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第1話
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悪魔公女と呼ばれるアイリスと、魔王と呼ばれるレイの婚約が結ばれたのは、7年前に遡る。
国王夫妻は永らく子に恵まれず、国王の甥にあたるアイリスの兄が立太子される運びとなった。繰り上がってアイリスが次期公爵に内定し、婿を取る必要が生じたのだ。山のように積み上げられた釣書が、アイリスの目に触れることは一度もなかったけれど。
「初めてお会いいたします。グランヴィル公爵が長女、アイリスと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「サザーランド辺境伯が次男、レイと申します。公女さまにお目にかかりましたこと、幸いに存じます。以後、よろしくお願いします」
それだけの会話で始まった婚約関係は、週に一度の手紙と、月に一度の顔合わせだけで進んでいった。レイは口下手だったので、手紙は短く、顔合わせの沈黙は長かった。
「公女さま」
「はい、サザーランド様」
「来月の祝祭日、宜しければ、一緒に街に降りてみませんか?」
ぱちくりと、アイリスは赤い瞳を瞬いた。互いの家の行き来、世間話、それ以上のことは、存在しなかった。
「閣下にお願いしてみましょう」
「ありがとう存じます」
あっさり父公の許可は降りて、アイリスとレイは翌月、街に降りた。目立つ白の髪を鬘で隠し、赤い瞳が目立たぬように、分厚い眼鏡をかけた。レイも同じように変装していたが、美しさは隠し切れなかったようで、何度か女性に声を掛けられていた。
「美しすぎるのも考えものですね」
「不細工に見える魔術を考えようと思います......それか、全世界の人を美しくしてしまうか」
「大変なことになりますね。歓楽街が役割をなくしてしまう」
「美しいのが当たり前になってしまったら、色仕掛けが困難になるでしょうね」
「あなたの顔が埋没するのは、婚約者としては安心ですけれど」
「あなたに言われたくはありません」
祝祭日だからだろう、いつにも増して人が多かった。人混みの中ではぐれぬようにと手を繋いだ。幼馴染という設定で、流行りの料理店に行ったり、大衆劇を観た。ひっそりと影と護衛はついてきていたが、大っぴらではなかった。
夜には花火が行われた。背丈の小さいアイリスが見やすいようにと、どこからかレイが台を取ってきた。横を見ると、レイと頭の位置がほぼ同じである。いつもと違う角度に、アイリスは背中がむずむずする感覚を覚えた。
「……公女さま。どうかこのままお聞きください」
花火と人々の歓声で、耳元で囁かれる言葉すらも聞き取りにくかった。
「私は、いつかあなたを殺します」
あまり驚かなかった。アイリスは幼い頃から何度も命を狙われている。
「左様ですか」
「……何もお聞きにならないのでしょうか」
アイリスは少し首を傾げた。夜空に色とりどりの花が咲いているのを眺める。
「わたくしを殺すのは、いつ頃になりますでしょうか」
長い沈黙の後で、まもなく、とだけ返答があった。同じ方向を向いて花火を見ていたので、その時レイがどんな顔をしていたかは、分からなかった。
これが、1回目の『まもなく』であった。
国王夫妻は永らく子に恵まれず、国王の甥にあたるアイリスの兄が立太子される運びとなった。繰り上がってアイリスが次期公爵に内定し、婿を取る必要が生じたのだ。山のように積み上げられた釣書が、アイリスの目に触れることは一度もなかったけれど。
「初めてお会いいたします。グランヴィル公爵が長女、アイリスと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「サザーランド辺境伯が次男、レイと申します。公女さまにお目にかかりましたこと、幸いに存じます。以後、よろしくお願いします」
それだけの会話で始まった婚約関係は、週に一度の手紙と、月に一度の顔合わせだけで進んでいった。レイは口下手だったので、手紙は短く、顔合わせの沈黙は長かった。
「公女さま」
「はい、サザーランド様」
「来月の祝祭日、宜しければ、一緒に街に降りてみませんか?」
ぱちくりと、アイリスは赤い瞳を瞬いた。互いの家の行き来、世間話、それ以上のことは、存在しなかった。
「閣下にお願いしてみましょう」
「ありがとう存じます」
あっさり父公の許可は降りて、アイリスとレイは翌月、街に降りた。目立つ白の髪を鬘で隠し、赤い瞳が目立たぬように、分厚い眼鏡をかけた。レイも同じように変装していたが、美しさは隠し切れなかったようで、何度か女性に声を掛けられていた。
「美しすぎるのも考えものですね」
「不細工に見える魔術を考えようと思います......それか、全世界の人を美しくしてしまうか」
「大変なことになりますね。歓楽街が役割をなくしてしまう」
「美しいのが当たり前になってしまったら、色仕掛けが困難になるでしょうね」
「あなたの顔が埋没するのは、婚約者としては安心ですけれど」
「あなたに言われたくはありません」
祝祭日だからだろう、いつにも増して人が多かった。人混みの中ではぐれぬようにと手を繋いだ。幼馴染という設定で、流行りの料理店に行ったり、大衆劇を観た。ひっそりと影と護衛はついてきていたが、大っぴらではなかった。
夜には花火が行われた。背丈の小さいアイリスが見やすいようにと、どこからかレイが台を取ってきた。横を見ると、レイと頭の位置がほぼ同じである。いつもと違う角度に、アイリスは背中がむずむずする感覚を覚えた。
「……公女さま。どうかこのままお聞きください」
花火と人々の歓声で、耳元で囁かれる言葉すらも聞き取りにくかった。
「私は、いつかあなたを殺します」
あまり驚かなかった。アイリスは幼い頃から何度も命を狙われている。
「左様ですか」
「……何もお聞きにならないのでしょうか」
アイリスは少し首を傾げた。夜空に色とりどりの花が咲いているのを眺める。
「わたくしを殺すのは、いつ頃になりますでしょうか」
長い沈黙の後で、まもなく、とだけ返答があった。同じ方向を向いて花火を見ていたので、その時レイがどんな顔をしていたかは、分からなかった。
これが、1回目の『まもなく』であった。
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