。これらの州の殆どは東か南に位置しており、都を境に敵対している状態だ。州の数も領土や兵力はこちらが上だが、冬の今、北の州王は自身の手勢を動かすことが難しい。同等とみるべきだろう。
「交渉は?」
「毎度言いくるめられて帰ってくるので二度でやめました」
「なるほど」
叔父は口達者なので、交渉の席につくと、自分の調子に持っていくのが非常にうまい。だからこそ、皇家直系を弑して尚――いや、それゆえに人が集まるのだ。
「新年の宴で、正式に奴は皇帝として即位する旨を全土に公布するようです。陛下のありもしない非道を並べ立て......消火にも手をかけておりますが、とても間に合いません」
「消火する必要はありません。放置で結構です」
「は? ですが」
「叔父は――香晋王は口達者ですが、実務能力に欠けています。彼が並べ立てた父の非道を自らが行っていることに、彼は気づかないでしょう」
「! 潜り込ませた間諜に指示を?」
「いいえ、不要です。非道どころか、聊か清廉潔白に過ぎた父帝に叛いた領主は、何かしら後ろ暗いところがある者たちでしょう。香晋王を思い通りに動かしたくてたまらないはずです。複数の対立した要望を、香晋王は対処しきれないでしょう。自滅するのは時間の問題です。それよりも、王たちの背後を調べてください。噂を流しましょう」
新年の広布に先駆けて、第二皇子が沙耀王に保護された、と噂を流す。新帝により拷問され、命からがら逃げのびた、と幾らか尾鰭がついていたがそれは良しとしよう。
「食いつくだろうか」
「必ず」
皓月の予想は当たった。新年が始まって間もなくして、叔父は皓月の引き渡しを求めてきた。勿論沙耀王はこれを拒否し、新帝により虐げられた第二皇子の哀れな姿と共に、新帝に脅迫されたと群衆に噂を広める。間諜が東でも南でも活躍した。いつの間にか皓月は鼻を削がれていたり足の爪をすべて剥がされたことになっていたが、まあいいだろう。
「更に追い詰めましょう」
噂を噂で固め、新帝の悪評ばかりを流していた頃だ。
沙耀州の東方より、武力攻撃を受けたとの報が入った。
武力戦の始まりだった。
「てめえ何者だ? まさか逆賊の手下か?」
「いや。私は皓月という。志順帝第二皇子、姓名は華諒だ。身分を証する佩玉は失してしまったが、次姉の夫であった沙耀王にお目通りしたく罷り越した」
「.......はあああああああ!?」
本物にせよ偽物にせよ、一旦は州王府に届けよう、ということで、皓月は郷城の馬車に乗せられ、港から州城へ向かった。
「......なぁ」
「なんだろうか」
「王妃さまは、嫁がれる前、どんな方だった?」
「......変わらぬと思うが。元気よく弟を追い回し、街に出てお菓子を買い食いし、悪戯をしかけては父帝に叱られていた」
「ふはは! 違いねえや」
馭者の男は港近くの役人寮に住んでいるのだという。聞くと、姉はよく、州都や港に降りてきていたらしい。
「王妃さまがご懐妊ってえんで、州王さまはすごく喜んでらっしゃったんだ。だから、襲撃を聞いた時は大変だった。州王さまは今すぐ出陣するって言って、止められてた......あんたが生きてるって知ってからは、少し、穏やかになられた」
「――私が?」
「あぁ。直接王妃様の血を引いてなくても、王妃様と仲がよろしかった皇子殿下に位をお渡しすることを使命とするって、領に公布までしてたんだぜ?」
「そう、だったのか」
沙耀王は義兄であるが、会ったことは少なく、親しいとは言い難いと思っていた。支援してくれるかも不安だったが、手配人に協力することを広布までするなんて、正気ではない。
「だから俺は、あんたが本物だったらいいなと思ってる。沙耀を中心に西の王が集まってるのに、とうの旗頭が不在じゃ、恰好つかないだろう?」
「.....あぁ。そうだな」
皓月は俯いた。何の力もない己が、その血筋のためであっても望まれていることが――不謹慎ではあるけれど、嬉しかったのだ。
生きていていいと、二度目の太鼓判を押されたようで。
州城に着いたのは、港に降り立ってから5日が経過してからだ。郷城からの手紙はすぐさま州王の元へ届けられたらしく、守衛に名乗りを上げてから半刻も経たずに中へ通された。
「沙耀王、成勇である」
「――お久しぶりです、沙耀王殿。志順帝第二皇子、華諒がお目にかかります」
「銀蓮が木登りをして滑り、兄を下敷きにしたのはいつだ」
「姉上が6歳の時です。結果的に兄上は脳震盪を起こしました」
「銀蓮が街で一番好きな甘味処は」
「泉甘味処です。そこの鳳梨酥が好きで、よく使い走りされました」
「銀蓮の街での名は」
「金蓮です」
それから幾つかの問答を経て、沙耀王は頷く。
「よろしい、皓月殿下、あなたを旗頭として認めましょう」
「ありがとう存じます」
まあ、貞淑とされるべき公主が木登りをして落ちたり、落とし穴を掘って弟を驚かせようとして姉を落としたり、花火を作ろうとして部屋を吹っ飛ばしたなんて話は、内縁のものしか知らないだろう。
「この半年近く、逃げ回っていたものとお見受けする。情報に乖離があろう。こちらへ」
続きの部屋で、皓月は現状についての説明を受ける。
香晋王に初めから与していたのは六州。その後五州が寝返るか落とされ、香晋王の手中にある。これらの州の殆どは東か南に位置しており、都を境に敵対している状態だ。州の数も領土や兵力はこちらが上だが、冬の今、北の州王は自身の手勢を動かすことが難しい。同等とみるべきだろう。
「交渉は?」
「毎度言いくるめられて帰ってくるので二度でやめました」
「なるほど」
叔父は口達者なので、交渉の席につくと、自分の調子に持っていくのが非常にうまい。だからこそ、皇家直系を弑して尚――いや、それゆえに人が集まるのだ。
「新年の宴で、正式に奴は皇帝として即位する旨を全土に公布するようです。陛下のありもしない非道を並べ立て......消火にも手をかけておりますが、とても間に合いません」
「消火する必要はありません。放置で結構です」
「は? ですが」
「叔父は――香晋王は口達者ですが、実務能力に欠けています。彼が並べ立てた父の非道を自らが行っていることに、彼は気づかないでしょう」
「! 潜り込ませた間諜に指示を?」
「いいえ、不要です。非道どころか、聊か清廉潔白に過ぎた父帝に叛いた領主は、何かしら後ろ暗いところがある者たちでしょう。香晋王を思い通りに動かしたくてたまらないはずです。複数の対立した要望を、香晋王は対処しきれないでしょう。自滅するのは時間の問題です。それよりも、王たちの背後を調べてください。噂を流しましょう」
新年の広布に先駆けて、第二皇子が沙耀王に保護された、と噂を流す。新帝により拷問され、命からがら逃げのびた、と幾らか尾鰭がついていたがそれは良しとしよう。
「食いつくだろうか」
「必ず」
皓月の予想は当たった。新年が始まって間もなくして、叔父は皓月の引き渡しを求めてきた。勿論沙耀王はこれを拒否し、新帝により虐げられた第二皇子の哀れな姿と共に、新帝に脅迫されたと群衆に噂を広める。間諜が東でも南でも活躍した。いつの間にか皓月は鼻を削がれていたり足の爪をすべて剥がされたことになっていたが、まあいいだろう。
「更に追い詰めましょう」
噂を噂で固め、新帝の悪評ばかりを流していた頃だ。
沙耀州の東方より、武力攻撃を受けたとの報が入った。
武力戦の始まりだった。
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