俺は妹が見ていた世界を見ることはできない

井藤 美樹

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2 イケメンと島内観光です

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「まずは、車で島を一回りしましょうか? 小さい島なので、そう時間はかかりませんよ。途中、インスタ映えする場所もあるんですよ」

 インスタ映えか……それは楽しみ。

「インスタはしていませんが、興味あります」

「そうですか。それじゃあ、寄りますか。たぶん今なら、とても神秘的な光景が見れますよ」

 山中さんはニコッと微笑む。

 眩しい!!

 イケメンの笑顔って破壊力あるわ~。それにしても、これって……やっぱり旅行よね。ちなみに、山中さんがタクシーの運転手? じゃないわね。こんな格好いい人が運転手って、ないわ。ないない。自分で自分に突っ込む。

 火照った頬を冷ますように、私は外の景色に目をやった。

 港に着いた時も思ったけど、ほんと長閑のどかよね。車一台すれ違わない。代わりに、山羊が道路を横断している。それを、停まって通り過ぎるのを待つ。途中、車の前で山羊は止まり、私たちを見て口をモグモグすると歩き出す。初めて、こんな近距離で山羊を見たわ。小学校でいったサファリパーク以来ね。

「……山中さん、この島、やけに動物が多くないですか?」

 港でも、犬と猫、それとアヒルが五羽もいたし。

「島民が連れて来たんですよ」

 苦笑しながら、山中さんは答える。

「島民が? 山羊も?」

 持ち込みOKなんだ……離島なのに。離島によって違うのね。大概、アウトだと思ってたわ。

「ええ、山羊も。患者さんを含め、この離島に移住している人たちなんですが、結構多いですよ。ここでなら、残された家族は寂しくないですからね。桜井さんは、動物とか飼ってないんですか?」

 残された家族ね……

 ここは専門病院でも、ほぼホスピスと一緒なんだと改めて思う。

 だから、患者にはある程度の自由が許されているのね。動物の件もそう。患者を島民と呼んでるのも、その流れかな。病気が病気だもの、考えてみれば、離島一つ丸々病院の敷地なのも頷けるわ。

 そんなことを考えていたら、山中さんに名前を呼ばれた。車はまだ停まったままだ。

「桜井さん? 大丈夫ですか? 酔いましたか?」

 心配し気遣う声に、私は一旦考えを止めた。そして、慌てて質問に答える。

「あっ、すみません。飼ってないですね。昔から飼いたいとは思っていたんですが、祖母が動物が苦手で無理でした」

「そうですか。なら、ここでなら希望が叶いますね」

 急に黙り込んだ私を不快に思わず、山中さんはホッとした様子で話を続ける。

「そうですね……」

 不思議な気分ね。

 ここでなら、私は私でいられるかもしれない。そんな考えが頭を過る。

 嬉しいのかな、自然と口角が上がった。今まで被り続けていた、桜井一葉という衣を脱ぎ捨てて、ただの桜井一葉として生きていけるかも。自分のことを知る人がいない、この土地でなら。

 例え、時間が限られていてもーー



 車が静かに動き出す。

 私も山中さんも言葉を発しない。でも、嫌な感じはしなかった。初対面で無言は普通。少し人見知りの私が尻込みしないなんて、驚くわ。私を気遣う山中さんのおかげかな。山中さんって、ほんと良い人でできた人だよ。

 イケメンで性格も良い。それに、定職についてるとなったら、山中さんって最高の結婚相手よね。離島じゃなきゃ、すでに契約されてるわ。まぁ、今の私には関係ない話だけど。

 私は車窓から見える景色を、そんなことをぼんやりと考えながら見ていた。

 十分ぐらい走ると、山中さんは車を道路の脇に停めた。

「着きましたよ」

 そう告げると、山中さんは車から降りる。私も降りた。

「綺麗……風も気持ちいい」

 コンクリートからする雨の匂いと潮の匂いが混じっていて、独特な匂いがする。嫌いじゃないわね、この匂い。

「こっちです、桜井さん」

 山中さんは崖沿いを歩いて行く。舗装はされてないけど、特に問題はなかった。二十メートルくらい歩いたかな、山中さんの足が止まる。

「着いたんですか?」

「ええ。桜井さん、下を覗いてみてください」

 促されるまま下を覗き込む。眼下に広がる光景に、私は思わず息を呑んだ。

「……凄いですね。ハート型の砂浜ですか……これ、自然にできたものですよね?」

 山中さんは小さく頷いた。

「引き潮の時でしか見れない幻の砂浜です。カップルでこの砂浜を見ると幸せになるとか」

「わかります!! 砂浜の形がハート型ですもの、絶対、幸せになりますね!! カップルでなくても」

 興奮した私は写真を撮りまくる。邪魔にならないように、山中さんは少し脇に寄ってくれた。

「自撮りはしないんですか?」

 不思議そうに訊いてくる、山中さん。

「自撮りは苦手なんです。人を撮るのが苦手で、変な顔になっちゃうんですよね。自然と動物か景色ばかりですね」

「そうですか、僕も苦手なんですよ。同じですね」

 その言葉は、ただ私に合わせてくれたのか、それとも本当かはわからないけど、私は同胞がてきた気がして嬉しかった。

「山中さん、連れて来てくれてありがとうございます」

 笑顔で感謝の言葉を口にする私を見て、山中さんはなんとも言えない神妙な表情を見せた。

「……桜井さん、貴女は自然体なんですね」

 まるで、独り言のような問い掛けだった。

 私は首を傾げる。山中さんが何を言おうとしているのかわからなかった。だから、私は山中さんの言葉を待った。

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