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第三冊 夏衣
三年
しおりを挟む(そんなに狭いわけないのに、すっごく狭く感じるよ)
まぁ、そりゃあそうだよね。がたいが良い方々が十五人程いるんだもん。圧迫感あるわー。狭く感じて当然だよね。
ましてや、それプラス付喪神様たち。アンド私。勿論同居人さんも一緒だ。私には見えないけど。
それと、宮司長さんもいる。慶介のお父さんだ。
総勢二十人以上が深夜一か所に集まってるんだもん、狭いよね。っていうか、息苦しい。
まぁそれもその筈。皆厳しい表情を隠そうとはしてないし。中には、厳しい表情を通り越して無表情に近い人もいる。
特に、宮司長さんの顔色は青色を通り越して白色になっていた。念のために電話で報告したからね。最低、大事な御子息を一晩預かるわけだし。
慶介の仕出かしたことの重大さに、宮司長さんは慄いている。当然だ。慶介の前は、宮司長さんが〈神楽書店〉のサポートをしていたんだから。
宮司長さんは唇を噛み締め、強く握り締めた拳が小刻みに震え耐えていた。あまりにも痛々しい様子に、私は堪らず視線を外す。慶介に視線を戻した。
皆、慶介を取り囲むように立っている。
がたいの良い方々は勿論死神様だ。白さんもいる。
『祐樹。この拘束外してくれないか』
白さんが口笛を切った。
「外すのはいいですけど、まだ影響は残ってますよ」
【魔物】が現れたことは、白さんから掛かってきた電話で伝えたし、そのすぐ後ここに来たから知っている。
その時は、慶介が興奮して喋れる状態じゃなかったから、話したのは私。時間を置いて、今度はこの件を担当する者全員で直接慶介に話を聞くために来たってわけ。
死神様がここに集まった理由は、勿論、【魔物】についての情報収集のためだ。何でも、長年尻尾が掴めなかった奴らしい。
白さん曰く、かなり凶悪な奴らしいよ。まぁ、あれだけ濃く重い黒い靄を漂わせてたらね。
本当なら、〈浄化〉が済んだ時点で拘束を解くつもりでいた。だけど、いざ解こうとしたら、また掴み掛かってきたんだよね。何度も言うけど、私か弱き女子だよ。男じゃないんだよ。で、仕方なくもう一度拘束したってわけ。
『構わん。暴れたら取り押さえるだけだ』
「頼もしいですね。……だったら、口元だけ外しましょうか? 欲しいのは、【魔物】の情報ですよね」
あまりにも口汚く私を罵るから、猿ぐつわを噛ましていた。
慶介は私の大切な友人だ。本当はこんなことしたくない。したくはないが、するしかなかった。慶介のためにも。
白さんが軽く頷いたので、猿ぐつわを外す。少しでも、落ち着いてくれてたらいいけど。
外した途端、激しく咳き込む慶介。
それを冷めた目で見下ろす、死神様と付喪神様の面々。
咳き込みながらも私たちを睨み付け、反抗的な態度をとる慶介に、私は呆れを通り越して悲しくなってきた。
(慶介……。自分が何をしてるか、本当に分かってるの? 聞いてる筈だよね。この本屋がどういう所か)
思わず、宮司長に視線を移してしまった。それは私だけじゃなかった。
『……これが、護国神社の総意と考えてよいのだな』
怒りを通り越して、全身を凍えさすような冷たい声が、朱里様の口から放たれた。
「も、申し訳ありません!!!! 我が愚息がとんでもないことを仕出かし、本当に申し訳ありませんでした!!!!」
宮司長が飛び出し、咳き込む慶介の隣に腰を下ろすと、額を床に擦り付けながら必死で謝罪を繰り返す。
知ってる人が頭を下げ続ける姿を見るのは、とてもとても嫌なものだ。出来れば止めたいけど、止められない。止めるのは私じゃないから。たから、謝罪を聞くしかなかった。
「おっ、親父!! 何で頭を下げてんだ!! こんなやつらに!!!!」
謝罪を止めたのは、付喪神様ではなく慶介だった。
信じられないものを見た驚愕から立ち直った慶介は、謝罪を繰り返す父親を怒鳴り付ける。
「黙れ!!!! お前は誰に対してものを申しているのか、分かっているのか!!!!」
宮司長は叱責すると同時に、息子を殴打する。見る見るうちに、頬が腫れ上がり真っ赤に染まった。結構手加減なしに叩いたようだ。
(まぁ、当然よね)
これでも、かなり甘い方だ。
これで気付いてくれたらいいんだけど。心からそう思った。
何と罵られても、慶介は私の友人。そう簡単に切り捨てられるものじゃなかった。
付き合いは三年だけど、それが短いのか長いのかはよく分かんないけど、その三年は決して薄いものじゃなかったって信じたい。
(そう信じてたのは、私だけなの……?)
私を突き刺す憎しみに満ちた目を受け止めながら、心の中でそう問い掛けた。
答えは直ぐに返ってきた。
「お前か!!!! お前のせいか!!!! 祐樹、お前が親父をたぶらかしたのか!!!! あの子を【魔物】って言ったな。【魔物】のお前がよく口にしたよな。こんなお仲間まで連れて来て、俺たち人間を脅すのか。どこまで、根性が腐ってるんだ!!」
どうやら、私の独りよがりだったみたい。心が急速に冷えていく。
「そっか……違ったんだね……。慶介も私を【魔物】、【バケモノ】って言うんだね」
そう呟いた声は、とてもとても小さなものだった。
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