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10 ここには色がある
しおりを挟む宣言通り、お祖父ちゃんは昼過ぎにこの島にやってきた。大量の手土産と黒いボストンバッグを肩から下げて。船酔いなんて全くしていない。本当、元気だわ。
私は山中さんと一緒に迎えに行った。
そして、今は病院前。
山中さんは駐車場に車を停めるために場を外している。
「おい、一葉。ここ、本当に病院なのか!?」
病院の玄関前でお祖父ちゃんの声が響いた。
うん。その気持ちよくわかるわ。私も同じ反応したから。数日前だけど、なんか懐かしいわ。
「間違いなく病院よ。設備も最新のものだから安心して。なんでも、この島のオーナーがそういうのを嫌ってて、病院らしくない建物になったそうよ」
私も詳しくは知らないけど、確か山中さんがそんなことを話していた。
「嫌うって、病院だろ?」
「まぁ、そうなんだけど。何年も過ごす場所が病院らしいと、気も滅入るでしょ」
「確かにそうだけどよ……」
お祖母ちゃんのことを思い出したのか、少し悲しそうな目をするお祖父ちゃんを見て、私は胸の奥にズキリと痛みが走る。
真っ白な壁紙。鉄の柵に囲まれたベッド。白いカーテン。どれも同じ、スタンドに一人用の簡易テーブル。
色がない部屋で、お祖母ちゃんは、私とお祖父ちゃんに見守られながら、安らかに眠りに付いた。あの人たちは来なかった。一応連絡はしたけどね。電話さえなかったわ。きたのは兄だった人だけ。
お祖母ちゃんの病室では、色は全くなかった。真っ白な世界だった。でも、ここは色に溢れている。
「私は気に入ってるわよ。病院らしくなくて、本当によかったと思ってる」
お祖父ちゃんは私の顔を見詰めながら、ポツリと呟いた。
「そうか……一葉はここが気に入ったのか」
「うん。ここには、色があるから」
緑や青に茶色に黒。色んな色が溢れている。
自然と浮かぶ笑みを、お祖父ちゃんは眩しそうに目を細め、小さな声で「そうか」と繰り返し呟いた。
お祖父ちゃん、ごめんね。親不孝な娘で。
何度も、何度も、心の中で謝罪し続ける。実際に口にしたのは一度だけ。病気のことを話した時だけ。堰を切ったかのように、泣いた。お祖父ちゃんも私も。声が枯れるまで泣いた……
「桜井さん、お待たせしました」
会話が途切れたタイミングで再登場したのは、山中さん。相変わらず、空気を読むのが上手いよね。
「暑いでしょ。中に入りましょうか」
山中さんは私とお祖父ちゃんを促す。三人で病院に入った。
またしても、呆気にとられ立ち止まったお祖父ちゃんの背中を、私は突く。
「お祖父ちゃん、行くよ。国谷先生が待ってるんだから」
「お、おう」
お祖父ちゃんはそう短く返事すると歩き出した。周りをキョロキョロしながら。そんなお祖父ちゃんを、私は苦笑しながら見ていた。
「家族仲が良いですね」
山中さんが話し掛けてきた。それは、私にとって嬉しい言葉だった。
「ええ。私の自慢の父親ですから」
その言葉にお祖父ちゃんが反応した。
「話したのか?」
どこか警戒する様子に、私は微笑みながら答えた。
「詳しくは話してないけどね」
いつもと違う私の様子に、お祖父ちゃんは驚いている。そりゃあそうよね。いつもなら表情がなくなるのに、今回はそうじゃないからね。
「……一葉が決めたことだ。俺は何も言わん」
「うん。ありがとう、お祖父ちゃん。ごめんね」
「どうして、謝るんだ?」
「色々、言い訳考えてくれてたんでしょ。あの人の代わりに自分がきた理由を」
昔から、そうだったからね。そんなに責任を感じなくてもいいと思うんだけど、お祖父ちゃん的にはそうはいかないらしい。息子だから。責任感が人一倍あるお祖父ちゃんらしいけどね。
「可愛い娘を思ってのことだ。謝るんじゃない」
娘って言ってくれた。
「私は愛されてるね」
胸の奥がツンと痛くなる。
「当然だ」
お祖父ちゃんな照れたのか、言葉短くそう呟くと黙り込む。
「山中さん、すみません。こんな会話聞かせてしまって」
私は前を歩く山中さんに声を掛けた。
「いえ。微笑ましくて、胸が温かくなりました」
歩調を緩め、私の隣に移動した山中さんは優しげな笑みを浮かべ言った。
「距離が近過ぎる!!」
復活したお祖父ちゃんが、私の腕を掴み自分の方に引き寄せる。
「いや、普通だよ。本当に、すみません」
私は苦笑しながら謝った。
「いえ、大事な娘さんですから、心配するのは当たり前ですよ」
歩調を速め、前に移動した山中さんは大人の対応で答える。
「娘はやらんぞ」
突然、お祖父ちゃんがとんでもないことを言い出した。
「お祖父ちゃん!! 突然、何言い出すのよ。異性が皆そういうわけじゃないんだから!! 全く。重ね重ね、本当にすみません」
顔から火が出るわ。マジ止めてよね。
お祖父ちゃんは、不貞腐れたようにそっぽを向いてるし、山中さんは苦笑してるし。山中さん、聞き流してくれてるみたいで、ほんとよかったわ。
「お祖父ちゃん、早く行くよ!!」
声を上げ急かす。
もうこれ以上、喋らすわけにはいかないからね。それに、国谷先生が待ってるんだからさっさと行かないといけないでしょ。
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