護国神社の隣にある本屋はあやかし書店

井藤 美樹

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閑話

嘆願するつもりはありませんよ

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『結構なお転婆をしたそうね、神谷さん。手は大丈夫なの?』

 いつも通りに、本屋の納品が終わってからの書類整理中。話し掛けてきたのは、閻魔大王様の第一補佐官様だ。相変わらず見た目は軽い。

 話し口調だけ聞けば大概の人は女性だと勘違いしそうけど、補佐官様はれっきとした男の人だ。人じゃなく鬼神様だけどね。超美形で中性的な容姿。髪も超サラサラで長い。でもね、全然女性には見えない。私が想像するに、かなり鍛えてるね。そういうのを、細マッチョっていうんだよね。

 何故か、補佐官様はいつも気配を消して近付いて来る。大概、突然現れて声を掛けてくるんだよね。マジ、心臓に悪いわ。せめて、気配を消さずに近付いて来て欲しいよ。絶対口には出せないけどね。

「ほっ、補佐官様!! だ……大丈夫です!! 日頃から聖水を飲んでるので耐性はあります。それに、白さんが直ぐ応急処置をしてくれたので、後遺症が残ることはないそうです」

 心臓をバクバクいわせながら答える。心臓痛い。

『そう。なら良かったわ。一応、神谷さんは人間なんだから気を付けないと』

(一応、人間って……あんまりな言い方じゃない)

 思わず「どういう意味ですか?」って、訊きたくなったが、何とかグッと堪える。補佐官様以外なら、絶対訊き返していたね。

「心配掛けてすみません」

 取り合えず、心配掛けたようなので頭を下げておく。

『まぁ私としては、予定より早く就職してくれても良かったんだけどね』

 悪びれず、そう答える補佐官様。にこやかな笑みで毒を吐く。冗談じゃなく本当にそう思ってるようだ。そもそも、補佐官様は冗談なんて口にしない。っていうか、冗談や馬鹿話をしてるのを聞いたことがない。つまり、

(それって、私が死んでも良かったってことですか。そういう意味ですよね)

「…………」

 さすがの私も無言になる。

『あら、ごめんなさいね。気に障ったかしら?』

(障りましたよ)

「…………」

 声にしないかわりに、かなり冷たい目で補佐官様を見る。

『(褒めたつもりだったが、失敗したか)優秀だから、思わず本音が出てしまったわ。気を悪くしたのなら、ごめんなさい』

 微妙な言い方だよね。でもまぁ、これ以上引っ張るのも何だから、話題を変えることにした。

「……いえ。それで、何か私に用事でも?」

 地獄で一番忙しい鬼だ。私の様子を見に来ただけじゃないだろう。

『用事と呼べる用事じゃないけど、話したいと思ったのよね。神谷さんと』

「私とですか?」

 少しだけ、声が低くなる。

 話し方が変わっていて、人じゃないけど、高収入顔良し、見るからにハイスペックな男性からそう言われたら少しは浮かれるよね、何とも思ってなくても普通。だけど、相手は第一補佐官様だよ。ナイナイ。警戒心しかない。

 そんな様子が却って、補佐官様に気に入られてることに、私は全く気付いていなかった。

『ええ』

 僅かに補佐官様の口角が上がる。

「何でしょうか?」

 反射的に一歩下がりながら尋ねる。

『そんなに警戒しなくても、何もしないわよ。仕事場で』

(それは、どういう意味でしょうか?)

 警戒心MAXの私を無視して、補佐官様は話を進める。うん。聞かなかったことにしよう。

『今回の件、死神からも報告は受けてるわ。レポートも上がってるし、勿論、こちらでも調べはついてるわ。……気にならないの? あの魔物の行く末が』

 その言葉に首を傾げる。だって、

「魔物に堕ちた時点で、地獄、最下層行きは決定してるじゃないですか」

 なのに、何で今更そんなことを訊くんだろう。例外なんてないのに。

『確かにそうだけど……気にならないの?』

「気になるか、気にならないかって訊かれたら、当然気になりますよ。だからといって、口にしようとは思いません。……まさかと思いますが、私があの魔物の罪を軽くするように嘆願するとでも思ったんですか?」

『しないの?』

 探るような目で見られる。まさか、そんな風に見られてたとは。

「しませんよ。何故すると思ったんですか?」

『人とはそういうものでしょ』

(まぁ……そうね)

 補佐官様の言うことは理解出来る。

 人って、ある意味感情移入し易い生き物だからね。私が無理をしてるか心配してくれたのかな。補佐官様って、意外と周りをよく見てるんだよね。怖がられてるけど、崇拝している鬼たちも多いし。

「反対に訊きますが、私が何か言って変わるんですか? 変わらないでしょ。それに……さっきも言いましたが、嘆願なんてしませんよ。だって、彼が犯した罪はとても重いじゃないですか」

『…………』

「彼の置かれた環境は最悪で、同情してしまいます。確かに、魔物に堕ちたことはいけないことだけど、仕方ない面もある。だからといって、犯した罪が軽くなるのは、少し違うと思います。それで軽くなるのなら、彼に奪われた未来と命は報われない。それに……地獄は、平等な場所じゃないですか。罪の前には、老人も子供も関係ない。勿論、男も女も。違いますか、補佐官様」

 珍しく、補佐官様が驚いたように目を見開いている。それって、素ですか。反対にこっちが驚いた。でもそれは一瞬で、直ぐにいつものチャラ男に戻る。チャラ男じゃないけどね。

『……驚いたわ。まさか、神谷さんがそんな風に考えていたなんて』

「そうですか?」

『変なことを訊いてごめんなさいね』

 そう言い残すと、補佐官様は上機嫌で仕事に戻った。

 ホッと胸を撫で下ろす。どうやら、合格したらしい。って、合格してどうするのよ!! 死後、地獄に就職するつもりはないんだからね。絶対!!


 
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