俺は妹が見ていた世界を見ることはできない

井藤 美樹

文字の大きさ
上 下
13 / 70

12 生きていた証

しおりを挟む

 国谷先生との面談が終わった後、私とお祖父ちゃんは海に来ていた。自然とそっちに足がむいたからだ。そして、二人でボンヤリと海を眺めている。会話はない。猫や犬の鳴き声はあちこちから聞こえるけどね。

 お祖父ちゃんと、こんなにゆったりとした時間を過ごすのは久し振りだった。

 ボンヤリと海を眺めながらも、考えていることは一つ。

 自分が生きてきた証を残すにはどうしたらいいか、それだけ。

 おかしいかな? 

 特に何もしないまま、自分のやりたいことだけをするのもいいと思う。

 例えば、スイートルームに泊まってみたいとか、VIPチケットで遊園地を回りたいとか。豪華客船で日本一周したいとか。大好きな人と過ごしたいとか。やりたいことを片っ端からしていくのもいいと思う。人それぞれだと思うよ。時間はないけど、ゆっくりと考えて決めるのもいいんじゃないかな。

 でもね、私は違ったの。

 私は生きていた証を残したいと思った。私が消えてなくなった後も目に見える形で残したい。ちょっと表現が悪いけど、遺骨のようなものね。

 なんでもいいとはいえ、簡単のようで難しい。でも、私は幸いにも一つ方法を知っていた。ただ……この方法は、ちょっと特殊なんだよね。

「…………もう一度、書いてみようかな……」

 視線は地平線に向けたまま。つい、口からポロリと出た言葉に、お祖父ちゃんが優しい声で答えてくれた。

「書いてみたらいいんじゃないか」

 お祖父ちゃんは笑うことなく、後押ししてくれる。いつも、私の味方だ。死んだお祖母ちゃんも。

「書けるかな?」

 どうしても、弱気になる。

 私が本を出したのは五年前。あれから、何も書いてはいない。そういう意味で、パソコンの前には座ってはいなかった。

 五年のブランク。

 正直難しいと思う。無謀とも思えた。そもそも、私が以前書いたのは異世界もの。冒険ファンタジーってやつ。結構売れたんだよ。コミカライズもされたしね。
 
 構想はこれから練っていくけど、私が書きたいのは異世界ものじゃないような気がするの。漠然とだけどね。何気ない日常的な生活。異世界ものとは正反対よね。不安になる。

 それでも、書きたいと心底思った。

「書けるぞ。一葉が書きたいと思うなら、絶対に書ける。一葉はいつも口にしたことを現実にしてきただろ。だから、今回も大丈夫だ。ワシが保証する」

 不思議だね。何故かお祖父ちゃんが言うと、できる気がしてくる。力が湧いてくるの。家族だからかな。

「ありがとう、お祖父ちゃん。私、書いてみるよ」

 私は力強く答えた。満面な笑みを浮かべながら。私の笑顔を見て、お祖父ちゃんの顔が一瞬辛そうに歪む。でも、私を想ってか、直ぐにいつものお祖父ちゃんに戻った。胸の奥がズキリと痛む。それでも、私は笑った。

「応援するぞ。書けたら、ワシに一番に見せてくれ」

「うん、約束する。お祖父ちゃんは一番のファンだからね。陽も傾いてきたから、そろそろ戻ろっか。晩ご飯の時間だよ」

 私は腰を上げ、スカートに付いた砂を手で払う。お祖父ちゃんも腰を上げた。

「あっ、そうだ。病院もそうだったけど、病棟もかなり変わってるからね」

 前もって言ったんだけどなぁ……

 口をあんぐりと開けたまま硬直したお祖父ちゃん、とても面白い顔だったわ。勿論、写真におさめさせていただきました。

 だって、大事な家族の変顔だよ、当然だよね。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

処理中です...