35 / 68
第三冊 夏衣
厄介事
しおりを挟む子供の姿をした高頭さんとの期限付きの新生活が始まって、二週間が経った頃だった。
さっきまで楽しく遊んでいた紺が、急に立ち上がった。初めて見せる険しい表情。鋭い視線をドアに向けたまま、紺は高頭さんの腕を強く掴み力一杯引っ張る。そのまま、戸惑う高藤さんを店内の隅に連れて行く。
紺が反応したのとほぼ同時に、ゾワッと何かが背中を撫でる感触がした。
(気持ち悪い)
そのすぐ後に、強い吐き気と頭痛が襲ってきた。
嫌な予感がする。
口元を手で押さえながら、必死で吐き気と頭痛に耐え皆に向かって口を開いた。
「紺。高頭さんを二階に。皆も一緒に上がってて」
眉をしかめ険しい表情のまま、店内にいる付喪神様全員と高藤さんに避難するよう指示を出す。彼らは急いで二階へと上がった。二階はどんなモノが来ても安全だからね。
皆の避難が終わった直ぐ後だ。
慶介が一人の少年を連れて神楽書店にやって来たのはーー。
「祐樹いるか?」
ドアを僅かに開け尋ねる。
途端に、ドアの隙間から黒い靄の様なものが店内に入ろうとして来た。だけど、同居人さんが護ってるんだから当然入っては来れない。弾かれたように消える。
しかし、ドアの外には黒い靄。
視界に靄が入るだけで、吐き気と頭痛が更に酷くなる。気持ち悪さの原因は間違いなく、この黒い靄に違いない。
(目の前で吐いてやろうか)
そんなもんを連れて来た慶介に向かって、半ばマジでそう思ったが何とか思い止まる。その代わり、かなり低い声で答えた。
「……慶介がここに来るなんて珍しいわね。何かあったの?」
いつもなら、勝手に入って来るのに、今日に限ってどこか遠慮気味な様子に、私は慶介が厄介事を持ち込んできたと確信した。それは、紺たち付喪神様の様子を見ても明らかだった。
それも、かなり質の悪い厄介事だ。黒い靄だし。
本心は入店拒否したかったけど、そういう訳にはいかないよね。慶介が一緒じゃなきゃ、即入店拒否してたよ。
仕方ない。内心、大きな溜め息を吐きながら、慶介に入るよう促す。ついでに、彼の後ろに隠れている厄介事にも。
(……マジ、とんでもないものを連れて来たね。それにしても、ここまで酷いのは……)
正直、一度しか見たことがない。
慶介の後ろに隠れている少年の姿を見た瞬間、私は盛大に顔を歪めた。
私の表情を見て、慶介が不愉快そうに眉をしかめる。文句を言いたそうだが、何とか押し止めてる感じかな。にしても、
(かなり浸食されてるみたいね)
胸の中で派手にぼやく。
少年の年の頃は、蒼と陸と同じくらいか少し上ぐらい。いって、小学一、二年生ぐらいかな。
まだ五月なのに、青色の浴衣を着ていた。容姿はかなり可愛い。サラサラの黒髪に大きな目。
見知らぬ場所に連れて来られて、少し怯えている様子がかなり庇護欲をそそる。
(少なくとも、慶介はそう感じたんだろうね。口は悪いけど優しいから)
簡単に想像出来た。
しかし私の目には、全くそんな風には映らなかった。
庇護欲? ないない。
代々護国神社で宮司をしているからか、慶介は祭神の加護を受けている。本人は知らないけどね。だから、平気で少年と手を繋げてるんだろうけど……。
(普通の人間なら、軽く呪われるんじゃない?)
そう考えてしまう程、少年の全身を黒い靄が覆っていた。
春さんを覆った靄よりも遥かに濃く、密集されたような重い重い靄。
(ーーこれはもう、亡者のレベルじゃない)
思わず息を飲む。
吐き気と頭痛、そして極度の緊張のせいで冷や汗がどっと出てきた。頬を大粒の汗が伝う。今にも倒れそうだった。
だけど、倒れる訳にはいかない。絶対にーー。
あの時は神楽さんがいたけど、今は私しかいない。直接、私が対峙するしかないんだ。
皆を、そして私と神楽さんの居場所を護らなくちゃ。倒れるのはその後だ。
そう……慶介が連れて来たのは、まさしく【魔物】そのものだった。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説

【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
貸本屋七本三八の譚めぐり
茶柱まちこ
キャラ文芸
【書籍化しました】
【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞】
舞台は東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)。
産業、医療、文化の発展により『本』の進化が叫ばれ、『術本』が急激に発展していく一方で、
人の想い、思想、経験、空想を核とした『譚本』は人々の手から離れつつあった、激動の大昌時代。
『譚本』専門の貸本屋・七本屋を営む、無類の本好き店主・七本三八(ななもとみや)が、本に見いられた人々の『譚』を読み解いていく、幻想ミステリー。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!
葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!!
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。
うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。
夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。
「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」
四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。
京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる