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私は君に嘘を吐く

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 無機質な部屋。

 あるのは、リクライニングができる鉄製のシングルベットと小さなテレビ、備え付けの小さな棚だけ。

 そこが、私の世界。

 私の全て――

 まるで、繭の中のような世界。

 繭か……似てるわね。色がないところも。ううん、違うわ。色はあるの。ただ……一色なだけ。私は人生の大半を、白色に囲まれた世界の中で生きてきた。

 だから、花の匂いも風の匂いも、雨が降った後のコンクリートの焦げた匂いも知らない。もちろん、クレープ屋さんとかのお菓子の甘い匂いも知らない。だって、嗅いだことがないから。知っているのは、消毒液の匂いだけ。

 でもね、やっと私は色と匂いがある世界に出られるの。

 期限付きだけどね。

 だから、私はその期限内、精一杯生きることを決めたの――



 三月の半ば、蓮君が期末テストの補習で遅くなったので、今日はコンビニで買った肉まんを二人で公園で食べることにした。少し風は冷たいけど、ポカポカ陽気だから寒くない。

 ホカホカの肉まん美味しいな。

 食べることに夢中になっていると、蓮君が唐突に喧嘩を吹っかけてきた。

「前から思ってたけど、お前悩みねーだろ」

 それ、女子や友だちに言ったら絶対嫌われるワードだからね。まぁ、心が広い私は許してあげるけど。

 そんな失礼なことを言ってきたのは、北林蓮君。私が外の世界に出て、初めて話した同年代の男子。今は遊び仲間かな。口は悪くて、目付きも悪くて、態度も悪いけど、本当は誰よりも優しくて、世話好きで心が温かい人。

 そして、私が大好きな人。

「失礼な、悩みぐらいはあるわよ。でもね、今が楽しくて、悩みが全部吹っ飛んじゃうんだよね~」

 素直に答えたら、なんか、残念な子を見るような目をされたよ。

「吹っ飛ぶんだったら、悩みねーのと一緒だろ」

 冷静な突っ込みありがとう。

 呆れながらも、私の話し相手をしてくれる。こんな面倒くさい女ほっとけばいいのに。心配するほど優しい人だよ、蓮君って。

「悩みぐらいあるわよ!! これでもね」

 怒って見せたら、蓮君に鼻で笑われた。

「本当か~どうせ、たいしたことじゃないんだろ? 明日の放課後、なにを食べるかぐらいじゃねーの」

 図星を刺されて、私はグッと黙り込む。

「悪かったわね!! それが楽しみなんだから、別にいいじゃない!!」

「キャンキャンうるせーな。わかったよ、それで、明日、なにが食いたいんだ?」

 当たり前のように一緒に行こうと誘ってくれた。とっても嬉しい。でも、それを素直に表現できない。恥ずかしくて!! 蓮君は、私のこと手のかかる幼稚園児にしか思ってないの、知ってるから。そう思われても仕方ないんだけどね。

「駅前にできた、新作ケーキが食べたい!! 苺が贅沢に使われてて、すっごく美味しそうなの」

 素直にそう答えると、めっちゃ嫌な顔をされた。

「また、甘いのかよ。俺、甘いの苦手だって言ってるよな」

 女子相手に凄むのは止めようよ、蓮君。

「だったら、コーヒー飲んでたらいいじゃん。私は新作ケーキ食べるから」

「チッ、しょうがねーな」

 舌打ちして文句を言いながらも付き合ってくれるんだよね、連君って。

「ありがとう、蓮君」

 ニコッって笑うと、蓮君照れるんだよね。その顔が見たくて、必要以上に笑顔になるの。知ってた。

 蓮君は知らない。君のちょっとした仕草や、表情や声が、私の宝物だって。美味しいお菓子も、今は君と一緒のテーブルで食べるから幸せで美味しいんだよ。

 そんな優しい君に、私は言えない秘密があるの。

 そして、この瞬間も私は君に嘘を吐いている。

 

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