護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

文字の大きさ
上 下
56 / 68
第四冊 手帳

勇気

しおりを挟む

 白さんと一緒に帰って来たけど、やっぱりドアの前で足が止まってしまう。

 後一歩の勇気が出せない私の背中を、白さんが押してくれた。

「行ってこい」と。

 ぶっきらぼうだけど、温かくて優しい声に励まされて、私はドアに手を掛ける。

「……白さん」

 ドアの木目を見ながら、後ろにいる白さんの名前を呼ぶ。

「何だ?」

「ありがとう」

 白さんのおかげで勇気が持てた。私一人じゃ、もっと時間が掛かってたよ。

 だから、感謝の気持ちを込めて後ろにいる白さんにお礼を言った。何か照れくさかったから、顔を見ながらは言えなかったけどね。

 そして今度こそ、ドアを押した。

 カランカランと鳴る鐘の音。

 店内には朱里様と家神様、ううん、父さんが私の帰りを待っていた。

 うっすらと浮かび上がる父の姿。

 驚きはしない。さっき見たからね。

 それは、朱里様に突き付けられた言葉で初めて知った現実。

 神楽さんと同じ様に、私の側に『私のことを愛し、死に掛けている存在がいただろう』って告げられた時、真っ先に浮かんだのは父の顔だった。

 浮かんだと同時に、今まで気配しか感じなかった家神様の姿が、朧気ながら浮かび上がってきた。

 落ち着いて考えてみると、私が父だと認識したからだと思う。だけど、まだ名前を呼んでいないから、中途半端な姿のままだけど。

 でも、あの時は頭が真っ白になった。

 もう一度会いたいと切に願っていた父の姿を見た瞬間、現実を受け入れなくて、反射的に外に飛び出してしまった。

 勇気を出して戻って来ても、家神様が父だということに変わりはしない。

 その現実に、私はうちひしがれる。

 父はまた私のために、大事なものを差し出したのだから。それは絶対に差し出してはいけないものだった。

 人なのに、人ならぬ者になった父。

 輪廻転生の枠から完全にはみ出してしまった。一旦枠からはみ出すと、決して戻ることは出来ない。例え恩情があって戻れたとしても、掛かる時間は……語るまでもないだろう。

 そんな重い枷を、私は父にかせてしまった。

『……祐樹』

 父が自信なさげに私の名を呼ぶ。

 昔と変わらない、男の人にしては少し高めの声。優しくて、とても安心する声。

 何度、この声を思い出しただろう。

 何度、もう一度聞きたいと願ったことだろう。

 死んだ人間は甦らない。

 どんなに願っても、その願いは永遠に叶わない。神様でも無理な願いだから。

 絶対に叶うことのない願いが、自分の意図しない場所で叶っていたのに、溢れ出てくるのは涙と謝罪の言葉だけ。

「ごめんなさい……ごめんなさい…………」

 涙声で謝り続ける。

『どうして、祐樹が謝るの?』

 そう問い掛ける父の声が、すぐ側で聞こえた。

 父の大きな手が、濡れた頬に触れようとする。しかし、感じる筈の体温も触れた感触もない。当然だ。実体を持たない幽霊のようにすり抜けてるのだから。それでも父は、私の頬に手を添える。頬を伝う涙を拭おうとする。

 却ってそれが、涙の量を多くした。

「だって……私のせいで、父さんが…………」

 言葉が続かない。何とか発した言葉は、子供のように辿々たどどしいものだった。

『僕が望んで、神楽さんに頼み込んだことなのに、どうして、祐樹が謝るの』

 穏やかな声で父は告げる。

 一瞬、父さんの台詞が耳に入って来なかった。

(父さん、今何て言ったの? 聞き間違いじゃないよね。……神楽さんに頼み込んだって言ったよね?)

 信じられない台詞に耳を疑った。そんな私に、

『もう一度言うね、祐樹。家神になることは僕自身が望んだことだよ』

 父ははっきりとした口調で繰り返す。

 信じられなくて、思わず俯いていた顔を上げる。

 そこには、困ったような、でも……優しく微笑む父がいた。

 昔、私が父のことを学校の授業参観で発表した後も、同じ様な顔をして微笑んでいたのを思い出す。

『だって、そうだろ。やっと……やっと、何のしがらみもなく、娘と暮らせるんだから』

(娘……今でも、そう思ってくれるの……?)

 目を見開く私に、父は苦笑する。

『何て顔をしてるの? 祐樹にとったら、頼りない父だけど、僕にとって祐樹は自慢の娘だよ』

「違う!! 私は父さんを裏切った、どうしようもない娘だよ。こんなに優しくされる資格なんてないよ」

 叫びながら父から離れる。

 父の顔が苦しそうに歪んだ。添えていた手を力なく下ろす。その姿は、私が父の元から去った時とダブって見えた。

 また……まただよ。

 私は、大切な父さんに同じ苦しみを味合わせてる。そんなつもりなんてないのに。どこまでも、親不孝な娘だよ、私って。こんな娘で本当にごめんなさい。

 罪悪感だけが積もっていく。

 そんな私を見詰める父さんの表情は、益々苦しみを増していく。

『……知ってたよ。祐樹がアイツらに僕のことで脅されていたの』

 その言葉に私は凍り付いたのだった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!! 京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

処理中です...