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第四冊 手帳
重いも軽いもないと思うから
しおりを挟む『ーー何故、契約が完了しておらぬ?』
朝、開口一番、憮然な表情で朱里様が尋ねる。透けてるので一目瞭然。私を見る目がとても冷ややかだ。
他の皆はやや呆れ顔。何か、可哀想な子を見るような目で見られてる気がする。白さんだけは苦笑してたけど。
あ~~今すぐ、この場を引き返したい。出来ないけどね。まぁでも、絶対訊かれると思ってたよ。
とはいえ、特別な理由なんてないんだけどね。強いて言えば、タイミングを逃しただけ。昨日は沢山泣いて、父さんと一杯話をした。契約のことは完全に頭から抜けてたよ。
どう答えようかな~~。さすがに、タイミング逃しただけとは言えないし。言ったら最後(ブルブル)。
困ってると、父さんが然り気無く代わりに答えてくれた。ありがとう、父さん。感謝。
『朱里様。僕たちには、僕たちなりのタイミングがあるんですよ』
『タイミングのぉ……』
朱里様はそう呟きながら私に視線を移す。その視線が厳しいこと。
私はコクコクと勢いよく頷く。
『……仕方ない。今回はそういうことにしておこう。だが、祐樹、必ず近いうちに契約を交わすのじゃど』
朱里様は溜め息を吐きながら折れてくれた。
「はい。必ず」
勿論、返事はいいよ。そこだけは優等生だからね。あくまで返事だけは。でも、今回の朱里様はひと味違った。
『なんなら、今するか?』
(おい!!)
口に出さずに突っ込みを入れる。さすがの私も、神様相手に「おい!!」って突っ込めないからね。不敬過ぎるでしょ。そこはちゃんと弁えてます。敬語じゃないけど。
「ちょっと待って! 近いうちにって、今朱里様自身が言ったよね?」
(翻すの早くない、朱里様)
慌てまくる私に、朱里様は平然と仰った。
『後でするのも、今するのも、たいして変わらぬだろ』
変わりますとは、さすがに言えない。否定出来ないから、仕方なく言葉を濁す。
「確かに、そうだけど……」と。
心の準備なんて無理無理。
『二人に任せていると、いつになるか分からないわよね~~』
戸惑う私をよそに、妙に艶がある声で矢那さんが朱里様を援護する。絶妙なタイミング。
『『だよね~~。優柔不断だからね、特に祐樹は』』
(名指しかい)
仲良く、私を落としながら援護するのは蒼と陸だ。紺も大きく頷いている。
(マジで。そんなに優柔不断なの、私。ショック~~)
私と父さんの味方は全くいないようだ。
唯一味方してくれそうな白さんは、苦笑しながら見ているだけ。流れ弾に当たらないように傍観者に徹している。
『ならば、早速、我らが見届け人となってやろう』
名案とばかりに仰った朱里様の台詞に、他の皆も賛成し頷く。皆伸の目は自然と私と父さんに集まる。
「いや、いいです」
『お断りします』
ほぼ同時に、私と父さんはきっぱり拒否する。
嫌なことは、例え目上でも偉い御方でも、はっきりと意思表示しなきゃね。そう父さんに教わりました。
『我らの好意を断るのか』
朱里様、お怒りモード突入です。他の皆は吃驚してます。拒否られるなんて思ってもなかったみたい。
「契約って、皆に促されてやるものなの? そんなに簡単に交わすものなの? それじゃ、あまりにも軽くない?」
じっくり話し合って、考えてから交わすものじゃないかな。少なくとも、私はそう考える。
確かに、既に父さんは家神様になってるよ。それを強固にするための契約だってことも理解してる。人間から家神様になる契約じゃないのにって、朱里様たちは思ってるのかもしれない。大袈裟に考え過ぎだって。
でもさぁ……契約に軽いも重いもあるのかな?
私はないと思う。
だから、促されて流されるような形でしたくない。神楽さんにも父さんにも失礼だから。
『……分かった。好きにするがいい』
そう低い声で告げると、朱里様は姿を消した。他の付藻神の皆も後を追うように姿を消す。
「怒らせちゃったね」
ちょっとだけ悲しくなる。
そんな私に白さんは、『祐樹は間違ってはいない』と告げてから、仕事に戻って行った。
『そうだよ。祐樹は間違ってない。それに、朱里様はそんなに怒ってないと思うよ』
父さんの言葉に少しだけ元気が出る。
(だったらいいんだけど……)
不安は残る。
だって、朱里様も矢那さんも、蒼も陸も紺も、皆大好きだから。このことで溝が出来るのは絶対に嫌だった。
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