1 / 60
私は君に嘘を吐く
しおりを挟む無機質な部屋。
あるのは、リクライニングができる鉄製のシングルベットと小さなテレビ、備え付けの小さな棚だけ。
そこが、私の世界。
私の全て――
まるで、繭の中のような世界。
繭か……似てるわね。色がないところも。ううん、違うわ。色はあるの。ただ……一色なだけ。私は人生の大半を、白色に囲まれた世界の中で生きてきた。
だから、花の匂いも風の匂いも、雨が降った後のコンクリートの焦げた匂いも知らない。もちろん、クレープ屋さんとかのお菓子の甘い匂いも知らない。だって、嗅いだことがないから。知っているのは、消毒液の匂いだけ。
でもね、やっと私は色と匂いがある世界に出られるの。
期限付きだけどね。
だから、私はその期限内、精一杯生きることを決めたの――
三月の半ば、蓮君が期末テストの補習で遅くなったので、今日はコンビニで買った肉まんを二人で公園で食べることにした。少し風は冷たいけど、ポカポカ陽気だから寒くない。
ホカホカの肉まん美味しいな。
食べることに夢中になっていると、蓮君が唐突に喧嘩を吹っかけてきた。
「前から思ってたけど、お前悩みねーだろ」
それ、女子や友だちに言ったら絶対嫌われるワードだからね。まぁ、心が広い私は許してあげるけど。
そんな失礼なことを言ってきたのは、北林蓮君。私が外の世界に出て、初めて話した同年代の男子。今は遊び仲間かな。口は悪くて、目付きも悪くて、態度も悪いけど、本当は誰よりも優しくて、世話好きで心が温かい人。
そして、私が大好きな人。
「失礼な、悩みぐらいはあるわよ。でもね、今が楽しくて、悩みが全部吹っ飛んじゃうんだよね~」
素直に答えたら、なんか、残念な子を見るような目をされたよ。
「吹っ飛ぶんだったら、悩みねーのと一緒だろ」
冷静な突っ込みありがとう。
呆れながらも、私の話し相手をしてくれる。こんな面倒くさい女ほっとけばいいのに。心配するほど優しい人だよ、蓮君って。
「悩みぐらいあるわよ!! これでもね」
怒って見せたら、蓮君に鼻で笑われた。
「本当か~どうせ、たいしたことじゃないんだろ? 明日の放課後、なにを食べるかぐらいじゃねーの」
図星を刺されて、私はグッと黙り込む。
「悪かったわね!! それが楽しみなんだから、別にいいじゃない!!」
「キャンキャンうるせーな。わかったよ、それで、明日、なにが食いたいんだ?」
当たり前のように一緒に行こうと誘ってくれた。とっても嬉しい。でも、それを素直に表現できない。恥ずかしくて!! 蓮君は、私のこと手のかかる幼稚園児にしか思ってないの、知ってるから。そう思われても仕方ないんだけどね。
「駅前にできた、新作ケーキが食べたい!! 苺が贅沢に使われてて、すっごく美味しそうなの」
素直にそう答えると、めっちゃ嫌な顔をされた。
「また、甘いのかよ。俺、甘いの苦手だって言ってるよな」
女子相手に凄むのは止めようよ、蓮君。
「だったら、コーヒー飲んでたらいいじゃん。私は新作ケーキ食べるから」
「チッ、しょうがねーな」
舌打ちして文句を言いながらも付き合ってくれるんだよね、連君って。
「ありがとう、蓮君」
ニコッって笑うと、蓮君照れるんだよね。その顔が見たくて、必要以上に笑顔になるの。知ってた。
蓮君は知らない。君のちょっとした仕草や、表情や声が、私の宝物だって。美味しいお菓子も、今は君と一緒のテーブルで食べるから幸せで美味しいんだよ。
そんな優しい君に、私は言えない秘密があるの。
そして、この瞬間も私は君に嘘を吐いている。
33
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
転校して来た美少女が前幼なじみだった件。
ながしょー
青春
ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。
このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。
コミュ障な幼馴染が俺にだけ饒舌な件〜クラスでは孤立している彼女が、二人きりの時だけ俺を愛称で呼んでくる〜
青野そら
青春
友達はいるが、パッとしないモブのような主人公、幸田 多久(こうだ たく)。
彼には美少女の幼馴染がいる。
それはクラスで常にぼっちな橘 理代(たちばな りよ)だ。
学校で話しかけられるとまともに返せない理代だが、多久と二人きりの時だけは素の姿を見せてくれて──。
これは、コミュ障な幼馴染を救う物語。
毎日更新します。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
ただ巻き芳賀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる