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君に一歩近付けた日
しおりを挟む人ってね……大切な人が大切になればなるほど、苦しい時、微笑んでしまう悲しい生き物なんだと、私は思うの。自分がそうだったからね。
まだ、我儘や辛いって言えるのは、身体や心に余裕がある時で、ある一線を超えると途端に言えなくなるの。
吐き出したくても、吐き出せない。
泣きたくても、泣けない。
叫びたくても、叫べない。
一つでもしてしまったら、大切な人の心の均衡を崩してしまうから。一度崩してしまうと、大切な人は私に会いに来てくれなくなるから。
苦しくても、激痛が走っても言葉を飲み込むの。
ガラスを誤って飲み込んでしまったかのように、身体の中を傷付けながら。
そして、大切な人が安心する呪文を唱えるの。何度も、何度も、「大丈夫」って唱えながら微笑むの。
でも、今は違う。
呪文を唱えながら微笑んでいるまでは一緒。だけど、これは蓮君を思ってのことじゃない。百パーセント自分のため。私の心の痛みを気付かれないように、嘘がバレないように、私は「大丈夫」と呪文を唱えながら微笑むの。
気付かれたら、おしまいだから――
「これ食べたら、もう一周回るか?」
上手く笑えてるよね。隠せてるよね。
「いいの!? だったら、クラゲ見に行きたい。後、ジンベエザメも。蓮君は?」
訊いてるのに、反応がない。もしかして、笑えてなかった? ここで、無言は止めて欲しい。ビクビクしちゃうから。
「蓮君、どうかしたの? 私、変なこと言った?」
「いや……別におかしなことは言ってねーよ」
歯切れ悪いな~
私と視線合わせないようにしてるし。不安がさらに増す。
「なら、いいけど。二人で来ているんだから、蓮君も楽しまなきゃ。入園料払ってるんだから勿体ないよ」
「そうだな」
そう答えると、蓮君笑ったんだよ。
意地悪な笑みや馬鹿にした笑みじゃなくて、素の笑み。ほんの少し口角が上がっただけなんだけどね。見とれちゃったよ。写真やビデオに録画しておけばよかった~そうすれば、いつでも見返したのに。頭の中に刻み込むだけじゃ心許ないよ。
「じゃあ、蓮君はどこにいきたいの? 交互に行こうよ」
「……お前と同じでいい」
ということは、私と好みが一緒ってことだよね。超感激!! 気を使っただけなら泣くよ。
ところでさ……一緒に館内を見てイルカショーを見て、一緒に楽しくランチしてるのに、なんで、仇を目の前にしたような表情してるの。
「ほんとに? 無理してない? もしかして、私に気を使ってるの?」
「いや、そうじゃねーよ。俺の意見、訊かれたの初めてだったから、ちょっと吃驚しただけだ」
マジで……びっくりしただけで、その顔。絶対、誤解されるよ、彼女や友だちに。
それよりも、訊かれないってなに!?
普通訊くよね。ま、まさか、蓮君虐められてる? いや、そもそも蓮君って虐められるタイプじゃない。ちゃんと反撃できるもの。だとしたら……もしかして、怖がられてるの!? そう言えば、私にも「怖くないか」って訊いてきたよね。
あれ、マジだったんだ……
「……蓮君、私はちっとも怖くないからね。だから、安心してね」
「なんか、すげームカつく」
うんうん、そんなに睨んでも怖くないよ。気不味いのと照れが一緒になっただけだよね。私にはわかるよ。
「大丈夫、私にはわかってるから」
ニコッと微笑みながら言ったら、よほど気に食わなかったのか、チッと舌打ち打ってから、テーブルに置かれた伝票を掴み勝手にレジへと向かった。
「ちょっと!! 私が払うって言ったよね!?」
そう文句を言った時、ペイペイの決済音がした。
「もう払った。行くぞ」
そう言うと、さっさとお店を出ていく。今度は私が追いかける番になった。それは館内も。私が追い付ける最大の速さで、蓮君はスタスタと歩く。
なんかさ……そういう、さり気ない優しさを見せ付けられるとね、完全敗北しそうになっちゃうの。打算も計算もなしに、自然とできるあたりが、蓮君なんだよね……ほんと、困るよ。
でも、君に一歩近付けたって思えたから、収穫はあったよね。
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