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68 幸せの理由
しおりを挟む日向さんは一度も振り返らずに三階に向かった。
未歩ちゃんも……
……そして、陽平さんも。
私は家族として、皆を半泣きの笑顔で見送ってきた。陽平さんは最後に抱き締めてくれたよ。若くなっても匂いと温かさは変わらなかったな。
とうとう、私一人を残して、皆逝っちゃった……
寂しいけど、寂しくはない。
矛盾してるよね。でもね、これが正直な気持ちなの。だって、この寂しさは永遠には続かないことを、私は知っているから。
ずいぶんと小さくなった自分の手。着る服も子供服になったよ。声も高くなった。
一年後は私の番。
だから、私は笑っていられるわ。幸せな記憶はたくさん皆から貰ったから、私はちっとも寂しくない。一緒に強さも貰ったしね。
規則的に聞こえる波の音が心地良い。
黄昏時や夜の海は神秘的過ぎて、少し怖いと思っていたけど、今は怖くはなかった。頭を空っぽにして、ボーとするには最適な場所かもしれない。
「…………ここに、いたのか?」
ボーとしていたら、怒ったような、どこかホッとしたような声が頭上からした。その声を私はよく知っている。
「兄さん、もしかして、探してくれたの?」
探し回ったのか、息が切れて、全身に汗をかいている兄さんに、私は驚きながら返事する。
「探すに決まってるだろ!! 今日は家に帰るって言ってたのに、戻ったらいなかったんだ!! 心配するに決まってるだろ!!」
メチャクチャ怒鳴られた。
兄さんが、今まで以上に私を心配する気持ちはわかる。
数時間前、私は兄さんとお祖父ちゃんと一緒に、陽平さんを見送ったばかりだからね。
もしかして、後を追うと思ったのかな。衝動的に。そんな心配はいらないんだけど。一年後には、私もそこに行くわけだし。
「散歩に行くって書き置きしてたんだけど……」
弁明はするわよ。心配するかもって思って、一応テーブルに残してたんだけど……その様子を見たら、気付かなかったみたいね。
「そんなのなかった!!」
そう言われても、ちゃんと置いたからね。
「風で下に落ちたかもね。……心配かけてごめんなさい」
素直に謝る私の頭を、兄さんはクシャと掻き回し抱き締めた。
「無事ならいい」
ホッとした様子の兄に、過保護なところは変わらないわね、と私は思う。
「兄さん、ありがとう」
私はニコッと笑う。屈託のない笑顔を見て、兄さんは固まった。
「…………兄さん?」
私は首を傾げ、固まった兄さんの顔を下から覗き込む。
眉間に深い皺を寄せた兄さんの顔があった。怒りではなく、何かを必死に我慢しているような表情だった。まるで泣きそうな……
「……なぜ、笑えるんだ?」
兄さんの質問に、私は再度首を傾げる。
「幸せだからだよ」
考えるまでもなく答える。
「…………」
にっこりと微笑むと、兄さんは言葉に詰まってしまった。唇を強く噛み締めている。
ほんと、兄さんって真面目で、優しくて不器用なんだから。幸せはここにもあるの。自分を許せなくて愛せない兄さんには、いまいちわかりにくいかもしれないけど。だから、私は兄さんに伝わるように言葉にする。
「兄さん、この奇病を患うまで、私は灰色の世界で生きていたわ。……繰り返される単調な生活。毒親への恐怖。この世界は色に溢れていると知りながらも、私の目に映るのは灰色の世界だったの。それが普通だと思ってた。でもね、この離島に来て、日向や未歩、陽平さんに出会って、この離島の住人たちの温かい心に触れて、目の前に広がる世界がキラキラと光って見えたの。この世界の色を見ることができたんだよ。それって、すっごく幸せなことだと思わない?」
一度、この色と光を見たら、元の灰色の世界なんて戻れないわ。
「……色のある世界か……それは幸せだな。俺には見えない世界だが」
泣きそうな表情をする兄さん。
私は首を左右に振ると否定した。
「諦めないで。兄さんにも見える日が来るよ。兄さんが自分を許して、愛せるようになったらね。だって、兄さんも私の世界に彩りを与えてくれた一人なんだよ」
時間はかかるかもかもしれない。でも、兄さんならできるって信じてる。だって、私の兄さんだもの。
離島に来る前は、私は自分を愛せずにいたわ。否定さえしてた。自己評価も低かった。こんな私に、幸せはやって来ないとさえ思っていたの。
でもね……そんな私を、陽平さんたち皆が無条件で肯定してくれた。
色眼鏡もなしに、真正面から向き合い見てくれたの、誰でもできることじゃないよね。
だから、私は素直になれた。
嫌いな自分を愛してみようと思ったの。そして、少しづつだけど、傷付かないように幾重にも武装していた鎧を、ついに脱ぐことができた。
それからも、たくさんの愛をくれた。陽平さんは三階に行く寸前まで、私に愛をくれた。私もできる限り愛し返したつもり。
それを幸せって言わずに、何を幸せっていうのよ。
七年しか生きられないとしても、全然構わないわ。それくらい、幸せだったの。
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