私は最後まで君に嘘をつく

井藤 美樹

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導き手のラキさん

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 突然聞こえた声に、私は驚かない。声をかけてきた彼を知っているからだ。そして、彼に常識が通じないこともよく知っていた。

「この前も言ったと思いますけど、一応、私の許可をとってから姿を現してくれませんか? ラキさん」

 溜め息を吐いてから、嫌そうに、私は目の前にいるラキさんに一応言っておく。返ってくるのは同じ内容だけどね。

『許可してくれるかわからないことに、わざわざ時間はかけるのはおかしくありませんか? それに、私は常に三奈様の側に控えていますのに』

 やっぱり、この男に女子高生の、ちょっとした心の機微なんてわかりはしない。そもそも、人間じゃないしね。まぁでも、姿を見せるか見せないかだけで、常に一緒にいるんだから、ラキさんにとっては、同じなんだろうね。

「確かにね。たぶん、ラキさんには一生わかんないと思うわ」

『一生とは酷いですね。まぁ三奈様の仰る通り、まだ些細な心の機微や恥じらいなどは、わかりにくい感情ではありますね。例えば……矛盾するようなことを口にしたりとか』

 茶化してる気はしない。本当にわからなそうな感じね。私より十歳は上に見えるリーマン風な人が、無表情で腕を組み、首を傾げている。

「私もわからないわよ。でも、それが人間じゃないの」

 自分で自分の気持ちがわからなくなる。

 秘密がバレないよう嘘を突き通そうと決めたのに、不意にバレてしまう行動をとる。私が想像しているよりも、心が悲鳴を上げているのかもしれない。

 それもみな、私の想像でしかない。

 色々なことを経験し、経験値を上げていれば、多少なりともわかるかもしれないし、答えを導くヒントが何か知ることができるかもしれない。小さな世界の中でしか生きてこなかった私にとって、そもそも、心が悲鳴を上げるって感覚がわからないの。

 ラキさんに偉そうなこと言えないよね。

『正解がないということですか……私から見れば、かなり、不器用にしか見えませんけどね』

 完全な傍観者で導き手だからか、ズバリと切り込んでくるんだよね。よっぽど、私より人間らしいって思ってしまう。長年、人の傍にいるからかな。でも、そうか……

「不器用か……うん、そうだね。生き方に正解なんてないわ。あったら、つまんない」

 ラキさんと話していると、何故か心が整理されていくの。本棚に項目ごとに本が並べられていく感覚に似てるかな。そして、不安定な状態の私が、徐々に安定していくのを実感する。

 それが、ラキさんの仕事。

 その点でいえば、腕がいいのかな。周囲に誰もいない状態でしか話せないのが不便だけど、それがきまりだから仕方ないよね。

『つまらないですか? 間違いのない人生を知っていれば、とても生きやすいと思いますが』

 どこかの漫画のユートピアみたいね。

「……確かに、生きやすいね。だとしたら、人は皆その道を歩くし、ラキさんの仕事も楽になるわね。でもそれは、考えることを放棄したから得られる世界だよね」

『窮屈ではなく、考えることを放棄した世界ですか……』

 想像していた答えと違ったみたい。ラキさんは少し考え込んでる。

「ラキさんもよく知ってると思うけど、私って、ずっと病院にいたじゃない。真っ白なカーテンに、真っ白な壁、一色に統一された部屋。まぁ、病室なんて、みんなそんなものだけど……似てると思わない? 間違いのない人生に」

『三奈様は、そう感じるのですね』

 無表情だけど、ラキさんの声は柔らくて温かい。

「……うん。護られてるけど、縛られてる。だから、一度でいい、鎖を解いて、色のある世界を見てみたかったの」

 ラキさんと初めて会った時、彼は私に何をしたいか訊いてきた。その時から、私は同じことを言っている。

『彼のおかげで、さらに鮮明となったわけですね』

「なっ!?」

 いきなり、なに恥ずかしいこと言ってるよ!! 間違いじゃないけど。

『間違ってはいませんよね。ただ、夢は必ず覚めることだけは忘れぬようにしてくださいね、三奈様』

 そう告げると、ラキさんは姿を消した。でも、彼の気配はする。

「……浮かれていた気持ちに釘を刺されちゃったな」

 小さい声で呟いても、ラキさんには聞こえているよね。ほんと、プライバシーないね。それでも、残された日にちを口にしないのは、ラキさんなりの気遣いかもしれない。

 ちょっと、胸が痛いな……




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