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11 神様を恨みたいよ
しおりを挟む「始めまして、桜井さんの担当医を務めている国谷正和です」
入室した私とお祖父ちゃんを立って出迎えた国谷先生は、頭を軽く下げ挨拶する。珍しく白衣を着ていた。
「ご丁寧にありがとうございます、国谷先生。娘がいつもお世話になっております。私の我儘をきいて頂き、重ねてありがとうございます」
お祖父ちゃんはそう挨拶を返すと、深々と頭を下げた。
「いえ、娘さんを心配するのは、親として当たり前のことです。その気持ちに応えるのも、医者として当然ですから、お気になさらずに。二人とも、お座りください」
国谷先生に促されて、私とお祖父ちゃんはソファに座る。
すると、山中さんがタイミングよくコーヒーを運んできた。予め、お祖父ちゃんがコーヒー好きなことを伝えていたからね。
「どうぞ」
国谷先生がコーヒーをすすめる。
「いただきます」
私は遠慮なくいただく。やっぱり、国谷先生が淹れてくれたコーヒーは美味しいよね。私が飲んでるのを横目で見てから、お祖父ちゃんは口を付ける。
「……美味しい」
「でしょ。国谷先生が淹れてくれたコーヒー、本当に美味しいんだよ」
「そう言ってくれると、淹れがいがありますね」
二口ほど、コーヒーを飲んだ後、お祖父ちゃんはソーサーにカップを戻した。途端に、空気がピリッとする。
「単刀直入にお訊きします。娘は、一葉は本当に病気なんですか? 間違いではないのですか? どこをどう見ても、健康そのものじゃないですか!?」
お祖父ちゃんが国谷先生に詰め寄る。
「そう、思いたい気持ちは理解できます。しかし、桜井さんは、【原発性非ヘイフリック症】を患っています」
国谷先生は断言した。
お祖父ちゃんは厳しい目を国谷先生に向ける。一方的に睨みつけるお祖父ちゃん。国谷先生は睨み返さずに、視線を真正面から受け止めた。
実際の時間は短いかもしれない。でも私には、十分以上続いているように思えた。
先に目を逸したのはお祖父ちゃんだった。力が抜けたように背もたれに背を預けると、前屈みになり、両手で顔を覆った。
「……お祖父ちゃん」
私は震えるお祖父ちゃんの背に、手を添えることができなかった。躊躇ってしまう。行き場のない手を握り締めると、自分の膝に戻した。
国谷先生も山中さんも、無言のまま、お祖父ちゃんから視線を外さない。
「…………間違いないんだな……」
絞り出すような声に、国谷先生は「はい」と静かに答えた。
「……治療法は?」
「ありません」
「……症状を遅らせることは?」
「今の医学では、残念ながらありません」
そう答える国谷先生の顔は、今まで見たことがないほど苦悶に満ちていた。白衣の一部が皺になっている。
「…………そうか……何もできないのか……」
小さい声だったけど、お祖父ちゃんの怒りを含んだ声が診察室に響いた。
「申し訳ありません」
国谷先生は深々と頭を下げた。
「顔を上げてください、国谷先生。先生が悪い訳ではありません。誰も悪くないんです。お祖父ちゃんも、先生を困らせるようなことを言わないで」
私の台詞に弾かれたように顔を上げる、国谷先生とお祖父ちゃん。
「桜井さん……」
「……一葉」
二人は私から視線を外さない。
「この病気が不治の病だってことは、納得しています。でも、いずれ、それが近い未来か遠い未来かわかりませんが、治療法が見付かると確信しています。国谷先生を信じてますから。それに、ここで働くスタッフの方も信頼しています。まぁ……ちょっとだけ、運が悪かっただけですよね」
私はニコッと微笑む。上手く笑顔が作れたかな。かなり無理はしてるけど、嘘偽りがない本当の気持ち。
正直言えば、悔しいよ。
とても悔しい。
悔しくてたまらない。
何で私が!? って思うよ。神様を恨みたいよ。
でも、その気持ちを、お祖父ちゃんや国谷先生の前では吐き出せない。自分自身を責めて苦しむのがわかってるから。
「……一葉」
「お祖父ちゃん、変な顔になってるよ」
私がそう言うと、お祖父ちゃんは「悪いか」と、ボソッ呟きそっぽを向いた。
「桜井さん」
国谷先生が私に話しかけてきた。私は国谷先生に視線を向ける。
「はい」
「医療を携わる者として、君の気持ちを応えなくてはいけないね」
「無理をせず、ほどほどに頑張ってください」
「……わかった。ありがとう、桜井さん」
その言葉が聞けただけで私は満足だった。
その後は、病気がどこまで進んでるか。病状が出るのはいつ頃か。あくまで予測だけど、国谷先生は詳しく教えてくれた。
あらためて置かれた状況を実感する。
私が今の状態を保てるのは、二年だけなのだとーー
それからは、ゆっくりと若返っていく。
この二年、私は何ができるだろう。ずっと考えてるけど、思い浮かばない。せめて、生きていた証、爪痕みたいなものは残したいな。お祖父ちゃんのためにも。いや、違う。私のために。
だって、何も残せないから。
骨さえも残せない。若返るって、そういうことでしょ。だから……私は皆に忘れられたくないんだ。
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