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かすみ草
しおりを挟む白い煙が、全部天に吸い込まれていった。吸い込まれても、私たちは空を見上げている。
「ココアだけ残ったね」
しばらくしてから、立花ちゃんが私の手元にあるココアの缶を見ながら言った。
「さすがに、これは燃やせないよね」
封開けてないし、そもそも燃えないよね。破裂したら怖いし。
ココアは飲むつもりよ。持ってはいけないからね。でも、それは今じゃない。奇跡が消える日に飲もうと思っているの。私が生きた四十九日を締めるのに、一番適した飲み物だと思うから。
「灰はどうする?」
亮君が私と立花ちゃんに訊いてきた。
「う~ん、そうだね、このまま生ゴミで捨てるのはなんだし、灰は肥料にしようかな」
幸いにも、この家、すっごく大きくて立派な庭があるんだよね。つくづく、お母さんの男を見る目は確かだったわ。捨てられたけど。
「うん、それがいいよ。あっくん、確か、まだ苗を植えていない花壇があったよね?」
「ああ、あった」
幾つも花壇があるって、ほんとお金持ちだよね。
そんなことを思いながら、私は双子ちゃんの後ろを付いて歩く。一斗缶は亮君が持ってくれた。男の子だよね。少し歩くと、レンガで枠組みだけした花壇が見えてきた。
「三奈さんはなんの花が好き?」
立花ちゃんが振り向き訊いてくる。
「好きな花ね~そんなこと、考える余裕がなかったからよくわかんないけど……強いて言うなら、かすみ草かな」
「「かすみ草?」」
そんなに意外だったかな。
「お見舞いに来てくれた人が持って来てくれた花束の中に、必ず入ってたの、かすみ草。メインの花を目立たせる脇役だけど、小さくて、一杯花が咲いて、見てて幸せな気分になるんだよね。小さい願いがたくさん詰まったような気がしてね……ちょっと、イタいかな」
少し照れてしまう。こんな話したの、立花ちゃんと亮君だけだね。蓮君とは違う、大好きで大切な人たち。
始めは、あまり深く関わり合おうなんて思ってもいなかった。当たり障りのない、踏み込まない、表面上だけの付き合いにしようと考えていたの。その方が、お互いのためにいいでしょ。ましてや、私は死者で自分の父親の別れた女の子供だよ。内心、複雑だよね……
でも、そんな垣根を簡単に亮君と立花ちゃんは越えてきたの。そのキラキラした姿に、私は見惚れたのを今もはっきりと覚えている。二人とも、生命力が溢れ出てるんだよね。
勿論、シャッターアウトすることもできたけど、あまりにも双子ちゃんが真摯で必死だったから、私も絆されてしまった。気が付いたら、もう手遅れ状態。一回、胸の内に入るのを許したら駄目だよね……ほんと、私ってチョロいわ。
「そんなことないよ!! 全然イタくない!!」
立花ちゃんが必死で言う。ほんと、可愛い。思わず、頭よしよししちゃったよ。嫌がってないからいいかな。
「三奈さん、灰、細かくした方がいいかな?」
亮君が長い棒をどこからか持って来た。
「そうだね、その方が土とよく混ざるよね」
私たちは仲良く灰を細かくしてから、花壇に均等に撒いた。
不思議だね……
もうすぐ奇跡が終わるのに、私の心はとても穏やかで温かいもので満ちているの。これも皆、立木家のおかげだね。
私の人生、死んでからが本番だったみたい。短かったけど、とっても濃かったよ。
そして、幸せだった!!
「…………ありがとう。大好きだよ」
自然と出てきた言葉。私がそう呟いた時、突風が吹いた。
立花ちゃんと亮君が何か叫んでいる。近い距離なのによく聞き取れない。
あ……もう、実体化もできないのね…………
これが、私と亮君、立花ちゃんと過ごした最後の瞬間だったの。
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