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第四冊 手帳
それ犯罪ですよ
しおりを挟むテープレコーダーから流れた音声は、十日前クズから掛かってきた電話を録音したものだ。
そこで、はっきりと予約分を納品していることも、グズが自分の判断で予約分を店頭に並べたことも認めている。
観客たちのざわつきが大きくなる。
グズたちの顔色がサーと変わる。焦りだしてるよ。そして私に向かって怒鳴る。捏造だ。編集したものだってね。上手いことド壺にはまってくれた。
うん、うん。グズが焦れば焦る程、風向きは完全に私の方に流れてきた。そもそもさぁ、私がこのテープを流さないって思った理由を知りたいよ。仕事の電話も入るから録音してるに決まってるのにね。でもこれは、ジョブ。
「確かに、このテープは参考にはなるかもしれませんが、確固たる証拠としては弱いですよね、音声だけですし」
私がそう言うと、クズは『そうだ!! こんなもん、いくらでも作れる!!』と、声を荒げる。脇役たちも。
その姿に、観客たちは一層放れていく。当然だよね。まだ半信半疑の鬼さんも多いけど。時間の問題かな。クスッ。グズたちは気付かない。
満面な笑みを浮かべる私に、クズたちは顔を盛大に歪める。
「なので、きちんとした証拠を用意しました」
『……証拠?』
その声は、さっきの怒鳴り声とは比べ物にならない程小さかった。
「覚えてませんか? 私が最後だと貴方に告げた時、同席していた鬼がいたのを」
クズは思い出したのか、ハッとした表情をする。そしてすぐに、下品な笑みを浮かべた。
『ふん。どうせ、お前の男だろ。そんなもん、証拠にならないね』
(はぁ? それ、グズが言う。ブーメランって言葉知らないの)
思わず突っ込みを入れそうになったが、なんとか我慢する。ここで入れたら、品に関わるからね。
「一応言っときますが、お付き合いはしてませんよ」
ちゃんと否定しておく。
『なんとでも言えるだろうが』
「そうですね。そう勘違いされたら困るので、音声プラス映像を残させてもらいました。そのことに関しても、きちんと言ったと思いますが……。完全に忘れているようですけど。頭大丈夫ですか?」
クスッと笑いながら告げる。
『僕を馬鹿にするのか!?』
「馬鹿にするんでなく、してるんです。始めからね。そうそう、ここで私に対して何かしようとするのは止めた方がいいですよ。お客様が見てますからね」
さすがのグズも思い止まる。今にも私を叩きのめしたいのだろう。血走った目で睨み付けてくる。怖くはないけどね。魔物や悪霊に比べたら全然。
「それでは再生しますね」
そう告げると、鞄の中から水晶を取り出す。
その水晶を見た途端、観客たちのざわめきが一層大きくなった。一番の大きさだ。
まぁ当然だよね。
この水晶は普通の水晶じゃない。書記官様たちが使用する特別な水晶なんだよ。
録音録画するのは同じなんだけど、一般のものとは違い、この水晶は編集などの改竄が出来ないようになっている。
つまり、この水晶に映し出された映像は真実だってことだ。
一般の鬼さんたちは現物を見たことはないかもしれないけど、この本屋のお得意様は獄卒さんたち、水晶のことを見知ってる方たちだ。それも、この水晶を扱うのは書記官様たちしか出来ない。ということは、この水晶を取り出した時点で、書記官様が関わってると宣言したと同じこと。クズは気付いてないけど。
水晶が再生する映像は、私の証言を裏付けするものだった。
観客たちは完全に私側に。クズたちはゴミを見るような目で見られている。反対に私は、奇異な目で見られていた。
当然よね。一般人がこの水晶を使用してるんだもん。不審がられても仕方ない。通常使用されるのは、犯罪や大王様たちが集まる重要な会議だけだからね。本来なら、こんな民事に使用されるものじゃない。
「どうですか? これでも、私が貴方の店の信用を落としたと。補填や慰謝料を払えと言いますか?」
(言えませんよね)
『…………偽物だ。僕はそんなこと言ってない!! 寄越せ!!』
飛び掛かろうとしてきたので、捕縛させてもらいました。鎖でグルグル巻きにされたクズは床に転がる。
「後、それから私が貴方と付き合っていたという暴言も、この場ではっきりと否定させてもらいますね」
今度は書類の束を取り出す。
私は脇役さんから少し離れて、真っ青になっている準主役さんに視線を移す。
「お訊きしていいですか? 私が彼と会っていた時間帯は?」
そう尋ねると、準主役さんは小刻みに震えだした。
『……………す、すみません。嘘です』
か細い声で告げる準主役。
「嘘とは? 具体的に」
『見たことがありません。許して下さい。彼に頼まれて、嘘の証言をしました』
頭を下げる準主役さんを無視し、私は転がるクズに近付く。
「これは、牛頭さんから貰った地獄の入国と出国の記録。そしてこれは、焔魔堂の出入りの記録です。必要ならば、焔魔堂の防犯映像もご用意出来ますが、どうします?」
にっこりと微笑みながら尋ねる。
『……どうして、お前が?』
少し苦しそうね。緩める程じゃないか。
「ああ、知らなかったんですね。私、補佐官様に頼まれて、搬入が終わった後手伝ってたんですよ。書類整理。因みに、付き合ってませんよ。上司と部下の関係ですね」
そう告げた途端、観客たちは一斉に口を閉ざした。クズは驚きのあまり、間抜け顔で固まっている。面白い顔。
あっ! 脇役さんと準主役さんたちが逃げ出そうとしてる。勿論、逃がしませんよ。
「そうそう。言うの忘れてました。この場の映像もきちんと録画してますので、裁判用に。何驚いてるんですか? 当然でしょ。自分の負債を他人に無理矢理払わせようとする。これって、強迫、詐欺じゃないですか? 立派な犯罪ですよ」
満面な笑みを浮かべ告げた。
『嘘でしょ……』
誰が呟いたか分からない。脇役さんと準主役さんは力なく、その場に座り込む。
そのすぐ後だ。厳つい獄卒さんたちがクズご一行の腕を掴み無理矢理立たせると、泣き叫ぶ彼らを乱暴に牢屋に連れて行った。
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