上 下
11 / 70

10 ここには色がある

しおりを挟む

 宣言通り、お祖父ちゃんは昼過ぎにこの島にやってきた。大量の手土産と黒いボストンバッグを肩から下げて。船酔いなんて全くしていない。本当、元気だわ。

 私は山中さんと一緒に迎えに行った。

 そして、今は病院前。

 山中さんは駐車場に車を停めるために場を外している。

「おい、一葉。ここ、本当に病院なのか!?」

 病院の玄関前でお祖父ちゃんの声が響いた。

 うん。その気持ちよくわかるわ。私も同じ反応したから。数日前だけど、なんか懐かしいわ。

「間違いなく病院よ。設備も最新のものだから安心して。なんでも、この島のオーナーがそういうのを嫌ってて、病院らしくない建物になったそうよ」

 私も詳しくは知らないけど、確か山中さんがそんなことを話していた。

「嫌うって、病院だろ?」

「まぁ、そうなんだけど。何年も過ごす場所が病院らしいと、気も滅入るでしょ」

「確かにそうだけどよ……」

 お祖母ちゃんのことを思い出したのか、少し悲しそうな目をするお祖父ちゃんを見て、私は胸の奥にズキリと痛みが走る。

 真っ白な壁紙。鉄の柵に囲まれたベッド。白いカーテン。どれも同じ、スタンドに一人用の簡易テーブル。

 色がない部屋で、お祖母ちゃんは、私とお祖父ちゃんに見守られながら、安らかに眠りに付いた。あの人たちは来なかった。一応連絡はしたけどね。電話さえなかったわ。きたのは兄だった人だけ。

 お祖母ちゃんの病室では、色は全くなかった。真っ白な世界だった。でも、ここは色に溢れている。

「私は気に入ってるわよ。病院らしくなくて、本当によかったと思ってる」

 お祖父ちゃんは私の顔を見詰めながら、ポツリと呟いた。

「そうか……一葉はここが気に入ったのか」

「うん。ここには、色があるから」

 緑や青に茶色に黒。色んな色が溢れている。

 自然と浮かぶ笑みを、お祖父ちゃんは眩しそうに目を細め、小さな声で「そうか」と繰り返し呟いた。

 お祖父ちゃん、ごめんね。親不孝な娘で。

 何度も、何度も、心の中で謝罪し続ける。実際に口にしたのは一度だけ。病気のことを話した時だけ。堰を切ったかのように、泣いた。お祖父ちゃんも私も。声が枯れるまで泣いた……




「桜井さん、お待たせしました」

 会話が途切れたタイミングで再登場したのは、山中さん。相変わらず、空気を読むのが上手いよね。

「暑いでしょ。中に入りましょうか」

 山中さんは私とお祖父ちゃんを促す。三人で病院に入った。

 またしても、呆気にとられ立ち止まったお祖父ちゃんの背中を、私は突く。

「お祖父ちゃん、行くよ。国谷先生が待ってるんだから」

「お、おう」

 お祖父ちゃんはそう短く返事すると歩き出した。周りをキョロキョロしながら。そんなお祖父ちゃんを、私は苦笑しながら見ていた。

「家族仲が良いですね」

 山中さんが話し掛けてきた。それは、私にとって嬉しい言葉だった。

「ええ。私の自慢の父親ですから」

 その言葉にお祖父ちゃんが反応した。

「話したのか?」

 どこか警戒する様子に、私は微笑みながら答えた。

「詳しくは話してないけどね」

 いつもと違う私の様子に、お祖父ちゃんは驚いている。そりゃあそうよね。いつもなら表情がなくなるのに、今回はそうじゃないからね。

「……一葉が決めたことだ。俺は何も言わん」

「うん。ありがとう、お祖父ちゃん。ごめんね」

「どうして、謝るんだ?」

「色々、言い訳考えてくれてたんでしょ。あの人の代わりに自分がきた理由を」

 昔から、そうだったからね。そんなに責任を感じなくてもいいと思うんだけど、お祖父ちゃん的にはそうはいかないらしい。息子だから。責任感が人一倍あるお祖父ちゃんらしいけどね。

「可愛い娘を思ってのことだ。謝るんじゃない」

 娘って言ってくれた。

「私は愛されてるね」

 胸の奥がツンと痛くなる。

「当然だ」

 お祖父ちゃんな照れたのか、言葉短くそう呟くと黙り込む。

「山中さん、すみません。こんな会話聞かせてしまって」

 私は前を歩く山中さんに声を掛けた。

「いえ。微笑ましくて、胸が温かくなりました」

 歩調を緩め、私の隣に移動した山中さんは優しげな笑みを浮かべ言った。

「距離が近過ぎる!!」

 復活したお祖父ちゃんが、私の腕を掴み自分の方に引き寄せる。

「いや、普通だよ。本当に、すみません」

 私は苦笑しながら謝った。

「いえ、大事な娘さんですから、心配するのは当たり前ですよ」

 歩調を速め、前に移動した山中さんは大人の対応で答える。

「娘はやらんぞ」

 突然、お祖父ちゃんがとんでもないことを言い出した。

「お祖父ちゃん!! 突然、何言い出すのよ。異性が皆そういうわけじゃないんだから!! 全く。重ね重ね、本当にすみません」

 顔から火が出るわ。マジ止めてよね。

 お祖父ちゃんは、不貞腐れたようにそっぽを向いてるし、山中さんは苦笑してるし。山中さん、聞き流してくれてるみたいで、ほんとよかったわ。

「お祖父ちゃん、早く行くよ!!」

 声を上げ急かす。

 もうこれ以上、喋らすわけにはいかないからね。それに、国谷先生が待ってるんだからさっさと行かないといけないでしょ。

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...