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第2話
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祝祭日からひと月が経った。
「お久しぶりです、サザーランド様」
「公女さまにおかれましては、ご機嫌麗しく。本日は庭園なのですね」
「はい。天気が良いので、一度我が邸宅の庭園をご覧に入れようかと」
グランヴィル公爵家の庭園の一角は、春になると黄金色に染まる。母を愛する父が、母の髪と瞳の色に準え、黄金色の花木だけを集めて造らせたものだ。
「見事なものですね。見慣れない花木もある」
「南の大陸から取り寄せたものもあるのですよ。一際背の高い、あの木がそうです」
「なんと。王都まで届けさせるとなれば、莫大な資金と時間がかかるでしょう」
「ええ。数年がかりで作り上げたと聞いております」
「閣下は噂に違わぬ愛妻家なのですね」
アイリスは曖昧に笑う。
一年に一度しか両親と話さないアイリスは、二人が真に愛し合っているのかを知らない。――正確には、父母に関してアイリスが保持する情報は、名前と顔だけだ。
「そのような貴重な庭園にお招きくださったこと、感謝申し上げます」
普段の通り他愛ない世間話をすると、沈黙が落ちる。
普段ならばそのまま過ぎ行く時間を、アイリスは惜しいと思った。いつか殺すアイリスに、それを告げる正直な人を、知りたいと思った。
「互いの話を、致しませんか」
レイは二度、瞬きをした。太陽の下にあって、その瞳は黒よりも青に近く見えた。
「私も、同じことを言おうと思っていました」
柔らかな笑みに安堵して初めて、アイリスは自分が緊張していたことに気づいた。
「婚約者がする互いの話というのは、どのようなものなのでしょう。手本があればいいのですが」
「どうなのでしょう」
アイリスは首を傾げ、レイも同じように首を傾げた。互いに友達がいないことが、図らずも発覚した。
「私は、口を開くとつい、魔術の話ばかりしてしまうのです。それに、魔力が時折漏れているせいで、怯えられているようで。父母や兄姉は、気にせず突っ込んでくるのですが」
「私はあまり魔術に詳しくありませんが、魔術開発は気になります」
「あぁ、以前申し上げた、不細工に見える魔術は、副作用付きで近頃完成しました」
「ほんとうにお作りになられたのですね!?」
「はい。魔術をかけて暫く幻覚が見えてしまうので、実用化するには厳しいですが......しかも幻覚というのが悩ましく、植物や動物に顔が見えるというものなのです。なかなか楽しいのですが、兄には絶叫されました」
「ご自分と兄君でお試しになったのね......」
魔術の話から、脈絡もなく話は転がった。好きな色は赤、好きな花は百合、好きな季節は夏……いつもより長い会話の後で、レイは帰って行った。レイの帰り際、アイリスは耳を貸してくれるように頼んだ。
「わたくしを殺すのは、いつになりましょうか」
「……まもなく」
承知しました、とアイリスは笑って答えた。
「お久しぶりです、サザーランド様」
「公女さまにおかれましては、ご機嫌麗しく。本日は庭園なのですね」
「はい。天気が良いので、一度我が邸宅の庭園をご覧に入れようかと」
グランヴィル公爵家の庭園の一角は、春になると黄金色に染まる。母を愛する父が、母の髪と瞳の色に準え、黄金色の花木だけを集めて造らせたものだ。
「見事なものですね。見慣れない花木もある」
「南の大陸から取り寄せたものもあるのですよ。一際背の高い、あの木がそうです」
「なんと。王都まで届けさせるとなれば、莫大な資金と時間がかかるでしょう」
「ええ。数年がかりで作り上げたと聞いております」
「閣下は噂に違わぬ愛妻家なのですね」
アイリスは曖昧に笑う。
一年に一度しか両親と話さないアイリスは、二人が真に愛し合っているのかを知らない。――正確には、父母に関してアイリスが保持する情報は、名前と顔だけだ。
「そのような貴重な庭園にお招きくださったこと、感謝申し上げます」
普段の通り他愛ない世間話をすると、沈黙が落ちる。
普段ならばそのまま過ぎ行く時間を、アイリスは惜しいと思った。いつか殺すアイリスに、それを告げる正直な人を、知りたいと思った。
「互いの話を、致しませんか」
レイは二度、瞬きをした。太陽の下にあって、その瞳は黒よりも青に近く見えた。
「私も、同じことを言おうと思っていました」
柔らかな笑みに安堵して初めて、アイリスは自分が緊張していたことに気づいた。
「婚約者がする互いの話というのは、どのようなものなのでしょう。手本があればいいのですが」
「どうなのでしょう」
アイリスは首を傾げ、レイも同じように首を傾げた。互いに友達がいないことが、図らずも発覚した。
「私は、口を開くとつい、魔術の話ばかりしてしまうのです。それに、魔力が時折漏れているせいで、怯えられているようで。父母や兄姉は、気にせず突っ込んでくるのですが」
「私はあまり魔術に詳しくありませんが、魔術開発は気になります」
「あぁ、以前申し上げた、不細工に見える魔術は、副作用付きで近頃完成しました」
「ほんとうにお作りになられたのですね!?」
「はい。魔術をかけて暫く幻覚が見えてしまうので、実用化するには厳しいですが......しかも幻覚というのが悩ましく、植物や動物に顔が見えるというものなのです。なかなか楽しいのですが、兄には絶叫されました」
「ご自分と兄君でお試しになったのね......」
魔術の話から、脈絡もなく話は転がった。好きな色は赤、好きな花は百合、好きな季節は夏……いつもより長い会話の後で、レイは帰って行った。レイの帰り際、アイリスは耳を貸してくれるように頼んだ。
「わたくしを殺すのは、いつになりましょうか」
「……まもなく」
承知しました、とアイリスは笑って答えた。
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