5 / 60
君に一歩近付けた日
しおりを挟む人ってね……悲しい生き物だと思うの。
大切な人が大切になればなるほど、苦しい時、心配掛けたくなくて微笑んでしまう。自分のせいで、大切な人の表情を曇らせたくないから微笑む。大切だからこそ、自分の感情を無理矢理に抑え込む。
自分が傷付いてもね。私もそうだった。
まだ、我が儘や辛いって胸の内を言えるのは、身体や心に余裕がある時で、ある一線を超えると途端に言えなくなるの。
吐き出したくても、吐き出せない。
泣きたくても、泣けない。
叫びたくても、叫べない。
一つでもしてしまったら、大切な人の心の均衡を崩してしまうから。一度崩してしまうと、大切な人は私に会いに来てくれなくなるから。
苦しくても、激痛が走っても言葉を飲み込むの。
ガラスを誤って飲み込んでしまったかのように、身体の中を傷付けながら。
そして、大切な人が安心する呪文を唱えるの。何度も、何度も、「大丈夫」「ありがとう」って唱えながら微笑むの。
でも、今は違う。
呪文を唱えながら微笑んでいる所までは一緒。だけど、これは蓮君を思ってのことじゃない。百パーセント自分のため。私の心の痛みを気付かれないように、嘘がバレないように、私は「大丈夫」「ありがとう」と呪文を唱えながら微笑むの。
気付かれたら、おしまいだから――
「これ食べたら、もう一周回るか?」
上手く笑えてるよね。隠せてるよね。
「いいの!? ありがとう。だったら、クラゲ見に行きたい。後、ジンベエザメも。蓮君は?」
訊いてるのに、反応がない。もしかして、笑えてなかった? ここで、無言は止めて欲しい。ビクビクしちゃうから。
「蓮君、どうかしたの? 私、変なこと言った?」
「いや……別におかしなことは言ってねーよ」
歯切れ悪いな~
私と視線合わせないようにしてるし。不安がさらに増す。
「なら、いいけど。二人で来ているんだから、蓮君も楽しまなきゃ。入園料払ってるんだから勿体ないよ」
「そうだな」
そう答えると、蓮君笑ったんだよ。
意地悪な笑みや馬鹿にした笑みじゃなくて、素の笑み。ほんの少し口角が上がっただけなんだけどね。見とれちゃったよ。写真やビデオに録画しておけばよかった~そうすれば、いつでも見返したのに。頭の中に刻み込むだけじゃ心許ないよ。
「じゃあ、蓮君はどこにいきたいの? 交互に行こうよ」
「……お前と同じでいい」
ということは、私と好みが一緒ってことだよね。超感激!! 気を使っただけなら泣くよ。
ところでさ……一緒に館内を見て、イルカショーを見て、一緒に楽しくランチしてるのに、なんで、仇を目の前にしたような表情してるの。
「ほんとに? 無理してない? もしかして、私に気を使ってるの?」
「いや、そうじゃねーよ。俺の意見、訊かれたの初めてだったから、ちょっと吃驚しただけだ」
マジで……吃驚しただけで、その顔。だったら、絶対誤解されるよ、彼女や友だちに。
それよりも、訊かれないってなに!?
普通訊くよね。ま、まさか、蓮君虐められてる? いや、そもそも蓮君って虐められるタイプじゃない。ちゃんと反撃できるでしょ。だとしたら……もしかして、怖がられてるの!? そう言えば、私にも「怖くないか」って訊いてきたよね。
あれ、マジだったんだ……
「……蓮君、私はちっとも怖くないからね。だから、安心してね」
「なんか、すげームカつく」
うんうん、そんなに睨んでも怖くないよ。気不味いのと照れが一緒になっただけだよね。私にはわかるよ。
「大丈夫、私にはわかってるから」
ニコッと微笑みながら言ったら、よほど気に食わなかったのか、チッと舌打ち打ってから、テーブルに置かれた伝票を掴み勝手にレジへと向かった。
「ちょっと!! 私が払うって言ったよね!?」
そう文句を言った時、ペイペイの決済音がした。
「もう払った。行くぞ」
そう言うと、さっさとお店を出て行く。今度は私が追いかける番になった。それは館内も同じ。私が追い付ける最大の速さで、蓮君はスタスタと歩く。
なんかさ……そういう、さり気ない優しさを見せ付けられるとね、完全敗北しそうになっちゃうの。打算も計算もなしに、自然とできるあたりが、蓮君なんだよね……ほんと、困る。
会って数時間しか経ってないのに、これ以上好きにさせてどうするつもりよ。
でも、君に一歩近付けたって思えたから、収穫はあったよね。
31
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる