上 下
58 / 70

57 兄への電話と後輩さん

しおりを挟む

 陽平さんとの、「結婚します」報告は周囲をおおいに驚かせたけど、皆、喜んでくれた。

 未歩ちゃんは私の手を力強く握り、体全体で喜んでくれたよ。

 未歩ちゃんもそうだけど、国谷先生、食堂のおじさんもやっとかという感じだった。なぜか、周囲は私と陽平さんが付き合っているように見えてたみたい。甘々な雰囲気は出てなかったと思うんだけどね。私が気付かなかっただけ。だったら、恥ずかしいよね。

 皆が喜んでくれてる中で、お祖父ちゃんだけは渋々だけど認めてくれた。想像してた通り、厳しい表情だったけどね。それでも、内心は喜んでくれてると思う。本当に駄目だったら、絶対認めてくれないもの。それに口でなんて言っても、それなりに陽平さんのことを認めていたからね。

「一也には知らせるのか?」

 不意に、お祖父ちゃんが訊いてきた。

 一也は私の兄さんの名前。

 唯一、絶縁した家族の中で私を心配し、助けられなかったことを謝ってくれた人だ。私が元両親に放置され、骨折で熱を出し倒れた時に救急車を呼んでくれたのも兄だった。祖父母も兄のことだけは認めてくれている。なので、元両親に内緒でラインのやり取りをしているわ。なかなか電話はできないけどね。

「う~ん、どうしようかな? 病気のことも連絡してないし」

 結婚のことを話したら、自然に病気のことも話さなきゃいけないと思うのよね。

「相手は医者だからな、まず、突っ込んでくるだろうな」

「だよね~」

 誤魔化せる自信は全くない。

「これを逃すと、ますます連絡しずらくなるぞ」

 お祖父ちゃんの言う通りだ。

 たぶん、これが最後のチャンスよね。今でさえこれなのに、この機会を逃すと、たぶん……私は連絡しないと思う。それは、兄さんを悲しませることになるよね。正直、私は兄さんのことは嫌いじゃない。かなり歪な関係だとは思うけど。

「……わかった。兄さんには近いうちに連絡するよ」

「そうした方がいい。あれはあれなりに、一葉のことを大事にしてるからな」

「うん」

 その気持ちは、私にもしっかりと伝わってる。

 表には出さない、不器用な愛し方だけどね。




 その日の晩。

 私はいつも通り、家族のために食事を用意する。

 今日はお祖父ちゃんと未歩ちゃんも一緒。久し振りの四人での食事だよ。人数が多いから、今日は鍋にしたわ。もちろん、日向さんの分も用意してるよ。

 今まだ結婚してないけど、新婚さんの家庭に小姑がいるのはって、遠慮している未歩ちゃんと、お祖父ちゃんを無理矢理連れて来ちゃった。お祖父ちゃんと一緒の方が未歩ちゃん来やすいからね。

 いつもと変わらない、何気ない話をしながらの食事。作っておいたデザートも食べ終えた後、私は陽平さんに呼ばれた。

「なに? どうかしたの?」

「一葉さんに相談があるんだけど」

 陽平さんの真面目な顔に、私は何だろうと思いながら彼の隣に腰を下ろす。

「一葉さんは、僕が〈原発性ヘイフリック症〉の研究をしているのは知ってるよね? その病気を患ってるのも」

 もちろん知っているから、私は頷いた。

「……この研究を、途中で止めなきゃいけないと考えてる。僕自身それは嫌なんだ、どうしても。だから、この研究を託せる人をずっと探してた。後輩の中で、唯一託せるヤツがいてね、やっと口説き落とせたんだ。数日中にこの島に来る予定だけど、滞在中、この家に泊まってもらってもいいかな? 嫌なら、旅館を手配するけど……」

「いいですよ」

 只の友人なら難色を示したかもしれないけど、陽平さんが命を掛けてやってきた研究のためなら、嫌とは言えないよ。それに、彼がやってきた研究を引き継いでくれる人がいてくれて、正直、心から嬉しいし。

「ありがとう」

 ホッとした表情の陽平さんに、私はにっこりと微笑んだ。

 未歩ちゃんに聞かれなくてよかったね、陽平さん。絶対、反対したと思うから。兄への電話は後輩さんが帰ってからでもいいよね。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...