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第四章 田舎娘と古代竜
黒竜王様の住処
しおりを挟む私は……一生、この景色を忘れないと思う。
洞窟を抜けた先は、緑が溢れた世界だったの。
自然と私は足を止め、目を大きく見開く。この時の私は、目の前の光景に完全に心が奪われていた。
なんて表現をしたらいいのかな。言葉が浮かばない。言葉にできない。ただ……心に、魂に焼き付けられたことは間違いないから。それくらい衝撃的な場所だったの。
森とまではいわないけど、所々木が生えていて、細いけど道があった。道の脇には石でできた塀みたいなものもチラホラと見える。ここに家が何戸か建っていたら、村って紹介されてもおかしくない。そんな場所。夜なのにって思うでしょ。でもね、月明かりと仄かに光る小さな光の玉で、この場所全体が薄っすらと光って見渡すことができたの。
「……ここは? それに、月明かり」
「ここは、元噴火口だ。今は死火山だがな。あの光る玉は妖精の痕跡とタルノだ」
「……妖精がいるんですか?」
初めて見たよ、妖精の痕跡を。
「特に珍しくはないだろ?」
「いやいや、とても珍しいですよ!!」
私は黒竜王様の言葉を否定する。学術書の中では、妖精の存在はさほど貴重なものとはされてはいないけど、実際、目にすることはないからね。特別に見る力が必要なのかどうかもわかってないし。
『まぁ、まず人の目には触れにくいよね。妖精って、自然の力が満ちている所を特に好むから。反対に人は便利さを求めるから、接点はないよね』
ハクアが教えてくれた。
「そうなんだ。そもそも、住む場所が真逆みたいだし、無理だよね」
納得だよ。タルノは綺麗な水辺でしか生息できない昆虫だからね。ほんの少しでも水が汚れたら、死んでしまう小さな昆虫。タルノが生息できる水源って、人が絶対立ち入れない場所だからね。ちなみに、お尻が光ってるんだよ。
「ユーリア、我の住処はなかなか良いだろ」
前を浮かぶ黒竜王様が言った。
「とっても素敵です!!」
間髪入れずに答えたね。
「そうか、そうか、そう言ってもらえると、我も嬉しいぞ」
黒竜王様、とっても嬉しそう。この地が大好きなんだって思ったよ。その気持ち、少しわかるな。
案内されたのは、こじんまりとしているけど、懐かしいと思えるような丸太でできた家だった。
家の前には、なにも植わってはいないけど畑があって、その脇には小川が流れていた。そして、畑のそばには、さっき食べた赤い果物の木と緑の果物の木が植わっていた。
「……狼さんが持って来てくれた果物って、ここのだったんだ」
小さい声で呟いたのに、黒竜王様には届いたみたい。
「美味しかったであろう。リコの実とシナの実の原木じゃ」
原木って言われても、よくわかんない。でも、凄く貴重なものだっていうのはわかったよ。
「貴重なものをありがとうございます、黒竜王様」
「まだ、いっぱいあるぞ、食べるか?」
黒竜王様がそう訊いてきた時だった。ドアが開いた。中から出てきたのは、メイド服を着た人形のような綺麗な女性だった。
「お帰りまさいませ、黒竜王様。聖獣様とユーリア様ですね、お待ちしておりました」
メイドさんは頭を下げ、私たちを室内に招き入れてくれた。
「あ、ありがとうございます」
私はそう答えると室内に入る。
室内は温かい雰囲気がするものだった。どこか家庭的な。木の良い匂いと甘い匂いがする。所々に優しさを感じるのは、このメイドさんと黒竜王様の人柄なのかな。そんな人柄の黒竜王様が強引なことをしたことに、少しだけ違和感を感じた。
「適当に座ってくれ」
そう言われ、私は四人掛けの椅子の一つに座った。私の隣りの椅子に抱いていたハクアを下ろす。狼さんとリスさんは床の上でくつろいでいる。腹吸いさせてくれないかな……
メイドさんが紅茶を淹れてくれた。マグカップに入った紅茶からリコの実の香りがする。良い匂い。初めてだった。貴族様はバラとかジャムを入れたりするっていうのは聞いたことがあるけど。それって美味しいのかな?
「いただきます」
そうお礼を言ってから一口飲んでみた。口いっぱいに、リコの実の香りと甘さ、酸っぱさが広がったの。思わず、満面な笑みが浮かぶ。
「美味しい!! とても美味しいです!!」
私がそう言うと、メイドさん、少しビックリしたようで目が大きくなったけど、すぐに人形のような表情に戻った。
「ありがとうございます、ユーリア様」
メイドさんは嬉しかったのかな。テーブルの上に、リコの実を使ったお菓子とケーキが何皿も並んだの。
人間、美味しいものを食べてる時って、すっごく顔が緩むんだよ。だから、私の顔もだらしないほど緩んでたと思う。お土産でもらえないかな。セシリアたちにもあげたいんだよね。
「マヨイ、いくつかお土産用に包んでおけ」
「畏まりました」
奥に引っ込んじゃった。マヨイっていうんだ、あのメイドさん。奥に引っ込めたってことは、話が始まるのかな。
「まず、こんな強引な真似をしてすまない」
向かいに座った黒竜王様は、マグカップをテーブルに置くと固い声でそう口を開いた。
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