私は最後まで君に嘘をつく

井藤 美樹

文字の大きさ
上 下
11 / 60

導き手のラキさん

しおりを挟む

 突然聞こえた声に、私は驚かない。声をかけてきた彼を知っているからだ。そして、彼に常識が通じないこともよく知っていた。

「この前も言ったと思いますけど、一応、私の許可をとってから姿を現してくれませんか? ラキさん」

 溜め息を吐いてから、嫌そうに、私は目の前にいるラキさんに一応言っておく。返ってくるのは同じ内容だけどね。

『許可してくれるかわからないことに、わざわざ時間はかけるのはおかしくありませんか? それに、私は常に三奈様の側に控えていますのに』

 やっぱり、この男に女子高生の、ちょっとした心の機微なんてわかりはしない。そもそも、人間じゃないしね。まぁでも、姿を見せるか見せないかだけで、常に一緒にいるんだから、ラキさんにとっては、同じなんだろうね。

「確かにね。たぶん、ラキさんには一生わかんないと思うわ」

『一生とは酷いですね。まぁ三奈様の仰る通り、まだ些細な心の機微や恥じらいなどは、わかりにくい感情ではありますね。例えば……矛盾するようなことを口にしたりとか』

 茶化してる気はしない。本当にわからなそうな感じね。私より十歳は上に見えるリーマン風な人が、無表情で腕を組み、首を傾げている。

「私もわからないわよ。でも、それが人間じゃないの」

 自分で自分の気持ちがわからなくなる。

 秘密がバレないよう嘘を突き通そうと決めたのに、不意にバレてしまう行動をとる。私が想像しているよりも、心が悲鳴を上げているのかもしれない。

 それもみな、私の想像でしかない。

 色々なことを経験し、経験値を上げていれば、多少なりともわかるかもしれないし、答えを導くヒントが何か知ることができるかもしれない。小さな世界の中でしか生きてこなかった私にとって、そもそも、心が悲鳴を上げるって感覚がわからないの。

 ラキさんに偉そうなこと言えないよね。

『正解がないということですか……私から見れば、かなり、不器用にしか見えませんけどね』

 完全な傍観者で導き手だからか、ズバリと切り込んでくるんだよね。よっぽど、私より人間らしいって思ってしまう。長年、人の傍にいるからかな。でも、そうか……

「不器用か……うん、そうだね。生き方に正解なんてないわ。あったら、つまんない」

 ラキさんと話していると、何故か心が整理されていくの。本棚に項目ごとに本が並べられていく感覚に似てるかな。そして、不安定な状態の私が、徐々に安定していくのを実感する。

 それが、ラキさんの仕事。

 その点でいえば、腕がいいのかな。周囲に誰もいない状態でしか話せないのが不便だけど、それがきまりだから仕方ないよね。

『つまらないですか? 間違いのない人生を知っていれば、とても生きやすいと思いますが』

 どこかの漫画のユートピアみたいね。

「……確かに、生きやすいね。だとしたら、人は皆その道を歩くし、ラキさんの仕事も楽になるわね。でもそれは、考えることを放棄したから得られる世界だよね」

『窮屈ではなく、考えることを放棄した世界ですか……』

 想像していた答えと違ったみたい。ラキさんは少し考え込んでる。

「ラキさんもよく知ってると思うけど、私って、ずっと病院にいたじゃない。真っ白なカーテンに、真っ白な壁、一色に統一された部屋。まぁ、病室なんて、みんなそんなものだけど……似てると思わない? 間違いのない人生に」

『三奈様は、そう感じるのですね』

 無表情だけど、ラキさんの声は柔らくて温かい。

「……うん。護られてるけど、縛られてる。だから、一度でいい、鎖を解いて、色のある世界を見てみたかったの」

 ラキさんと初めて会った時、彼は私に何をしたいか訊いてきた。その時から、私は同じことを言っている。

『彼のおかげで、さらに鮮明となったわけですね』

「なっ!?」

 いきなり、なに恥ずかしいこと言ってるよ!! 間違いじゃないけど。

『間違ってはいませんよね。ただ、夢は必ず覚めることだけは忘れぬようにしてくださいね、三奈様』

 そう告げると、ラキさんは姿を消した。でも、彼の気配はする。

「……浮かれていた気持ちに釘を刺されちゃったな」

 小さい声で呟いても、ラキさんには聞こえているよね。ほんと、プライバシーないね。それでも、残された日にちを口にしないのは、ラキさんなりの気遣いかもしれない。

 ちょっと、胸が痛いな……




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

処理中です...