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第四冊 手帳
観客は多い方がいいよね
しおりを挟む『あんたが、神谷祐樹だな』
本を棚に並べている最中、突然名前を呼ばれた。ニヤリと笑う。道具屋が仕掛けてきたと思ったら、全く違う人(鬼)だった。残念。
笑みを消し、作業の手を止め腰を上げる。
皆、ガタイがいい。全員、ニメートルは有に超えている。特にずば抜けてデカイ人がいた。おそらくその鬼がボスだ。
(牛頭さん並じゃない)
でかさが。ましてや、漂わす雰囲気が道を歩いている普通の鬼とは全く違った。
一緒に作業していた店員さんは、可哀想までに真っ青になって震えてるよ。まるでヤクザみたいだもんね。一言余計なことを言ったら即ブスッと刺されそうな雰囲気だ。絶対、堅気じゃないよ。そもそも人間じゃないけど。
さすがに、「そのままお帰り下さい」とは言えない。とはいえ、無視出来ないし。
「……初めて会う人に呼び捨てにされる謂れはないんですけど」
そう言い返したら、一番デカイ鬼さんは驚いたように目を見開く。その周りに控えていた他の鬼さんたちは殺気立つ。
『へぇ~~。面白い。俺を見て平然としている女がいるとはな。俺が怖くないのか?』
ニヤッと笑う鬼。凶悪度が五割増しだ。
店員さんがとうとう腰を抜かし、真っ白になってガタガタと震えだした。可哀想なので、店員さんの前に立つ。
「怖いですよ。とても。このまま走って逃げ出したいくらいには」
『ほ~~。そんな風には全く見ねーが』
「そうですか? で、用件は?」
(このタイミングで声を掛けてきたってことは、あのクズ絡みよね、絶対)
内心溜め息を吐く。そして、警戒しながら尋ねる。観察も忘れない。
『お前、あの道具屋の女だってな』
(お前もか)
その台詞に、心底嫌な顔をする私。
「止めて下さい。言っときますが、私はあのクズと付き合ったことも、好意を持ったこともありません。付け加えれば、そう見られただけで、不快過ぎて鳥肌が立ちます」
『嘘を吐くな!!』
『ネタは上がってるんだ!!』
ボスの後ろにいた鬼たちが次々と騒ぎだす。
(クズで通じるんだ~~。彼からが言ってるネタって……)
口汚く騒ぐ鬼たちを、ボスは片手を上げて制止する。
『それを証明する方法は?』
相変わらず、凶悪度五割増しの笑顔を浮かべたままだ。でも、その目は全く笑っていない。証明する方法なんてないと思ってるのか、それともそんなことどうでもいいのか。読めない。やりにくい相手だ。
それでも私は、表情を変えることなく断言した。「ありますよ」と。
断言するとは考えていなかったのか、僅かに目を見開き、またもニヤリと笑う。今度は目も笑っている。ただ……面白い玩具を見付けたような目だったが。
『……断言するのか。なら、今すぐ証明してみろよ(出来るんならな)』
副音声がはっきり聞こえたよ。
「なら、物影に隠れて見ていて下さい」
その方が手っ取り早い。下手な説明より断然いい。
『そうやって、逃げようと考えてるんじゃねーのか!!』
『逃がさねーぞ!!』
(ほんと、煩い外野ね)
冷たい目で外野を一瞥すると無視し、ボス鬼に改めて訊き直す。
「どうします? 高利貸しさん」
鎌を掛けてみた。
実は……あのクズのことを調べたら、多額の借金をしていることが分かった。女にも緩かったが、金銭感覚も緩かったのだ。ほんと、絵に描いたよいなクズだよね。こんなクズでもモテるんだから、恋愛ってほんと分かんない。
ましてやその借金、私に返済させようとしていたことも分かった。というか、私の名前を出して借りてたらしい。マジ、許さない。貸す方も貸す方だけと。
つまり、この鬼さんたちが高利貸しなら、お金を取立てに来たのだ。誰が払うか!!
『証明出来るんだな?』
高利貸しさんは表情を特に変えない。否定しないところをみると、予想は当たってたようだ。
「ついでに、面白い余興が見れますよ」
満面な笑みを浮かべる私。
『面白い。それじゃ、見学させてもらおう』
ニヤリと笑うボス鬼。
「どうぞ」
高利貸しさんたちは私が指差した本棚の影に隠れた。実はそこ、ここから全くの死角になってるんだよね。
観客は多い方がいいよね。
早く来ないかな~~待ち遠しいよ。
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