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3 不思議な人と言われました
しおりを挟む首を傾げ言葉を待つ私に、山中さんはやや固い声で話し始めた。
「……初めて、この離島に来られた人の中で、桜井さんのように、自然体で振る舞える方はいません。大半は、無理に明るくみせようとする方か、この世の終わりかのように暗く俯いている方々ばかり。病院に行く前に観光なんてしません。……桜井さんは、ご自身のご病気のことはご存知ですよね」
そこまで言われて、何故、山中さんが微妙な表情をしていたのかわかった。
確かに、そうよね。山中さんが上げたのが、一般的な反応だわ。動物やインスタ映えする浜辺を撮って、はしゃいだりはしないわね。
正直……私自身、自分がどこかズレてるって思ってたのよね。自分のことなのに、自分のことでないような……ちょっと冷めた感覚っていうの? 三者的な立ち位置で見ている感じ……それが、一番近いかもしれない。そんなことを思いながら答える。
「知ってますよ。〈原発性非ヘイフリック症〉、別名〈蛍症候群〉。今はスマホで大概のことは調べられますよね。とても珍しい病気で、百万人に一人いるかいないか……あまりにも珍しくて、その終わり方も特殊過ぎるから、都市伝説の類いと一緒にされてますよね」
病気を調べてて、都市伝説の項目のトップに載っていたのには驚いたわ。蛍に例えられるのは、まだ納得できるけどね。
蛍って、成虫になると、求愛行動のために自分の体を光らせ、わずか一、二週間で寿命を終えるの。儚いよね。幼虫から成虫になるまでは地味で、一年間生きてるのに。
「腹立たしい話です」
顔を歪める山中さん。それだけ、この病気に真剣に取り組んでいるんだろうね。
「真剣に向き合っている先生や看護師、患者さんにとったら、確かに腹正しい話ですよね。でも……私は少しわかる気がしますね。だって、最後は消えてなくなるのでしょ。骨も髪の毛も、この贅肉も。何もなくなって消えてしまう。自分の存在そのものが、この世界から消えてなくなってしまう。たった、一つの遺伝子が活動的になっただけで。ほんと、人体の神秘ですよね。DNAの一つ一つが設計図になっていて、その一つが狂っただけで、こんな病気になるんだから」
山中さんから視線を外し、自分の左手に視線を向けながら答える。
「……夢を見ているのですか?」
そう尋ねる山中さんの声があまりにも固くて、私は視線を上げた。表情もとても固くて険しい。もしかして、私の言動が軽くて不快に感じたかもしれない。誤解させたかもしれないわね。なら、訂正しないと。
「病気にですか?」
「ええ」
やっぱり、誤解させたみたいね。私は軽く首を横に振り否定した。
「それはないですね。病気は病気でしょう。そこに、夢や救いはありませんよ」
苦笑してしまう。そんなに夢の中で生きてるように見えたのかな。だったら、嫌だな。私ほど夢には程遠い人間はいないのに。
「……すみません」
山中さんって、素直に自分の非を認められる人なのね。私の担当看護士が彼でよかったわ。
「謝らなくていいですよ。……まだ、山中さんの質問に答えていませんでしたね。私が自然体でいるのは、まだ実感として感じていないからだと思います。病気の診断がくだって、病状が現れるのは、平均で二年。そして、一年で五歳若返る。今二十五だから、単純に計算して五年。つまり、私の寿命は後、七年になりますよね。多少の誤差があっても。これが後半年、一年と言われたら、さすがに、今のような反応はしていなかったと思いますよ。正直、微妙なんですよね、七年って」
「微妙ですか? 絶望ではなく……」
看護師さんが絶望って単語、患者の前で言ったら駄目でしょ。苦笑する。でもまぁ、同情されるよりはかなりマシだからいいけど。
「今はですね。これから先はわかりません。絶望するかもしれないし、しないかもしれない。人の感情なんて曖昧なものでしょ。未来と同じで」
私がそう答えると、山中さんは呆気にとられた顔をした。イケメンって、そんな間抜け面でも様になるのね。
「……桜井さんって、本当に不思議な人ですね」
しみじみと山中さんは言った。
「それ、褒めてませんよね」
「褒めてますよ」
「どこが?」
そう突っ込むと、山中さんは困った顔をする。
あれ? 女慣れしてないの? 格好いいからモテそうなのに。困る山中さんを見て、自然と口元に笑みが浮かぶ。
「年上をからかったら駄目ですよ。話し込んでしまいましたね、そろそろ行きますか? 桜井さん」
「はい」
山中さんの背中を見ながら、来た道を戻る。ふと、山中さんの台詞に引っ掛かった。
年上? そんなに年変わらないよね。
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