護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

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第四冊 手帳

いよいよショーの始まりです

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 高利貸しさんたちが本棚の影に隠れてからすぐだった。

 待ちに待った、本日の主役ご一行様がやって来た。十人程の脇役エキストラを引き連れて。

 大半は店の店員だ。見知った顔もある。でもよく知ってる人は、ここにはいない。そのことに、内心ホッと胸を撫で下ろす。

(まぁ、あの中で一番まともだったからね)

 しかし、数で押せばどうにかなるって思ってるのか。だったら、愚作もいいところだ。クズがいくら集まろうとも怖くない。

 そうそう脇役さんたちは、想像してた通り全員女性だったよ。それも、綺麗系から可愛い系様々だ。ほんと、モテるよね。ハーレムだよ、ハーレム。心底、不思議で仕方ない。

 そんなクズのやや後ろに、もう一人の主役証人さんがいた。

 やや俯き加減で歩いている。他の女性たちとは雰囲気が明らかに違う。悩んでるのかな。だとしたら、まだ救いがあるかも。あっでも、証言するなら容赦はしない。

 出演者は揃った。観客のお客様も遠巻きならが集まって来た。

 いよいよショーの始まりです!!

 第一声はグズから。

『……祐樹。君が怒ってるのは分かる。だけど、こんなやり方は卑怯じゃないか。君のせいで、僕は大きな負債を抱えることになったんだよ』

 疲れ切った表情で、悲壮感あらわに告げるクズ。周囲の同情心を煽る。

(こっちを完全に悪者にする気ね。っていうか、呼び捨てにしないでよ!!)

「あの、貴方が何を言ってるのか分かりませんが。そもそも、呼び捨てにしないでくれませんか」

 怒りを抑え込み、やや困惑気味に答える。勿論、芝居だ。腹の中は煮えくり返ってる。

『しらばっくれないでよ!!』

『あんたのせいで、すっごく彼悩んでるのよ。さっさと謝って、お金を払いなさい!!』

『そうよ、そうよ』

 一斉に外野が騒ぎだす。見当違いの甲高い金切り声が頭に響く。脇役さんたちは熱が入ってるね。つくづく思う。

 クズにはクズに相応しい奴らが集まるのだと。

 類は類を呼ぶ。一つ勉強になったわ。

 黙り込んでる私を見て、クズが畳み掛けてくる。

『浮気した僕が悪い。だけど、これと仕事は別の話だ。僕が許せないからって、仕事を放り出すなんて、どれだけの人が迷惑しているか分かってるのか。君は僕のお店の信用をガタ落ちさせたんだよ。どう、責任を取ってくれるつもりだ』

 自分に酔ってるのか、眉を寄せ苦悶と怒りが混じった表情を見せる。脇役さんたちはクズに寄り添い、私を憎らしげに睨み付ける。

 観客たちは私に非難の目を向け始めた。ヒソヒソと小声で話しているのが聞こえてくる。完全に私が悪役だ。

 でも中には、『浮気相手を連れて来てるの?』って声も聞こえて来た。まぁ、あんなに親密そうに引っ付いてたら、そう思うよね。

「言ってる意味が分かんないだけど」

(本当は知ってるけどね)

 心の中でそう言いながら、困惑の表情を崩さない。端から見たら、しらを切ろうとしている女にしか見えないだろう。

『君は予約分を納品してくれなかった』

 今度は悲しそな表情をして力なく呟く。

 その台詞に首を傾げる。

「これが最後と言って、予約分は納品した筈だけど。そもそも、お客様が喜んでるからって言って、予約分を店頭に出した自分が悪いと思いますが。それと、私は貴方と付き合ったことは一度もありません」

 ざわざわし出す観客たち。

『そんな悲しいことを言わないでくれ。あれほど愛を語り合ったのに……』

(マジ、吐き気がする。全身痒くなってきたよ)

 必死で我慢する。

「何、気持ち悪いこと言ってるんですか。貴方と二人っきりで会ったことはありません」

(さぁ……振ってやったよ)

『彼女が働いてるお店で会ってたじゃないか? そうだろう?』

 前半は私、後半は準主役さんに問い掛ける。

「よく考えてから、口にした方がいいと思いますよ。詐欺の片棒を担ぎたくないでしよ」

 詐欺という言葉にピクッと反応する準主役さん。一応、忠告してあげたからね。どうするかは、彼女しだいだ。

 明らかに彼女は躊躇ためらっている。それに気付いたクズは、準主役さんにやんわりと、たが強く促す。

『……そうだよね』と。

『…………はい。彼女は彼と二人でよく来てました』

 半ば強制的に言わせた感、ありありだ。

 観客の皆さんは7対3ってところか。まだまだ私の方が分が悪い。でも正直言って、この時点で3割も私に分があるとは思わなかった。にしても、このクズは……。

『ほら、彼女もこう言ってる。見え透いた嘘はいけないよ、祐樹』

 勝ち誇った顔で私を見詰める。脇役たちも完全に私を見下した目で見ている。勿論、グズに腕を絡ませたままだ。溢れた脇役たちもグズに寄り添うように立っている。

 それを間近で見ている、いや見せ付けられてる観客たちが引いてるのに、グズご一行様たちは全く気付いていない。唯一気付いているのが、準主役の彼女だけだ。

(ほんと、馬鹿な奴ら)

 思い通りに運んでるって思ってる。そんなことないのにね。反対だって気付かない。

「つまり貴方はこう言いたいんですね。私と付き合っていて、何らかの喧嘩をしたせいで納品されなかった。そのせいで、店の信用はガタ落ち。その分のを払えと主張するんですね」

 補填と慰謝料を強調するように告げた。

『そうだ。僕は優しいからそれぐらいで許してあげるよ』

 クズは講習の面前ではっきりと認めた。お金が欲しいとーー。

(よし!! 言霊は取った)

 ニヤリと笑う。

 その場にそぐわない笑顔。ざわつく観客たち。グズたちは顔を歪める。

 それじゃあ、そろそろ反撃しましょうか。

 まずは軽くジョブからね。

 私はポケットからテープレコーダーを取り出す。そして、再生ボタンを押した。

 
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