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お母さんが帰ってきた
しおりを挟む居間のソファーに座って、スマホを弄りながらお菓子を摘んでいると、お母さんが前触れもなく突然帰って来た。
元々この家は、お父さんとお母さんが建てたものだから、いつ帰って来てもいいんだけどね……でもまさか、帰って来るとは思わなかったよ。
どういう、風の吹き回し?
なかなか酷い感想だけど、抱いてもいいよね。
お母さんの意図はわからないけど、私的にはラッキーだったのかな、お母さんに会えたのは。てっきり、最後まで会わずに逝くとばかり思っていたよ。正直、寂しかったんだよね。
お母さんが家族を辞めても、私にとってはまだ家族だもの、それなりにテンション上がるし、嬉しい気持ちにもなるよ。
「それより、なんて説明すればいいのよ!?」
内心凄く焦った。死んだはずの娘がいるのよ!! 焦るよ!!
あたふたしてしまい、隠れる暇もなく、お母さんは居間に入って来た。そして気付く。
もしかして、私のことが見えてないの……?
お母さんはソファーの上で固まっている私の前を、平気な顔で素通りして行く。視線さえ合わない。冷蔵庫を開けて首を傾げている。
『……あの女性の中で、三奈様は過去になったということでしょう』
ラキさんは、少しでも私が傷付かないように言葉を選んで教えてくれた。
あ~そういうことね。
私に全く興味も関心もない人は、私の存在を上手く認識することができない時があるの。ラキさん的に言えば、チャンネルが噛み合わないって話だけど……ちなみに、隣の家のおばさんは私を認識できるけど、会社員の息子さんは認識できないことがある。まぁそういう人は、私に限らず、他の人にも関心が薄いから、これまで特に問題も起きなかったし、騒がれることも、不快に感じることもなかった。
でも、さすがに今回は……
「地味にくるわね……」
実の親だもの。
か細い声でポツリと呟く。
何を期待してたんだろ。私って馬鹿だよね。わかりきっていたことじゃない。親を辞めた人に、親としての感情なんて残ってるわけないでしょ。
それでも、同情ぐらいあってもよかったよね……それも、高望みなの?
私はお母さんの姿を目で追っていたけど、途中で止めた。虚しくなってね。だって、お母さんは仏壇に一度も手を合わさない。視線すら送らないんだから、もう全てにおいて終わってるよね。
ここまでキッパリと断ち切られると、一層、清々しいわ。妙な期待を持たなくて済む。未練なんて抱かないで済むよ。
「…………やっぱり、買った覚えがないものが入ってるわね。あの人が買ってきたものかしら……まぁいいわ。もうすぐこの家を売りに出すし、その時、合鍵返してもらえばいいわね」
お母さんの独り言が耳に届いた。私は立ち上がり、フラフラとお母さんの後ろに立つと訊いた。
「この家を売りに出すの?」
私の声は、お母さんには届かない。霊感もないらしくて、振り返りもしない。
お母さんは冷蔵庫のドアを閉めると、一階の奥へと向かう。その部屋は、お母さんの寝室だった場所。今はもぬけの殻だけど。私はドアから、部屋を物色するお母さんを眺めていた。
「確か……ここに置いていたはず。あ、あったわ!!」
探していたのは判子だった。立派なケースに入った判子を確認すると、私をすり抜けて玄関に向かった。バンプスがタイルを蹴る音がする。
「これがないと、家売れないのよね~」
なるほど、そのために戻って来たんだ。
悲しいけど、本当にこの家はお母さんにとって、過去の遺物になったんだね。あっ今は、お金かな。
私は生活していた痕跡を隠そうとはしていなかった。実際は隠す暇なかったしね。飲みかけのペットボトル。食べかけのお菓子。雑誌もテーブルに置いたままだった。なのに、それらは全てスルーされちゃったよ。まるで、そこには何もなかったかのように。
「元々、目に入らないんだから、しょうがないよね」
玄関のドアが開き、お母さんは出て行った。最後まで、私の遺骨に手を合わせることはなかった。
『……三奈様』
「好きで病気になったわけじゃないのに。……ラキさん、私、前世でそんなに悪いことしたのかな?」
笑おうとしたけど、笑えなかった。ポロポロと涙が落ちる。泣き出した私の肩をラキさんは抱き寄せる。
『貴女は悪くはありません。限られた生を一生懸命生きた貴女を、悪く言う者などいません。私が言わせませんよ』
「……ラキさん、怒ってる?」
抱き寄せられているので顔は見れないけど、そんな気がして訊いてみた。
『怒ってはいません。ただただ、不快なだけです』
ラキさんらしい返答に、私は少しだけ笑みが浮かんだ。
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