護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

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第四冊 手帳

約束だからね

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 食後に話をするつもりだったんだけど……。完全に出鼻挫かれたよ。

 父さんの前だけど、チッと舌打ちする。嫌な予感したんだよね。留守電にしとけばよかった。後悔しても後の祭。

 電話に出た途端聞こえて来たのは、男の甘い声。

『お願い~~。頼むよ。後、五十どうしても必要なんだよ~~』

(語尾伸ばすの止めろ)

 相変わらず、神経に障る話し方だ。

 特にものを頼む時はいつも以上に伸びる。これが母性本能をくすぐるらしいが、全く理解出来ない。っていうか、理解したくない。不愉快しかないよ。チッ。電話切りたい。

「だから?」

 自然と出てくる声はとても低い。

『お願い~~。冷たくしないで~~』

(押せば何とかなるって思ってるの、こいつ)

「その分はもう納品したよね。その時、これが最後だって言ったよね」

『だって~~人気商品だから~~』

「欲を出して、予約分を店頭に出したんでしょ」

 もはや、馬鹿としか言いようがない。

『皆が喜ぶから~~』

(ほんと、これでよく店をやっていけるよね)

 同じ店を経営してる人間として呆れ果てる。

 私は一ミリもそう思わないんだけど、地獄で補佐官様の次に顔が良いらしい。人気店だって(マジか)。

 語尾を伸ばすのも、女性受けが良いからだって。店員さんから聞いた。それってクズだよね。クズ。女が全部自分の味方だと思わないでよね。マジ、ムカつく。

「悪いけど無理。これからは、自分で何とかすることね。それじゃ、用事があるから」

『待って、待っ』

 最後まで聞かずに電話を切った。

 直後に電話が掛かってきたけど、勿論、留守電にしたよ。

「ざまぁみろ」

 思わず心の声が口に出てしまったよ。せいせいした。

『お疲れ様』

 苦笑しながら、父さんはコーヒーを淹れてくれた。淹れたての良い香りに癒される。

「ありがとう」

 注意されないってことは、父さんも内心そう思ってたってことよね。

『まぁこれで、余計な仕事はなくったね』

「仕事じゃないよ。あくまでボランティア」

 破格の仲介料でやってたんだから、ボランティアだよ。

『祐樹は、ほんと、ボランティアが好きだよね』

 皮肉混じりに言う父さん。

 当然、慶介のことを含めて、揶揄していることは理解出来た。

「好きじゃないよ。めんどくさい」

『そうかな。頼まれたら、嫌って言えない性格だよね、祐樹は』

「そんなことないよ」

『あるね。今回も元はそうでしょ』

 事実そうなので言い返せない。

 黙り込む私を見て、軽く溜め息を吐いた父さんは、真剣な顔で私を戒める。

『祐樹。その優しさは美徳だよ。でも、度を越すと、それは毒になることもある。そのことを覚えておきなさい』と。

 確かに父さんの言う通りだ。

「分かった……」

『もし……これから先、同じ様なことが起きて、それでも手を貸すと決めたのなら、相手にそれ相当の対価を求めること。それを拒否する相手なら、手を切りなさい』

 対等であることを拒否する相手は信用ならない。その通りだと思う。厳しい言葉は私の心に深く突き刺さった。と同時にハッとする。

(対価か……)

 今なら、言えるかもしれない。

 意を決して言うことに決めた。出鼻を挫かれたけどね。

「…………父さん。父さんは対価を自分のためだけに使ってね」

 父さんは驚愕し、大きく目を見開く。そして、とても困った顔をする。

『知ってたのか……』

「まあね。でも、誰かに聞いたわけじゃないよ。ただ……何となく推測出来たから。ヒントは結構あったし」

『…………』

「家神様を維持する力を失った猛さんが、どうやって、神楽さんがいない一年を過ごせたの? それも外で。まず、普通に考えて無理だよね。何らかの手を打たない限り。もし、神楽さんが手を打ったとして、それを維持するには常に側にいる必要があるんじゃない。なのに、神楽さんは一年間ここにいた」

 一年間、神楽さんは私に本屋のいろはを教えてくれた。生きる術を教えてくれた。間違いなく、ここにいた。

『…………』

 父さんは黙って聞いている。

「一瞬だけど、もしかしたら、猛さんは消えてしまったんじゃないかって、考えたんだけど……それじゃあ、付藻神様たちの表情に納得いかないんだよね。だとしたら、答えは一つしかないでしょ」

(何らかの力が作用したってね)

 だとしたら、どうやってその力を手にいれれる。

 そんな事を考えていた時だ。父さんが、という単語を口にした。

 長年、猛さんは家神様を務めてきた。だとしたら、何かしらの恩恵対価があってもおかしくない。いや、無ければおかしい。

 問題は……父さんが、対価をちゃんと受けるかどうかだった。

 父さんは、いつも私を最優先に考える。

 だからこそ、この対価は私を抜きに考えて欲しかった。父さんがしたいことをして欲しかった。

「約束して、父さん。この対価は自分のためだけに使うって」

『……分かった。自分のためだけに使う』

「絶対?」

『絶対に』

(本当かな? いまいち、信用出来ないよ)

 でも今は、それでもいいかなって思う。これからは一緒にいられるんだから。長い時を。

 家族としてーー。

 ちょっと変わった家族の形だけどね。人とは少し違う私らしくて良いかなって思う。結構、遠回りしちゃったけど。でもそれも、今日で終わり。

 勇気を出して、第一歩を踏み出すよ。


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