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第三冊 夏衣
魔物
しおりを挟む慶介が神楽書店に連れて来たのは、まさしく【魔物】そのものだった。
厄介なことに、愛らしい少年の皮を被った、超庇護欲をそそる容姿。
(魔物らしいといえばらしいけどね)
神楽さんがいた時に対処した【魔物】は、もっと幼い姿をしていた。
【魔物】は人を惑わす。
惑わし易いためか、それとも元になる魂が幼くて純粋だからか、庇護欲を餌に、獲物を油断させて喰らう。まるで、食虫植物のようだ。ただ餌は虫じゃないけど。
亡者ならば魂を。
生者には命と魂を。
そうやって、大勢の亡者の魂を取り込み、時には、生きている人間の命と魂を取り込んで生まれたバケモノ。
それを【魔物】って言わずに、何を【魔物】って言うんだろう。
(……魔物にはどこかに核がある筈なんだけど)
核さえ潰せば、【魔物】を退治することが出来る。
でも、今は正面切って戦えない。死神様クラスの戦闘力がなきゃね。
そもそも、戦闘力低いし。はっきり言って無理。出来るとしたら、追い出すことぐらい。それでもギリギリ出来るかどうか。神楽さんなら退治出来るけどね。私の実力ならまず無理。
二階は家神である同居人さんがしっかり護ってくれてるので、大丈夫だけど、慶介が魔物の側を離れない以上、下手に手を出せない。こういうのって、八方塞がりっていうんだよね。
(マジ、どうしたらいいの?)
必死で打開策を考える。そんな私を邪魔するように、慶介が苛々した口調で怒鳴る。
「…………祐樹、聞いてるのか!?」と。
(はぁ~~何言ってるの)
慶介をぶん殴りたい。
「ごめん。聞いてなかったわ。で、何?」
必死で怒りを押さえ込みながら、淡々と答える。却ってこれが、慶介には効いたみたいだ。
「チッ!! 聞いてなかったのかよ!! この子の親を見付けてやりたいんだ。手伝え」
(手伝えね……)
普段、命令口調で話さない慶介が命令する。影響され始めてるのかもしれない。だとしても、腹が立つけどね。
「悪いけど、暇じゃないの。手伝えない」
まさか、断られるとは思ってもなかったんだろうね。慶介は顔を歪め睨み付ける。
「あぁ!? 可哀想だとおもわねーのかよ!! こんな子供が、親を捜して泣いてるんだぞ!! それに、お前は亡者を保護するのが仕事じゃねーか!!」
恫喝してきた。
「確かに、慶介が言う通り、本屋の仕事以外に、この本屋に来た亡者を保護しているわ」
ーー感情的になってはいけない。
神楽さんの言葉を思い出す。
【魔物】の前で感情を乱すことは、つけ入る隙を与えることと同じこと。
「だったら!?」
「保護の言葉の意味分かってる? 預かってるだけなの。私はここを訪れた亡者に、これといって今まで何もしたことはないわ。寧ろ、したらいけないしね」
「春の時は手を貸してただろうが!!」
「貸してはないわよ。私はあくまで、契約にのっといたまで。それに……」
言葉を濁す私に「何だ!? はっきり言え!!」と怒鳴り付ける。
その様子を見て、思わず溜め息が漏れた。
(さっきまで腹が立ってたけど、妙に冷静になってきたわ)
却って、良かったかもしれない。私的にはね。それに吐き気も頭痛も少し治まってきた。
「……その子は亡者じゃない。だから、対象外」
「ざけんな!!!! めんどくさいからって、言っていいことと悪いことがあるだろーが!! 薄情な奴だぜ!! 見損なった。もう、お前には頼まない。いいか、今後一切、お前に仕事は振らねからな!!!!」
正直、別に振って貰わなくても構わない。実際、お金が発生してないからね。少なくとも、人間からは貰っていない。それに、別に振ってくれなくても、それなりに収入はある。
「いいよ、別に。一向に構わないわ」
断られるとは思っていなかったんだろう。
「はぁ!? 俺たちが仕事振らなきゃ、この店は直ぐに潰れるだろーが!!」
多少毒されたとしても、今吐き出された言葉は本心。
(まさか、そんな風に思ってたとはね……)
父親からこの店のことと役割を聞いている筈なのに。それでも、内心ではそう思ってたわけだ。ちょっと悲しくなるね。
怒りに支配された慶介は気付かない。怒りに任せて吐いた言葉の意味をーー。
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