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第三冊 夏衣
慈悲
しおりを挟む「ーーで、白さん。この本屋の周囲に何人配置してるんですか?」
そろそろいいかな。突っ込んで訊いてみる。
(さっき、呆れた口調で訊いてきたけど、白さんたちもある意味、慶介を囮にしてるよね。現在進行形で)
『…………相変わらず、察しがいいな』
「只の保護だとは思いませんよ。ここに、あの魔物が襲撃するのを狙ってるんでしょ」
あれほど、執着を見せたんだよ。ここを襲撃する可能性は否定出来ないでしょ。そもそも、慶介を諦める気なさそうだったし。私的には、死神様の作戦には賛成かな。本屋にいる限り、付喪神様の身は安全だからね。外で暴れるのは別に構わない。
『あくまで、念のためとは思わないんだな』
「思うわけないでしょ。あれほど執着してるのに」
ーー魔物は慶介を喰わなかった。
普通なら、慶介が神楽書店に来た時点で喰われていた筈だった。それ程の時間を一緒にいたことが判明したからだ。
それだけでと思うかもしれないけど、本能に近いというか、純粋に欲求そのものを具現化したような【魔物】が、食欲よりも慶介を優先すること事態、とても珍しいことなんだよ。
それも、三日だよ。
三日っていうのが、一般人にしたら短いと思うかもしれないけど。私たちからみれば、一日でも驚くぐらいだ。
『正直に言えば、六対四の割合で、来ないと考えてる奴が多いな』
(ふ~ん。なるほど)
「それで、白さんは?」
突っ込んで訊いてくるとは思ってなかったらしく、僅かに目を見開き私を見た後、ポツリと呟いた。
『……来る方に賭けるな。祐樹はどっちだ?』
「私も来る方に賭けますね」
迷わず答えた。すると、不思議そうに白さんが更に尋ねてくる。
『どうして、そう考える?』
「勘かな……。実際、魔物と対峙したわけだし。それにあの目は……」
途中で言葉を濁す。
『あの目……?』
「……私が魔物から慶介を引き離した時のあの目……あれは、憎しみそのものだった。邪魔する私を排除しようとする目……」
『憎しみか……』
白さんが何かを考え込むように呟いた時だった。
「なら、人間に戻せる可能性があるんじゃないか? 憎しみの感情があるってことは、そういうことだろ? もし戻れるなら、「慈悲を掛けて、ここに来る亡者と同じ様に扱ったらいいんじゃないか」
黙って私たちのやり取りを大人しく聞いていた慶介が口を挟んできた。懲りないね。
だが、私は最後まで言わせなかった。慶介の台詞を途中で奪った私を、慶介は軽く睨むが、構わず冷たい目で見下ろす。慶介はその目に戸惑いを見せる。
「優しい、優しい慶介君は、魔物にさえ慈悲の心を持つように言うのね」
溜め息混じりにそう言えば、慶介は馬鹿にされたと思ったのか、低い声で威嚇するように反論する。
「ーーそれの、何が悪い」と。
「悪くはないわよ。人それぞれ考え方があるんだし。否定はしないわよ。でもね……私は魔物に対して、慈悲の心なんて一片も持ち合わせてはないわ。一片もね。……白さんはどうなの?」
『俺もないな』
勿論、即答だ。
当然よね。
でも、慶介は全く納得していない。それどころか、信じられないことを聞いたかのように、不快感をもろに露にする。
そんな慶介を見て、私はまた溜め息を吐く。
「…………何故? そんなに冷たくなれるんだ?」
(冷たい? 心外だね)
「私から見れば、慶介、貴方の方がよほど冷たい人間のように見えるけどね」
突き放すように答える。
納得していない慶介は、尚も私に対して言い募ろうとしたが、聞くのがめんどくさくて強制的に黙ってもらった。
本来の本屋の仕事があるからね。慶介に付き合ってる時間なんてない。それに、白さんも仕事に戻ったし。
「少しは、視野を広げてみたら? まぁ、そう言っても納得しないだろうけど」
そう声を掛けてから、私は仕事に戻った。たぶん、彼の考えは変わらないだろうなと思いながら。
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