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12 生きていた証
しおりを挟む国谷先生との面談が終わった後、私とお祖父ちゃんは海に来ていた。自然とそっちに足がむいたからだ。そして、二人でボンヤリと海を眺めている。会話はない。猫や犬の鳴き声はあちこちから聞こえるけどね。
お祖父ちゃんと、こんなにゆったりとした時間を過ごすのは久し振りだった。
ボンヤリと海を眺めながらも、考えていることは一つ。
自分が生きてきた証を残すにはどうしたらいいか、それだけ。
おかしいかな?
特に何もしないまま、自分のやりたいことだけをするのもいいと思う。
例えば、スイートルームに泊まってみたいとか、VIPチケットで遊園地を回りたいとか。豪華客船で日本一周したいとか。大好きな人と過ごしたいとか。やりたいことを片っ端からしていくのもいいと思う。人それぞれだと思うよ。時間はないけど、ゆっくりと考えて決めるのもいいんじゃないかな。
でもね、私は違ったの。
私は生きていた証を残したいと思った。私が消えてなくなった後も目に見える形で残したい。ちょっと表現が悪いけど、遺骨のようなものね。
なんでもいいとはいえ、簡単のようで難しい。でも、私は幸いにも一つ方法を知っていた。ただ……この方法は、ちょっと特殊なんだよね。
「…………もう一度、書いてみようかな……」
視線は地平線に向けたまま。つい、口からポロリと出た言葉に、お祖父ちゃんが優しい声で答えてくれた。
「書いてみたらいいんじゃないか」
お祖父ちゃんは笑うことなく、後押ししてくれる。いつも、私の味方だ。死んだお祖母ちゃんも。
「書けるかな?」
どうしても、弱気になる。
私が本を出したのは五年前。あれから、何も書いてはいない。そういう意味で、パソコンの前には座ってはいなかった。
五年のブランク。
正直難しいと思う。無謀とも思えた。そもそも、私が以前書いたのは異世界もの。冒険ファンタジーってやつ。結構売れたんだよ。コミカライズもされたしね。
構想はこれから練っていくけど、私が書きたいのは異世界ものじゃないような気がするの。漠然とだけどね。何気ない日常的な生活。異世界ものとは正反対よね。不安になる。
それでも、書きたいと心底思った。
「書けるぞ。一葉が書きたいと思うなら、絶対に書ける。一葉はいつも口にしたことを現実にしてきただろ。だから、今回も大丈夫だ。ワシが保証する」
不思議だね。何故かお祖父ちゃんが言うと、できる気がしてくる。力が湧いてくるの。家族だからかな。
「ありがとう、お祖父ちゃん。私、書いてみるよ」
私は力強く答えた。満面な笑みを浮かべながら。私の笑顔を見て、お祖父ちゃんの顔が一瞬辛そうに歪む。でも、私を想ってか、直ぐにいつものお祖父ちゃんに戻った。胸の奥がズキリと痛む。それでも、私は笑った。
「応援するぞ。書けたら、ワシに一番に見せてくれ」
「うん、約束する。お祖父ちゃんは一番のファンだからね。陽も傾いてきたから、そろそろ戻ろっか。晩ご飯の時間だよ」
私は腰を上げ、スカートに付いた砂を手で払う。お祖父ちゃんも腰を上げた。
「あっ、そうだ。病院もそうだったけど、病棟もかなり変わってるからね」
前もって言ったんだけどなぁ……
口をあんぐりと開けたまま硬直したお祖父ちゃん、とても面白い顔だったわ。勿論、写真におさめさせていただきました。
だって、大事な家族の変顔だよ、当然だよね。
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