俺は妹が見ていた世界を見ることはできない

井藤 美樹

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13 絶対に崩したら駄目だと思う

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 二人で晩ご飯を食べた後、私とお祖父ちゃんは部屋に戻った。未歩ちゃんも山中さんも、日向さんも気をきかせてくれたのか、二人っきりにしてくれたから。

 食後のお茶を飲みながら、お祖父ちゃんは真剣な口調で訊いてきた。

「一葉、これからどうする?」
 
 訊かれると思ってた。

「……会社は辞めるつもり」

 特に会社に未練はないからね。東京に戻ったら、病気療養を理由に辞めようと検査入院の前には決めていた。

 ボーナスのことを考えたら、八月まで待ってもよかったんだけど、その間、会社で陰口言われるのも嫌だしね。限られた命なんだから、無理に我慢する必要ないでしょ。病気にストレスは天敵だからね。早まったら困る。

 それに、二年ぐらいなら、余裕に暮らせるだけの貯金は貯まってるし、最悪、お金が底を尽きかけたらここにくればいいしね。医療費と食と住が無料なんだから、諸費だけで十分生活できるでしょ。

「そうか。いつ、こっちに戻ってくる?」

 当たり前のように、お祖父ちゃん訊ねてきた。

「戻ってもいいの?」

「いいに決まってるだろ!!」

 怒られた。

「……アパート、来月更新だから解約する」

 一番の希望が叶って笑う。すると、お祖父ちゃんもニカッと笑った。

「そうか。なら、手伝いに行かないとな」

 当然のように、お祖父ちゃんは言った。

 いくら元気でも、いい年だからね。腰とか心配なんだけど、それを言ったらまた怒られるわね。だから、素直に感謝する。

「ありがとう」って。

 それからは、暗い話題は止めて他愛もない話で盛り上がった。やっぱり、私とお祖父ちゃんは家族だと思う。だって、久し振りに家族と食べる食事は、とっても美味しかったから。色々心の充電できたし。

 お祖父ちゃん、本当にありがとう。




「じゃ、ワシは一足先に帰るとするか」

 そう言うと、お祖父ちゃんは手を振りながら小型フェリーに乗り込む。

 お祖父ちゃん、最後まで、山中さんと全然視線を合わせようとはしなかったわね。本当にもう、大人げない。

「気を付けてね。私も退院したら、すぐに帰るから」

 声を張り上げながら言った。

「おう。一葉も気を付けて。しんどかったら、しんどいって言うんだぞ。おい、近い!! 離れろ!! ひーー」

 また言ってる……隣に立ってるだけなのに。変なところで過保護なのよね。もう、二十五なのに。

 お祖父ちゃんの怒鳴り声は、途中、警笛の音で掻き消された。

 あっ、でもわかるよ。私の名前を呼んだんだって。

「……寂しいですか?」

 小型フェリーが見えなくなるまで見送っていると、山中さんが話し掛けてきた。

「うん。寂しいですね。でも、すぐに会えますから」

「そうですね……」

 そう答える山中さんの笑みは、とても綺麗で寂しく見えた。まるで、泣いているよう。

「……山中さん?」

「病院に戻りましょうか?」

 私の表情から察したのか、いつもの柔らかい笑みに戻ると、山中さんはさっさと車の方に歩き出す。

 見間違い? 

 ううん、違うよね。錯覚かと思えるくらい、今の山中さんの背中からは寂しさは感じない。山中さんは隠したいんだろう。なら、私は気付かない振りをするだけ。それが礼儀でしょ。

 なので、私は普通に振る舞う。

「その前に、写真撮っていいですか?」

 スマホを出してお願いした。

 来た時はアヒルがいたけど、今は鶏がひなたぼっこをしている。天敵の猫や犬と一緒に。これ、絶対撮らなきゃいけないでしょ。

「全く……桜井さんらしいっていうか……いいですよ」

 苦笑しながら、山中さんは許可してくれた。

「ありがとうございます」

 私はニコッと笑うと、そろりそろりと被写体に近付く。連射しよ。狙うは奇跡の一枚。

 写真を撮りながら思う。

 この島は特殊な場所だなって。

 そんな環境の中で生活していたら、辛いことも悲しいことも、たくさん目にしなければならない。消化できるかできないかは、その人によって違うけど、この日常だけは絶対に崩したらいけないと、私は心からそう思った。

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