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第三冊 夏衣
黒い痣(2)
しおりを挟む〈浄化〉を唱えたと同時に、黒い痣は変形し、一直線に私の顔めがけて襲ってきた。
咄嗟のことに、死神様は動けない。
私は目を逸らさずに襲ってくる痣だったものを凝視する。後ろに下がる余裕さえなかった。
ーーこのままでは刺さる!!!!
誰もがそう覚悟した。
しかし、痣が繰り出す矛先が私に届くことはなかった。届く直前で消えたからだ。
その距離、僅か十センチ。
(ふ~~危なかった……)
さすがにヤバかった。
腰が半分抜けちゃった。でも完全に抜けなかったのは、私を後ろから抱き締める腕の感触と、髪越しに伝わってくる体温を感じてたからだ。同居人さんが咄嗟に後ろに引き寄せてくれたから、矛先が届くことはなかった。
後ろに引き寄せられなかったら、今頃私は……。想像してしまって、ブルッと全身に寒気が走る。
『大丈夫ですか!? 祐樹殿!!』
「…………大丈夫」
そう答えた時には、私を抱き締めていた腕は消えていた。
(えっ……)
どうしたの私。一瞬、寂しいって思った。
「親父!!!!」
拘束が解けた慶介が、弾かれたように宮司長さんの元に駆け寄る。
〈浄化〉が終わった宮司長さんの拘束も勿論解けている。
宮司長さんの右肩の黒い痣は完全に消えていた。だが、意識は失ったままだ。死神様が脈と呼吸を確認する。
『呼吸も脈も正常です。【穢れ】も完全に消えてます』
ホッと胸を撫で下ろす死神様。当然私もだ。
同居人さんがタオルケットを持って来る。それをソファーの上に置いた。死神様は宮司長さんを軽々と抱き上げると、ソファーの上に寝かせる。
「…………祐樹。親父を助けてくれてありがとう」
涙ぐみながら、宮司長さんの手を握り締める慶介。その様子に、自然と笑みが浮かんだ。
「当然のことをしただけよ。礼を言われることじゃないわ」
取り合えず、宮司長さんは終わった。後は死神様だけか。
本屋を出て行こうとする死神様を呼び止めた。私は死神様の両手を取り唱える。「浄化」と。淡い光が死神様を包み込む。
【穢れ】の耐性があって〈聖水〉を飲んだとしても、完全に影響が消えたわけじゃないからね。当然、死神様にも必要だよ。
『ありがとうございます。…………祐樹殿? 急いでるんで』
(手を振り払わないって、意外と紳士だね)
死神様が戸惑うのは当たり前。掴んだ手を放してないからね。
「で、今どこまで追い詰めてるの? それとも、交戦中かな?」
『…………』
(こういう時の反応って、大体同じなんだよね。死神様も人間も)
「この近くね」
確信があった。
襲われたのは宮司長さんだし、【穢れ】の進行状態を考えても、然程、距離が離れているとは考えられなかった。それに、精鋭部隊とはいえ少ない人数で、ここを中心に警備している。自然と襲われたのがこの近くだと推測出来るよね。
『隊長が言われた通りの方ですね。まぁ、今日中に片が付くと思いますよ。それじゃ、俺はこれで失礼します』
苦笑混じりにそう答えると、死神様は軽く頭を下げてから本屋を出て行った。
あの少年の姿をした【魔物】を狩りにーー。
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