護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

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第四冊 手帳

家神

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『祐樹……。今から話すことは、とても大事なことだ』

 あまりにも真剣な朱里様の目に、私は怖くなった。思わず逃げ出しそうになる。

 体は正直で、考えるより先に半歩後退あとずさっていた。どうしてだか分からないけど、話を聞きたくなかった。付藻神様に対してこんな気持ちになったのは初めてだった。

 しかし、朱里様は逃がしてはくれない。耳を塞ぐことも許してくれなかった。

 朱里様は静かに、そして言葉を選ぶように、ゆっくりと語り出す。

『まず……そのスケッチを描いたのは、進藤しんどうたけるという男だ。神楽の最愛の恋人であり伴侶。そして、この神楽書店のでも男だ』

(……伴侶……家神…………?)

 反射的に気配がする方に視線を向ける。

 朱里様の言葉はあまりにも意外過ぎて、頭がついていかない。

「えっ……でも、追い掛けて行ったって…………それに、人間が家神様に……」

 意味分かんない。

(だって、神楽さんは恋人を追い掛けて行った筈。さっき、朱里様は彼を追い掛けて行ったって言ったよね。間違いないよね。なのに、何で?) 

 明らかに辻褄が合わない。

(それにそもそも、人間が家神様になれるの?)

 道具が長い時を経て付藻神に変化するのような過程を、百年ぐらいしか生きられない人間が歩むことなど、到底無理な話だ。だとしたら、考えられるのは……。

(彼があやかしだとしたら……)

 それなら、まだ理解出来る。神になれる可能性もある。しかし、何だか違う気がした。朱里様もそんな風には言わなかったし。
  
 それにだよ。

 家神様って家を護る神様だよね。だったら、家の中でしか行動出来ない筈。なのに、先代の家神様はこの店を出て行くことが出来た。

(どうやって……?)

 訳が分からない。疑問しか残らないよ。

『わしはと言った筈だぞ』

(あった……つまり、過去形だってこと? だとしたら、やっぱり人間が家神様に? じゃあ、今の家神様は誰なの?)

 次々と疑問が湧いてくる。

 答えを求めるかのように、自然と気配がする方に視線が移る。残念だが答えは返ってこない。軽く落ち込む私に、朱里様は静かに語り掛ける。

『祐樹が戸惑うのも無理はない。本来、人が神にはなれないからの』

 だよね。似た存在で座敷わらしとかいるけど……それはあやかしだし、神様じゃない。カテゴリーが全然違う。

「なら、どうやって神様になったの?」

『うむ。まぁ、神様といっても、この場所、神楽書店でしか、その能力は発揮されないがな』

 その台詞に私は首を傾げる。

「それは、神楽さんと契約してるからでしょ。契約を解消したら、本来の力と姿を取り戻すんじゃないの? 例え、元人間でも神様なんだから」

『違う。契約を解消したら、神そのものの力を失うことになる』

 朱里様はきっぱりと否定した。

「えっ…? そんな神様いるの?」

 てっきり、神楽さんとの契約でこの場所に縛られてるとばかり思っていた。

 それにしても、契約を解消したら神通力がなくなるって……。あまりにも突拍子過ぎて理解に苦しむよ。でも、話はどんどん進んでいく。

『ここ以外には、まずいないだろうな。例外的処置といったところか……』

「例外的処置?」

『そうじゃ。ここには、多くの同胞がその身を癒しておる。いくら神楽が優秀な術士だったとしても、本人だけでは何かあった時対処に困る。故に、同胞を護るために新たな策が取られた。結果として生まれたのが、〈家神〉じゃ』

「…………つまり、人間に特別な力を与えた……?」

『そうじゃ』

「だったら、おかしい。だって、普通の人間に神様の力を与えたら、間違いなく壊れるよ!」

 風船のように。

『確かに、普通なら壊れるだろう。だから、制限を掛けた。この場所限定に』

「それでも……」

 人間には毒だ。

『うむ。それだけでは、人間を神には出来ぬ。だから、枷をかした。敢えて枷をかし、条件をきつくすることで、可能としたのだ』

「条件……?」

 その言葉に朱里様は軽く頷く。

『条件は三つ。まず一つが、こと。生身の肉体は邪魔だからな。二つ目は、があること。何より重要な条件は、術士をことだ。その愛情が深ければ深いほど、壊れる可能性は低くなる』

 その事実に、私は言葉を完全に失った。

 神楽さんは付藻神様を護る砦として、愛していた恋人を〈家神生け贄〉にしたってことだ。それってーー。

『神楽を責めるではない。神楽は最後まで反対しておった。悩んでおったよ。……望んだのは、猛自身じゃ。当時、猛は労咳ろうがいを患っておった。今でこそ治る病気だが、猛がいた時代は不治の病じゃった。猛は〈家神〉になることで、新たに生まれ変わったのだ』

 当時を思い出してか、朱里様は苦悶の表情を見せる。

「…………」

『だが、永遠に神でいられるわけではない。所詮は、まがい物じゃ。限度がある』

「……猛さんにも」

『そうじゃ。故に、神楽は代りを探しておった。神楽には、猛以上に愛する者はいなかったからな』

 つまり、もう……店主ではいられない。

「…………何言ってるの?」

 それしか言葉が出なかった。頭がガンガンしてきた。

 それでも、朱里様の言葉は続く。

『祐樹、薄々気付いておるだろ。……神楽とまではいかなくても術士としての才能を有し、死期が近い存在が近くにいる。神楽にとって、祐樹……お前は次代を引き継ぐ存在として最適だったのだ』

 朱里様の声がやけに遠くで聞こえる。
 
「…………私には……」

 その声はとてもとてもか細く小さい。

『祐樹。お前にもいるだろ、自分を心から愛してくれる存在が』

 唐突に浮かんだのは、父の顔だった……。



 
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