王妃が死んだ日

神喰 夜

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番外編

とある傍観者が思うこと

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「ンン男爵かー。折角なら平民落ちしたかったんだけどなー」

ウェンリー・エヴァンズ=ファロンは王宮から届いた紙を見て顔を顰めた。

「残念がらないでくださいよ。妃殿下は……女王陛下は、使えるものは何でも使うおつもりのようですから」
「あぁ、うん、それは分かる。フェリックスたちの労役の中身見れば」
「着いたら驚くでしょうね」
「顔を見て見たいもんだよ」
「お寂しくはないですか?」
「少しは寂しいけどな。でもまあ、しょうがない。進む道が違っただけの話だ」
「なるほど。では、よろしいのですか?  マーガレット様と離縁されなくて」

侍従が見下ろす窓の外には、マーガレットがいるはずだ。王都立入禁止の意味を理解出来ず、アナがわたしを虐める、と騒ぎ立てた女。適当に男や子供を宛てがいようやく黙った。今日も庭で愉しく遊ばれて・・・・いるのだろう。

「離縁してもどうにもならないだろ。父上の爵位は姉上が継いでるし。かといってあいつを放置する訳にもいくまい」
「義理堅くていらっしゃる」
「義理堅くは無いけどなぁ。イアンを放置も出来ないし」

ウェンリーは、平民落ちして義務から放たれたいと願う一方で、貴族のままでいられることに安心してもいた。貴族として何不自由なく生まれ育ってきたけれど、その分の恩を民に還元できていなかったから。

「でもウェンリー様、マーガレット様のこと嫌いじゃありません?」
「あっうんそうだよ。お前に言ったことあったっけ?」
「義務を放棄する輩とは仲良くなれない、とだけ」
「あー。あいつ、義務っておいしいの?って言いかねないからなあ」

ウェンリーは苦笑いする。脳裏に蘇るのは、彼の兄弟の運命が変わった日。
恋に落ちたとわかりやすく顔に書かれた5人の兄弟を、ウェンリーがただ眺めていた日のことだ。










「マーガレット・ファロンです。よろしくお願いします」

にっこりと微笑む女子は、現在は王位継承権第一位の侯爵令嬢だ。母君はあちらこちらで浮名を流していると有名なので、同じようなものかと思いきや、我儘ひとつ言わず、父親をお父様、と呼ばわう姿に目を剥いた。お兄様ですか?   かっこいい!と言われた瞬間、兄弟たちの頬が薔薇色に染まった。はて、いきなり熱でも出たのか?と首を傾げる当時のウェンリーは、状況を理解することが出来ていなかったのである。
兄弟は、マーガレットのエスコート役を競った。本を読んでとせがんだり、観劇を見に行ったり。毎回ウェンリーは一抜けしていたのだが、エスコート争いに熱意を燃やす兄弟は、気づいているのかいないのだか、全く歯牙にかけなかった。他にもスペンサー公爵の息子二人と争っていたためかもしれない。

「なぁ、なんであいつら毎回あんなに必死なの?」

部屋にこっそり隠していたお菓子をバリボリ食べながら、ウェンリーは従者に問いかけた。

「そりゃあグリーンハルシュお嬢様が可愛いからでしょう」
「あれ可愛いか?」

ばりぼり。
――ウェンリーったら、わたしが可愛いからって、ぼうっとしてたらあぶないわよ。

「俺に聞かんでくださいよ。全員同じ顔にしか見えないんですから」
「そうだった、忘れてた」
「おい主」

でも、とウェンリーの従者は続ける。

「笑顔を向けてくれて、罵倒されないことが嬉しいんじゃないですかね」
「ふーん」

ばりばり。
――あの子、平民なのでしょう? 可哀想ね、まだ10歳くらいなのに働かないといけないなんて。

「でもあの方、そんなに良い方じゃないと思いますよ」
「なんで?」
「なんとなくです」
「具体的な事例は」

ぼりぼり。
――どうしましょう、ウェンリー。おじさまったら、相変わらずわたしを王妃にするって仰るの。オリヴィア姫様が生きていたら・・・・・・無理って、何度も申し上げているのだけれど。

「邸にいらっしゃった時、フェリックス様に小鳥を見るか、って聞かれて、小鳥を手に乗せたいって仰ったんです。でも、乗せた瞬間に、怖い気持ち悪い、って泣き出して手を振り回して小鳥落としてましたからね」
「へー。俺なんで覚えてないんだ?」
「そらあんた寝てましたからね」
「えっお前勝手にフェリックスのとこ行ってたの」
「通りかかったんですよ。あと、使用人の情報網舐めんでください」
「こえーすげー」

バリ、と最後のお菓子を口に放り込み、ウェンリーはうーん、と伸びをする。

「さて、やる事やったし寝るか」
「あんた部屋戻ってきてからやったことお菓子食べただけじゃないですか」
「うーん、ちょっと耳聞こえないかも」
「おい」




「ウェンリーはいつも一抜けだね」

最初にそれに気づいたのは、ウェンリーの唯一の兄であるフェリックスだ。

「あ、バレた?」
「うん。なんでだい?」
「兄弟で争うのめんどくさくない?」
「まぁ、分からなくもないが。マーガレットを好いているなら頑張らないと」
「……なぁ、フェリックス。お前の好きってどんな感じ?」
「え。えー、愛おしくて、マーガレットの為なら何でもしてあげたくなる、かな」
「ふーん」
「ウェンリーは?」

ウェンリーは首を傾げる。好き。その人の為なら何でもしてあげたい、か。

「――言わない」
「なんでだよけちー!」

お菓子以外にそんな気持ちを抱いたことがない、とはついぞ言えぬままだった。
確かにマーガレットは普通の女子とは違う。けれど、ただ甘い言葉ばかりを囁き、困ったときには涙ですべてを解決し、贈り物に喜び要求をしながら、なにひとつこちらのことを尋ねてこない彼女を、ウェンリーはどうしても好きになれなかったのである。





現王妃の弟の娘であるオリヴィア姫の誕生や、現王妃の従姉、スペンサー公爵夫人の娘であるアビゲイルの誕生により、マーガレットの王位継承の目は完全に潰えた。それでも、普通の姫らしく我儘に育った二人より、マーガレットに王位を継がせたい、と家の中で密やかに囁かれていた。マーガレットが社交界に入ると、その声は家の中だけに留まらなくなった。

そんな時だ。

現王妃の娘が、彗星の如く現れた。
銀の髪に紫の瞳を持つ姫は、ユリアーナといった。



「びっくりだわ、王妃殿下に娘がいたのね」

王太女としてデビュタントしたユリアーナは、その日の話題をかっさらっていった。マーガレットの婚約者争いでフェリックスたちに破れたトバイアスたちが婚約者として立ち、オリヴィア姫とも姉妹として仲良くしている。
フェリックスたちは思わぬ邪魔者の存在に、難しい顔をした。

「仲良くなってみたいわ。いっぱいお話してみたい」

にこにこと笑いながら言うマーガレットは、前言の通り、積極的にユリアーナに話しかけた。許しを得ない発言と愛称呼び。ユリアーナが咎めたのは数回だけで、それも私的な場でのこと。気づけばマーガレットはユリアーナの会話の邪魔をしていたが、「上手く話せていないかもしれないから、助けなくちゃ!」というマーガレットの弁に、他の者達は感激するばかりだった。
ユリアーナよりもマーガレットを王妃に。
そう宣う兄弟は、枝葉を伸ばすようにひっそりと、だが確実に王都内外で進行する新たな取り組みに、気づいていないのだろうかと首を傾げた。

ユリアーナ王太女が様々な取り組みをしていることは、少し観察すれば分かる事だった。議会にユリアーナの名で提出された書類は、表紙さえ見られることなくウォルポール侯爵がゴミ箱に捨てていたが、ユージンやノアの名前で出される書類の筆跡が、普段のものと違うことに、誰が気づいていただろう。結局は貧民街の改革を掲げたその書類も身分主義者に却下されてしまったが、商会の金が大きく動いていることに、嫌でも気づかずにはいられなかった。
社交界では微笑むばかりで、マーガレットの影に隠れている王太女。
その扱いは彼女が王妃に即位してからも変わらなかったが、ウェンリーはマーガレットを王妃に、と暴走し始めた兄弟を静観し、どちらにつくこともなく普段通りに行動した。
国のためという大義名分の持ち合わせはなかったし、ユリアーナ妃に協力するのも面倒くさい。かといって、マーガレットを王妃にするのは言語道断だ。
だから、ウェンリーがしたのは、ウォルポール侯爵たちをささやかに邪魔するだけ。気づかれない範囲で、出来うる限りの妨害を。

あの宴の暗殺者のことは、存在さえ気づいていなかったけれど。

恐らく処理されるであろう暗殺者のひとりに接触し、ウォルポール侯爵が使う毒薬の解毒薬を事前に飲ませることだけが、その時ウェンリーにできることだった。

その日を境に、王妃は積極的に動くようになった。貴族や自分が育てた官吏を巻き込んで、何かを企み始めた。ウェンリーはそれでもやはり、傍観者でいることを選んだ。
自分の目が届く範囲だけを守れたら、それでいいと思っていたし、今でも思っている。
それがゆえのこの帰結だ。
東大陸の公主という身分を併せ持つ王妃――否、女王は瞬く間に王国を掌握した。オリヴィアの成人、婚姻を待って帰国する、と公言しているが、それでも彼女の影響力は揺るがない。最近では、数か月前に見つけたスペンサー公爵領での金の不審な動きの原因をとうとう突き止め、生き生きと狩りを始めたと聞く。化けの皮を自ら剝がした彼女についていく者は、後を絶たない。全員が平穏に生きてくれたら、と願うけれど、願うだけで何もしないのが自分である。





「なぁノエル」
「なんです我が主」
「お前は一生幸せでいろよ」
「えっプロポーズですか。お給金上げてくれます?」
「考えようじゃないか」
「やったぁ! 王宮の料理人も一時的とはいえ来てくれてごはんもおいしいし、最近幸せいっぱいですよ!」

わーい、と喜ぶ従者を見て、ウェンリーは目を細める。
愛も恋も、ウェンリーにはやはり分からない。
自分の従者の笑顔が見られたら、それで満足なのだ。
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