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私に奇跡が舞い降りた理由
しおりを挟む胸の痛みと苦しみは治まらない。呼吸も苦しくなってきた。
まるで、水底にゆっくりと落ちて行く感じに似てる。最後の時に少し似てるかな。あの時は、足掻こうって考えすら思い浮かばなかった。ただ、ただ、眠りたかった。
でも今は違う。足掻きたい。だけど、足掻いても、足掻いても、私の手を掴み引き上げてくれる者はいなかった。
誰もね――
唯一いるとしたら蓮君だけ。でも、君にだけは頼めない。なら、沈んでいくしかないよね。底に達したらどうなるのかな?
『戻れなくなるだけです。そして、溶けて無になるだけです』
ラキさんの声が耳元でした。額が温かい。その時始めて、自分が抱き締められていることに気付いた。
いつもなら、恥ずかしいから払い除けたくなるのに、この時はそんな気持ちは湧いてこなかった。まるで、それが自然だったかのように、私はラキさんを受け入れていた。
その時になって、私は怖くなったの。必死で、ラキさんにしがみつく。ラキさんが安堵したのか、小さく息を吐き出した。漸く落ち着いてから、私は尋ねた。
「……戻れなくなる?」
尋ねたあと、私の右手に痺れに似た感触がしたの。ごく自然に、右手に視線を送って固まった。
「なっ、何これ!?」
痺れていた部分が半透明になっていたからだ。フローリングの床が透けて見える。
『落ち続ければ消えていましたよ。そして、水底に沈殿するヘドロに成り果てます。今の貴女の存在は、この世界の理の外のものですから』
「どういうこと……? だって、私は、今はここにいていいって……」
違うの!? 私はここにいたらいけない存在なの!?
『いても構いません。期間内だけなら、三奈様がこの世界に留まり、人として暮らすことを咎める者はいません。だから、安心してください』
抱き締めるラキさん腕に力が入る。少しの苦しさと温かさで、なぜか、私の右手の痺れがとれた。
元に戻ってる!? よかったけど、どうして!?
「でも、理の外の者って……」
間違いなく、そう言ったよね。戻ったことは嬉しかったけど、疑問だけが残る。怖いけど、私は訊くことにした。
『理の外の者ですよ。その点で言えば、私もそうなりますね。生きとし生けるもの、皆死ぬと冥界に行き裁判を受け、時が来れば、再度輪廻転生の輪に入る。それが、この世界の理です。それは、理解できますか?』
優しく語りかけてくれるラキさんの声が、私を落ち着かせてくれる。だから、素直に聞けた。
「うん、それならわかる」
私は小さく頷いた。
『輪廻転生の輪に入っていないのだから、理の外にいるのは理解できますね』
「でもそれは、四十九日間は許されるんだよね」
『はい、猶予が与えられています。でも、普通の死者は生前のような暮らしをしていても、飲食したり、寝たり、生者と触れ合ったりはできません』
ラキさんがいいたいことはわかる。でも、そういうのを全部引っくるめて、奇跡で特例じゃないの?
「確かにそうだけど、それは特例だって」
『特例です。だとしても、本来なら、できない奇跡を体現しているのです。それだけで、危うく脆い存在なのですよ。自分をしっかりと持っていないと、簡単に弾き飛ばされます』
「……あぁ、だから、ラキさんが傍にいるのね?」
『ほぼ正解です。なら、何故、三奈様の身に、このような奇跡が舞い降りてきたのか、理由はわかりますか?』
そう改めて訊かれて、なんとなくわかった気がする。一瞬でも、水底にうごめくものの存在を感じたからからかな。ストンって、答えが落ちてきたよ。
「……ラキさんが声をかけてくれなかったら、私はヘドロになっていたのね」
そう……あの時の私は、無、そのものだったわ――
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