俺は妹が見ていた世界を見ることはできない

井藤 美樹

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38 パンケーキとカフェオレ

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 11月の半ば、夜中の一時を少しすぎた時間に、私はカーディガンを羽織り日向さんの部屋を訪れた。軽くコンコンと、ドアをノックする。

 面倒くさそうな声がした後、ドアが開いた。よかった。まだ寝てないでいて。

「一葉か。どうしたんだ? こんな真夜中に。寒いだろ、入れよ」

 眠たそうな目をしながらも、日向さんは迷惑がらないで部屋に入れてくれた。

「ごめん、こんな時間に押しかけて。明日でもよかったんだけど、一番に読んで欲しくて。それに約束したし」

 私はコピーしたばっかりで、まだほのかに温かい用紙の束を日向さんに手渡した。黙って受け取る、日向さん。

「読んだら、感想聞かせてね。それじゃあ、おや「上がれよ。今から読むから」

 私の言葉を遮り、日向さんは原稿を持って私に背を向ける。躊躇して動かない私に、日向さんは再度、「今から、コーヒー入れるから入れ」と告げると奥に消えた。

「……明日でもいいんだよ」

 居間にあるクッションに体を沈めると、もう一度、伺いをたててみる。たぶん駄目だと思うけど。

「いや、今読む」

 やっぱり、日向さんは折れるつもりはないみたい。淹れてくれたコーヒーをちびちびと飲みながら、私は原稿に目を通す日向さんを見ていた。

 目の前で読まれるのは恥ずかしいけど、真剣な目で原稿を読み進める日向さんを見ていると、次第に、そんな気持ちも薄れてきた。



 あれ……誰かが私の頭を撫でている。

 大人じゃない、小さな手。日向さん……? 毛布かな、温かいな。

「…………一葉、頑張ったな。凄くよかった。お前らしい物語だ。キラキラ光ってて感動したよ」

 起こさないように、小さな小さな声で話し掛ける。眠た過ぎて、頭に入ってこない。

「俺の最後の願いを叶えてくれてありがとうな。一葉、お前に会えて、俺は幸せだったよ……俺の人生に色を付けてくれて、心から感謝する。お休み、一葉」

 小さな温もりが、私の体にそっと寄り添う。私は無意識に、その温もりに手を回した。

 いつの間に寝ちゃったんだろう。

 甘い匂いがする。パンケーキの匂いかな……美味しそう。

「起きたか? 食べるか? 焼き立てだぞ」

 そう言いながら、日向さんは、私の前に可愛く盛ったパンケーキの皿とカフェオレが入ったコップを置く。

「これ、日向さんが作ったの!?」

 超美味しそうなんだけど。お店みたい。

「俺の部屋なのに、俺以外の奴が作るわけねーだろ」

 キッチンには、小さな足台が置いてあった。口元が緩んじゃうよ。

「俺が作ったらおかしいかよ!!」

 照れてる、日向さんって可愛いよね。それに、気持ちがこもってる気がして嬉しい。

「ううん。ありがとう、日向さん。頂きます」

「食え。不味かっても文句言うなよ」

「文句なんて言わないわよ。絶対に美味しいって決まってるんだから」

「食ってないのにわかるのかよ」

「わかります。う~ん、美味しい!!」

 私が美味しそうに頬張るのを見て、日向さんはホッとしている。

「日向さんの分は? あるなら、一緒に食べようよ」

 私は満面な笑みを浮かべ、日向さんを誘った。

「……ああ。そうだな」

 一瞬、目を見開いた日向さんは、クシャと笑うと自分の分を持って私の向いに座る。

 いつもより早い朝ごはんだけど、とてもとても美味しかった。

 私は、一生、このパンケーキの味を忘れない。



 書いた小説の感想?

 珍しく、日向さんは褒めてくれたよ。ぶっきらぼうな言い方だったけどね。

 でもね……一番嬉しかったのは、私が書きたかったことがちゃんと伝わったことかな。

 日向さんにお礼を言われたけど、本当は私が言いたかったんだよ。だって、皆に出会えたから、この小説が生まれたんだから。

 ありがとうね……

 
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