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57 兄への電話と後輩さん
しおりを挟む陽平さんとの、「結婚します」報告は周囲をおおいに驚かせたけど、皆、喜んでくれた。
未歩ちゃんは私の手を力強く握り、体全体で喜んでくれたよ。
未歩ちゃんもそうだけど、国谷先生、食堂のおじさんもやっとかという感じだった。なぜか、周囲は私と陽平さんが付き合っているように見えてたみたい。甘々な雰囲気は出てなかったと思うんだけどね。私が気付かなかっただけ。だったら、恥ずかしいよね。
皆が喜んでくれてる中で、お祖父ちゃんだけは渋々だけど認めてくれた。想像してた通り、厳しい表情だったけどね。それでも、内心は喜んでくれてると思う。本当に駄目だったら、絶対認めてくれないもの。それに口でなんて言っても、それなりに陽平さんのことを認めていたからね。
「一也には知らせるのか?」
不意に、お祖父ちゃんが訊いてきた。
一也は私の兄さんの名前。
唯一、絶縁した家族の中で私を心配し、助けられなかったことを謝ってくれた人だ。私が元両親に放置され、骨折で熱を出し倒れた時に救急車を呼んでくれたのも兄だった。祖父母も兄のことだけは認めてくれている。なので、元両親に内緒でラインのやり取りをしているわ。なかなか電話はできないけどね。
「う~ん、どうしようかな? 病気のことも連絡してないし」
結婚のことを話したら、自然に病気のことも話さなきゃいけないと思うのよね。
「相手は医者だからな、まず、突っ込んでくるだろうな」
「だよね~」
誤魔化せる自信は全くない。
「これを逃すと、ますます連絡しずらくなるぞ」
お祖父ちゃんの言う通りだ。
たぶん、これが最後のチャンスよね。今でさえこれなのに、この機会を逃すと、たぶん……私は連絡しないと思う。それは、兄さんを悲しませることになるよね。正直、私は兄さんのことは嫌いじゃない。かなり歪な関係だとは思うけど。
「……わかった。兄さんには近いうちに連絡するよ」
「そうした方がいい。あれはあれなりに、一葉のことを大事にしてるからな」
「うん」
その気持ちは、私にもしっかりと伝わってる。
表には出さない、不器用な愛し方だけどね。
その日の晩。
私はいつも通り、家族のために食事を用意する。
今日はお祖父ちゃんと未歩ちゃんも一緒。久し振りの四人での食事だよ。人数が多いから、今日は鍋にしたわ。もちろん、日向さんの分も用意してるよ。
今まだ結婚してないけど、新婚さんの家庭に小姑がいるのはって、遠慮している未歩ちゃんと、お祖父ちゃんを無理矢理連れて来ちゃった。お祖父ちゃんと一緒の方が未歩ちゃん来やすいからね。
いつもと変わらない、何気ない話をしながらの食事。作っておいたデザートも食べ終えた後、私は陽平さんに呼ばれた。
「なに? どうかしたの?」
「一葉さんに相談があるんだけど」
陽平さんの真面目な顔に、私は何だろうと思いながら彼の隣に腰を下ろす。
「一葉さんは、僕が〈原発性ヘイフリック症〉の研究をしているのは知ってるよね? その病気を患ってるのも」
もちろん知っているから、私は頷いた。
「……この研究を、途中で止めなきゃいけないと考えてる。僕自身それは嫌なんだ、どうしても。だから、この研究を託せる人をずっと探してた。後輩の中で、唯一託せるヤツがいてね、やっと口説き落とせたんだ。数日中にこの島に来る予定だけど、滞在中、この家に泊まってもらってもいいかな? 嫌なら、旅館を手配するけど……」
「いいですよ」
只の友人なら難色を示したかもしれないけど、陽平さんが命を掛けてやってきた研究のためなら、嫌とは言えないよ。それに、彼がやってきた研究を引き継いでくれる人がいてくれて、正直、心から嬉しいし。
「ありがとう」
ホッとした表情の陽平さんに、私はにっこりと微笑んだ。
未歩ちゃんに聞かれなくてよかったね、陽平さん。絶対、反対したと思うから。兄への電話は後輩さんが帰ってからでもいいよね。
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